飯山さんとゲーセン

 俺と飯山はゲームセンターに入った。電車よりも冷房が効いている印象だが、それよりも熱気を感じるのは自らの高揚のせいだろう。俺も飯山も、VRゲームどころかVR体験が初めてである。ゲームの世界に入る妄想は何度かしたが、それを正に体感できる場所。興奮しない方がおかしいだろうと思った。飯山は「ついで」とは言っていたものの、実際VRのゴーグルを装着すると、感動の声を上げた。

「おお、これがVRかあ……」

 ゴーグルをつけていたため、飯山の表情は確認できなかったが、飯山が幼児のようにはしゃいでいることは声色や地面から伝わる振動で伝わった。

「三百六十度全部! ゲームの世界だよ尾形! やばいこれ想像以上だ!」

 俺は飯山の言葉に同意しながら、その嬉しがり方には苦笑した。今やっているゲームは出てくるゾンビを撃ち抜くというシンプルなもの。そのため、グラフィックなどには相当こだわったのだろう、眼前には寒気がするほどおどろおどろしい世界が広がっている。ゾンビシューティングの世界観でそんなにポジティブにはしゃぐのは飯山くらいだ。ひとしきり騒いだ後、よし、と呼吸を整える飯山。彼女は、壁に向かって何度か銃を撃ち、命中した部分を確認していた。

「ふーん、なるほど。判定はこんなものか。直感的な操作で行けるかが不安だけど、まあ大丈夫でしょ」

 隣から聞こえるのは歴戦の兵士のような喋りだ。そう思って、自分で苦笑した。

……ゲームにおいては確かに数多の戦場をくぐってきたのだから、間違ってはいないのかもしれないが、行き過ぎた表現だと思う。

「尾形、準備オッケー?」

「いつでも」

 画面に照準が出ないのが少し不安だったが、まあどうにかなるだろう。そんな思考が頭をよぎり、大概自分も飯山と同じことを思っていることに気づいた。ゲームに熱中して、真面目にやってしまう人間なんて、大半がこんなもんだろう。俺は自嘲気味になりながら銃を構える。

 ゲームが開始した。まずはチュートリアルも兼ねて、数体のゾンビが解放された。この程度なら余裕だろう。いつもやっているゲームに比べたら難易度はイージーくらいだろう。そう思って、銃を何発か撃ってみたが、弾が一発も当たらずに、俺は驚愕した。

「うわ、これ当たらないな」

「うーん、確かに当てにくい」

 飯山はこちらの意見に肯定しながらも、的確にゾンビの頭を撃ち抜いていた。

「……え? 初めての方ですよね?」

 手こずりながらなんとかゾンビを一体撃ち抜くと、飯山のキャラがこちらを向いた。

「初めてだよ。初めてだからこんなにテンション上がってるんじゃん」

 俺の言葉に、飯山はにやりとしながら答えているのだろう。俺の目の前に迫っていたゾンビの頭をしっかりと撃ち、笑った。

「ほら尾形、ぼーっとしない。次来るよ」

「お、おう」

 それからゾンビの数はねずみ算式に数を増していった。俺がまともに戦えない分、飯山の捌く数が増えていた。飯山のキャラが横眼でも分かるくらい激しく首と腕を動かしている。

「うわ、この数はえげつないわ……」

 少し疲れてきたのか、息を切らしながら飯山が言う。俺はほとんどゾンビの波に埋もれている状態だった。もうここまで来ると、どこに撃っても命中するが数が減らない。ジリ貧だった。

訳も分からない状態で銃を撃ち続けているうちに、ゲームクリアの文字が画面に表示された。飯山がほとんどのゾンビを討伐したのだ。やはり飯山のゲームスキルは凄まじい。そう感心しながら、ゴーグルを外すと、ゲームの達人は疲れ切った顔で天を仰いでいた。その額から汗がつうっと流れた。

「めっちゃ楽しかった……けどめっちゃ疲れたしめっちゃ酔った……」

「大丈夫か?」

「しんどい……」

 グロッキー状態の飯山がうなだれる。どうやら体力と三半規管の性能は低めなようだ。VRを後にして、飯山を近場のベンチに座らせた。急いで缶ジュースを買ってくると、飯山はありがと、と言いながら首筋に缶を当てた。飯山の首筋を、結露か汗か分からない雫が伝い、鎖骨へと流れた。

「首動かしすぎたかもしれない……」

 そう言いながら、飯山はこちらを見ると、笑顔を作った。

「いや、それほどでもないから、そんな顔しなくていいって。平気だよ、尾形」

 言われて、俺は眉間に皺が寄っていることに気づいた。それから、顔全体がこわばっていることが分かり、俺は表情を柔らかくするように意識を向けた。

「でもめっちゃ楽しかったなあ。あのゲームのクリア率って三パーセント行かないんだってさ。それ聞いたらクリアしないわけにはいかないなあ、って……」

「さすがだな」

 飯山は右手を上げて、親指を立てた。依然、調子は悪そうだが、清々しい笑顔をしていた。

「かっこよ。映画のワンシーンみたいになってるぞ」

「……傍から見たらマジでキモいって」

 いつも通りの台詞を言いながら、彼女は体を起こし、立ち上がってきょろきょろと首を動かす。飯山の視線を追うと、どうやらゲーム機を物色しているようだった。体調を崩してなおゲームをやりたがるのはもはや執念すら感じる。ここは、そんな執念深い彼女の選択に身を委ねるのが正解だ。そう思って、彼女の言葉を待っていると、飯山はおもむろに歩き出した。俺はジュース缶を一気に飲み干し、彼女についていく。彼女はゲームコーナーの一角で立ち止まり、こちらに向き直った。

「尾形、メダルゲームやろ。激しいゲームは今しんどいし、おとなしいやつをやりたい」

 俺が同意すると飯山はメダルコーナーへと先行した。意気揚々と歩く彼女は、テンションとしてはVRと同じくらいであった。メダル交換機の前で財布を開いた飯山が、少し困った顔をする。料金表とゲームコーナーを交互に見て、また財布の中を覗く。飯山に追いついて、どうした、と聞くと、飯山は交換機のモニタを指さした。

「いや……何枚くらいが適切なのかなって。実はメダルゲームはやったことないんだよね」

「え、そうなのか」

「うん。もっと言うとゲーセン自体もあまり来たことなくってさ。やってもシューティングくらいしか。音ゲーは専門外だしクレーンゲームとかもってのほか」

 意外な話だった。飯山のことだからゲームセンターにあるものは一通り網羅していると思っていた。しかし、よく考えてみれば、ゲーマーと言ったって世界のすべてのゲームを知っているわけでもない。ただ、彼女は好きなゲームをやり込んでいるだけの話なのだ。彼女は専ら両手で持ち運べるような(もしかしたら片手でも使用できる)コントローラーで操作できるゲームを好んでいる。それはいつもの会話から分かる話で、なんなら今日来るときも聞かされた。だから、体感型のゲームが多いゲーセンに来る機会が少ない。きっとそんな簡単な理由だ。

「なるほどな。じゃあおとなしいメダルゲーム回るか。なんか興味あるやつは?」

「あのずらっと並んだ筐体は?」

 飯山が指さした先には、背の低い小型のメダルゲーム機が行儀よく列を成している。幼児用のゲームだ。ゲームセンターには珍しい、かなり大人しいゲームたち。そのことを説明すると、少し見てみたいと手を引かれた。子連れなどが目立つ中、飯山は興味深そうにゲーム機の画面を見ている。そして、おもむろにコインを入れた。

 この手の小型ゲームはだいたいテンプレートがある。画面には回転寿司のように数字の書かれたキャラクターが流れている。この数字はコインの枚数だ。プレイヤーはこの中から自由にキャラクターを選ぶことができるが、数字が高いキャラクターほど手に入りにくい。シンプルなゲームだ。飯山がやっているものは犬や猫、鳥のキャラクターを捕まえる、といった趣旨のものらしい。何度か数字の大きいキャラクターを狙うが、飯山はことごとくそれらを逃した。当然だ。正直、これが当たったところを見たことがない。少し屈んでいた飯山は、むすっとした顔でこちらを見上げた。

「これコツとかある?」

「ない。確率」

「クソゲー」

 飯山はさらに頬を膨らませた。丁度流れてきているフグのキャラクターにそっくりだ。飯山がやってきたゲームは、プレイヤースキルが勝敗を決するものがほとんどだったのだろう。メダルゲームの大半は、こういった運の巡りを待つものだが、彼女にはきっと合わないのだろう。千円分だけ買っておいて正解だった。

「久々にやってみるか。運試しだ、運試しだよ飯山。おみくじみたいなものなんだ」

「おみくじ、か」

 結局手元の百枚のメダルはすぐになくなり、飯山と俺の双方とも一度も大きな数字で当たることはなかった。

「だめ、メダルゲーム合わない、次」

 飯山はそう言いながら格闘ゲームの筐体へと向かった。リンクラだ。

「尾形、今の私はフラストレーションMAXだからね。付き合ってもらうよ」

 リンクラは激しいゲームではないのか、と思ったが、3Dの視点移動がないなら飯山としては平気なのだろう。それに、だいぶ体調も戻ったようで、飯山はこちらを見ると楽しそうににやりと笑った。ただ、運ゲーで不満がたまっているのだろう。恐らくいつも以上に手加減がないはずだ。俺は一旦深呼吸をして、筐体に着いた。まるで戦闘機のコックピットだ。

「お手柔らかに頼むよ。最近やってないんだ」

「それはお互い様。もうコマンド分からんかも」

 キャラを選択して、試合が開始する。FIGHTと文字が出ると同時。俺のキャラは上空へと吹き飛ばされた。

「あー! そうやってすぐに昇竜拳ぶっ放しやがって! 全然やれるじゃねえか!」

 キャラをコンボでボコボコにされながら文句を垂れると、飯山の楽しそうな笑い声が聞こえた。

「悔しかったら尾形もやればいいじゃーん」

 言われ、昇竜拳を撃つが、あっけなくガードされる。昇竜拳のコマンドというのは無敵時間が長く強力であるものの、外した時の隙が大きい。敵からの反撃が確定してしまう。直後、飯山の必殺技が出た。完敗だ。

「完全に読まれた……言った直後なら入ると思ったのに……」

「見てから余裕でした」

 化け物のような反応速度だ。

そのあと何戦かしたが、やはり飯山には一度も勝てずにリンクラは終了した。飯山は満足そうな顔で台を立った。

「ふう、遊んだ遊んだ。最近敵対することもなかったし、久々で楽しかった」

「そりゃなにより。こっちも身の引き締まる思いだったよ」

「なにそれ、仕事じゃないんだから」

 飯山がふふっと笑った。

「でも、尾形。リンクラちょっと上手くなってたね。練習とかした?」

 そう聞かれ、俺は首を傾げた。飯山がリンクラをできなくなってからというものの、リンクラは全くプレイしていなかった。それでもいい立ち回りはできた――それでも飯山にはボコボコにされたが――気はする。

「いいや、全く。でも、あれだな、ちょっと飯山の動きが分かってきたかもしれない」

「ふーん、そっか。相手の動きを一ラウンドで読めるようになったらいよいよやばいから気を付けてね」

 飯山は注意しろというアドバイスをする割に、そうなってほしくないというネガティブな感情は一切見えなかった。むしろより一層こっち側に来てほしいという願望の方を感じた。適当に返しながら、時計を見ると、時間は十三時を回っていた。昼飯時にはちょうどいい頃だろうと思い、飯山に声をかけた。

「そろそろ飯にしようか」

「おっけー」

 飯山とゲーセンの出口辺りに来たとき、飯山が、ふと小さく声を上げた。

「どうした?」

「え、ああ、なんでもないよ。行こ」

 言いながら飯山はそそくさと先に出ていく。俺は、飯山の視線が少し気になりゲーセンをもう一度覗き込んだ。クレーンゲームコーナーでフィギュアやお菓子などの台が並ぶ中、見覚えのある犬のキャラクターのぬいぐるみが目に留まった。どこかで見た記憶があるが、それをどこで見たかぱっと思い出せない。なんだったかな、と疑問に思いながら俺はその場を後にした。

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