第8話 真江ちゃんとのやり取りと、富山くん

その日の、昼休み。


「ね、ねぇ·····あんなとこを見せた私も悪かったから。そろそろ、元気出さない?」


七海が、私に話しかけてくるのはこれで何十回目か。

でも、可愛い七海でさえも、今の私の気分をあげることはできない·····!





この二文字を、今日私は実感したから。


「ううぅ·····咲絵ちゃあぁぁん! 奈緒がやばいよ! どーしよー!」


七海が、咲絵に助けを求めている。

·····ごめんね。七海。今の私を元気づけられる人はいません。だって····


富山くんが、自分の席で真江ちゃんと、イチャイチャと話している! どうしようか?! 富山くんと隣の席だと言うことをこんなに呪ったことは無い!!

自分の席にも座りたくないなんて!!


「ねー? 春樹?? あのさぁ、今度どっかに遊びに行かない? 真江春樹とふたりで遊びたいな〜?」


「んー、そうだね」


否応なしに耳に入る会話。

それを聞き、机につっ伏す私。

ちなみに、今は七海の席に避難している。


「奈緒·····が、頑張って·····それに、富山は真江ちゃん? のこと好きじゃないと思うよ?」


「嘘だ·····」


「ホントだって。さ、そう思って元気出さない·····? 落ち込んでたら、ほんとにふたりは付き合っちゃうかもよ?」


そう、耳元で囁いてくる七海。


「えええ?! やだ!」


ガタッと音を立てて立ち上がり、叫ぶ私。

視線が集まる気もするけど·····そんなこと、気にしてられない!


「なら、ほら。富山がさっそく心配してこっち見てるよ?」


「え?」


見ると、富山くんが真江ちゃんの制止を振り切って歩いてくる。


「うぇ、わ、うわぁぁぁ·····心の準備·····」


あわあわとしながら七海を見るも、ニコッとしながら離れられてしまった。


「う、うぅ·····」


「あの、どうしたの? 朝から元気ないけど·····? 大丈夫?」


優しいね。でも、あなたのせいです。

そんな思いを込めて、精一杯の皮肉のつもりで微笑んで言う。


「あ、そう? 大丈夫だよ、富山くんが気にすることじゃない」


でも、気にしてくれて嬉しいのも事実で。


「本当に?」


疑わしげにそう言う富山くんとの会話が、続いて欲しいなぁ·····なんて、思ってるのも事実。


いくら失恋が濃厚でも、それでも、好きな人と話せたら嬉しいし、それが自分を好きだからじゃないって分かっていても同じだから。


「ほ、ほんとほんと·····」


「怪しい·····」


ここまで執着するのも珍しい。

なにかあったのかな?

でもまぁ、富山くんとの会話が続いてるんだし、良いか。

束の間の幸せに浸る私。

私を心配そうにみてくれる富山くん。


そこに、ずばずばと乗り込んでくる人がいた。


「ねぇ、もう良くない? だって、だって大丈夫って言ってるんだし·····ねぇ?」


「·····う、うん」



真江ちゃんが敵意むき出しで睨んできたから、思わず返事をしてしまった。

そんなに露骨に睨まないでよ·····。


「嘘をつかせてるって分かるのに、ほっとける訳ないだろ」


それに顔を顰めて反論する富山くんは、あくまでも冷静で。

·····ってか、嘘だってバレてるし。凄い。


「は? もう、真江よりその子が大事、ってワケ? 意味わかんない」


真江ちゃんは、そう捨て台詞を吐くと立ち去って行った。


「はぁ·····」


真江ちゃんの背中を見て、ため息を吐く富山くんは、なんだか困っているようで。


「ご、ごめんね。私のことなんて気にしなくていいから、真江ちゃんと話してて良いよ?」


「え? いや、別に話すことなんて無いし。それより、なんかあった? ·····相談くらいになら乗るけど?」


ぼそっと呟かれる声は優しさに溢れていて。


「ふふっ·····ありがとう! もう本当に大丈夫。なんか、元気出てきた!」


「な·····なんで笑うんだよっ! でも、良かっ、た」


そう笑う、富山くんの顔は何故か赤く見えて。恥ずかしそうに、嬉しそうに、微笑んでいるように思えた。



あぁ·····私は、こんな優しい富山くんが好きなんだ。

私の心は、幸せで満たされていて。

富山くんと笑い合える、この瞬間だけは、不安なんて一欠片も無かった。

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