第9話真江ちゃんとの会話

その日の、放課後のこと。


「こんなとこにいたし」


誰かが誰かに、話しかける声がする。


私は、よく放課後に図書室で勉強をしている。さすが私立! と言わざるを得ない素晴らしい環境だから。

私と同じことを考えている人も少なくないので、いつも席はほとんど満席だけど、お喋りは基本禁止。だから、私は静かな空間で集中していた。


·····なのに、割と大きめな声が聞こえてきたことに、苛立ちを隠せない。

ルールという言葉を知ってるのかな、と思ってしまう。


「ねぇ、聞いてる? 河本さん?」


「へ?」


驚いて顔を上げると、すごく怒った顔をしている真江ちゃんがいた。


「·····」


「·····」


真江ちゃん·····怒ってるのかな?間違いなく、富山くん関連だよね·····

緊張でガチガチになりながらも、沈黙に耐えられなくて思わず囁きかける。


「こんにちは。どうしたの? ここでは静かにね」


「は? なに呑気なこと言ってんの?」


真江ちゃんは、今にも怒鳴り出しそうな顔をしながら、でもさっきの言葉で自制しているのか私の手を乱暴につかみ図書室の外へ連れ出された。


「えっと·····」


「あのさ、私の春樹を誘惑してるんでしょ? 春樹と私は両思い。あなたの存在、行動は邪魔でしかないの。春樹に一切話しかけないで」


真江ちゃんは、きっと私を睨みながら一息に言った。


「いや、ちがっ」


「違くないでしょ? あなた春樹のこと好きだよね? 色目使ってんじゃん。春樹を好きになったこと、後悔させてあげようか? 春樹だって迷惑って言ってたよ」


畳み掛けられて、びっくりして、その内容に絶望した。


「迷惑って、言ってたの? あの、富山くんが·····?」


あの、優しい富山くんが。私のことを、迷惑だと言っていたとしたら。それって、本当に本当に迷惑ってこと。関わって欲しくないって思われてるってことだ。

私が少し泣きそうになりながら真江ちゃんを見ると、真江ちゃんは凄く機嫌が良さそうに笑っていた。話しかけてきた時と大違いだ。


「そう。河本って、凄い話しかけてきて迷惑だって言ってたよ。苦手だって」


「嘘·····」


「ホントだよ。なんたって春樹と私はなんでも話せる間柄なんだから。ね? どう? 自分が希望を持ってたことがバカみたいに思えてきたでしょ? 分かったなら、さっさと春樹の前から消えてね? な・お・ちゃん?」


全開の笑顔で威圧してくる真江ちゃんが怖くて、そして富山くんに嫌われているという想像をしたくなくて、でもそのことを突きつけられて。


「う、うん·····」


「やった! ありがとね♪」


真江ちゃんが立ち去った後も、私はしばらく立ち尽くしていた。




次の日。


「え、っと·····奈緒? 大丈夫? 何かあった??」


私を心配して早めに来てくれていたらしい七海が引きつった顔で話しかけてきた。


「うん·····大丈夫·····」


「いや、大丈夫じゃないでしょ! ってか、いつもの可愛い笑顔はどこに行ったの?! 真顔、怖いよ?」


七海は必死に問い詰めてくる。

でも、返事をするのが億劫なので無視だ。

すると。


「あ、おはよう、河本。昨日は真江がごめん」


·····富山くんだ!

思わず『おはよう! 全然大丈夫だよ!』と言いかけて、思い出した。

·····そうだ、富山くんはこんなに優しく話しかけてきてくれるけど、本当は私のことが嫌なんだった。

落ち込みそうになる心をどうにか支え、必死の笑顔を作って挨拶をする。


「·····おはよう。大丈夫だよ」


隣の七海が

「えっ、ほんとに平気·····? 富山関連かぁ」

と呟くのが聞こえた。せっかく察してくれているので、小さく頷いて肯定しておく。

七海が心配そうに見てくれている中、富山くんは


「そっ、か。そんなに悪いやつじゃないから。ごめん」


·····なんで、真江ちゃんのことを富山くんが謝るの? まるで、身内みたいな·····

心の中が荒んでいる私には、富山くんを睨まないように気をつけるので精一杯だった。

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