飯山さんと『クリーチャー』

 『クリーチャー』というゲームは長く続くシリーズ作品で、俗に『狩りゲー』と呼ばれるジャンルだ。メジャーではないタイトルだが、そのダークな雰囲気と多彩なアクション要素が一定数の支持層を生み出し続けている。

 かくいう俺も『クリーチャー』のファンの一人だったが、二年前から新作の情報は出ず、その熱は若干冷め始めていた。

 そんなとき、いつも見ているニュースサイト(といってもゲームに偏ったニュースアプリだが)で、クリーチャー新作発売決定の情報が流れてきたのだ。

 プロモーション映像では『クリーチャー』独特のダークな雰囲気が鋭さを増していた。グラフィックの進歩による多彩な表現。今までにはなかった、地形を利用したアクションやギミック。

 進化した『クリーチャー』の映像を見て、俺の冷めきっていた熱が再び沸き上がった。

 狩りゲーをやりたい。いや、『クリーチャー』をやりたい。あの世界観の中で自分の思うように狩りをしたい。

 そんな衝動が湧き出したのは俺だけではなかった。

「狩りゲーがやりたい」

 飯山が放課後の下駄箱で呟いた。

「尾形、『クリーチャー』の最新PV見た? 見たよね?」

 ぐいぐいと詰め寄る飯山。俺は少したじろぎながら、ああ、と頷いた。

「めちゃくちゃ面白そうだよね。どうやったらあの暗黒に落ちた中世ヨーロッパみたいな世界観であそこまでスタイリッシュ極められるわけ? 開発陣の頭割って見てみたいわ」

 飯山は珍しく興奮した様子で、足早に喋る。

「触発されたか」

 その返事に、飯山の声が一段と大きくなった。

「されない方がおかしいでしょ、あれ。いつもだったらPV見た後すぐにゲーム機つけて『クリーチャー』全クリして発売に臨むところ」

 キラキラと輝く飯山の双眸。飯山の生気がカンストしてる。

 確かに、「いつもなら」このまま家に帰って風呂も飯も抜いて『クリーチャー』をやるのだろうが、

「……ああ、いつもなら、ね」

 飯山の瞳がみるみる光を失い、虚ろに変わった。

「……言わないで、尾形。私も今思い出して凹んだ」

 飯山は深いため息を吐き、黙りこくった。先程までのテンションの高さが嘘のようだ。しかし、飯山は絶望の顔というよりは、悔しそうな表情を浮かべていた。

 ゲーマーとしての無念だろうか、噛んだ唇には白が滲む。

 クリーチャーの現在の最新作『クリーチャーⅢ』は携帯ゲーム機でプレイできるものだが、飯山はそれを親に叩き割られてしまっている。それどころかゲームをすべて没収されている彼女は、だいぶ辛い状況にあるだろう。

 今までの時間をほとんどゲームだけで過ごしてきた人間。放課後は、ほぼ毎日俺の家でゲームをしているが、それもせいぜい二時間ほどで、できるゲームも限られる。飯山には全く足りないだろう。

 そう考えると、飯山のことが可哀そうに思えてきた。

 ……『リンクラ』も飽きてきた今、飯山にゲーム機を貸してしまってもいいかもしれない。もともと『リンクラ』をやる相手もほとんどが飯山だったわけだし。

「……貸そうか? 『クリーチャー』」

 その提案をすると、飯山は驚いた表情で首を振った。

「ゲーム機ごと? いや……さすがに遠慮しとく。それに父親に見つかったら尾形のゲーム機はお釈迦になるかもしれないよ」

 確かに、その可能性もあるのか。俺は頭を抱えた。俺のゲーム機も割られてしまったら、結局飯山はゲームができない。それに、飯山家で、誰かから借りてゲームをやっていることが知れてしまう可能性もある。そしたらきっと大問題になるだろう。

 ……下手したら転校とか? 少し大げさだと思った可能性を否定できなかった。

 だが、飯山がこのまま低いテンションなのも見過ごせない。虚ろな目のままゲームをプレイされても、最強のCPUを使って遊んでいるようなものだ。俺は生き生きとした飯山とゲームがしたい。そのためには、どうしても飯山に狩りゲーをやらせるべきなのだ。

 俺は一つ提案することにした。

「あ、そうだ。俺、前に飯山のプレイング見たいって言ったじゃん」

「え、うん」

「今日、『クリーチャー』やるとこ見せてくれよ。飯山のプレイを落ち着いて見たいからさ」

「え……? いや、でもそれじゃ尾形はゲームできないじゃん」

「俺はいくらでも後からできるし。それに飯山のプレイング、見てて楽しいからさ」

 確かに、飯山がしょんぼりとしているから『クリーチャー』をやらせたい気持ちはある。だが、俺の言葉に偽りはなかった。

 飯山のプレイングは魅せるプレイング、いわゆる「魅せプ」なのだ。毎回綺麗なプレイが成立するわけではない。『デッドロード』で言えば、ゾンビの群れに突っ込んでそのまま死んでしまうことだってある。それでも飯山のプレイングは見てて熱くなれる。スポーツを観戦しているのと同じだ。

 それをじっくり見れるのは、かなりお得だと思った。一番画面がよく見える特等席。こんな機会は、飯山がゲームプレイの配信でもしない限りそうそう得られないものなのだ。

「飯山は狩りゲーができる。それで俺は飯山のプレイングが見れる。Win-Winじゃないか?」

 目を丸くしていた飯山は、俺の言葉でくすっと笑った。

「尾形、前にも言ったけどそういうとこキモいからね。……それに私、有名ゲーム実況者とかじゃないんだけど」

「まあキモいかもしれんが……それでもかっこいいものは見たいじゃんか」

 俺が更に押すと、飯山は半ば呆れたようだった。

「ありがとう尾形。それじゃ、その好意に甘えようかな」

 飯山は俺の家に上がるや否や、あわや四足歩行になるのではないかという勢いで階段を上っていった。飯山がおとなしい性格でなければ「うおおおお」と叫ぶ吹き出しなんかがよく似合うだろう。

 階段をゆっくりと上り、部屋につくと、すでに彼女は『クリーチャー』を起動していた。一番最初の作品。無印版だ。

 現在の最新作『クリーチャーⅢ』はテレビ画面に映せないタイプの携帯ゲーム機専用のソフトになっている。そのため、画面が見づらい。だが、初代の『クリーチャー』ならテレビに映してプレイできるので、飯山は俺のことを気遣ってくれたのだろうか。それか、もう一秒も待てなかったか。多分、後者だろう。

「飯山、『クリーチャー』好きなのか」

 これまでの飯山をダイジェストのように頭の中で振り返りながら尋ねた。キラキラした目。勢いづいた大きい声。駆け足の喋り口。四足歩行。

「結構好き。ちなみにその前作のかなり古いゲーム『エウロペ』はめっちゃくちゃ好き」

「『エウロペ』? なんかクソゲーって評価食らってたのは見たことあるけど」

「ああ、『エウロペ third birth』の話だね。あれは確かにクソゲー。だけどね、その前の二作は死ぬほど面白かったんだよ、エウロペシリーズ。賛否両論ではあったけどね」

「かなり昔ってどんくらい前なんだ」

 飯山はモニターの中で、鎧騎士を塔の上から大剣で突き刺す。見事な飛び降りのタイミングだ。専用の処刑モーションが映される中、飯山は、うーん、と宙を見上げた。

「マジであの、ドット絵とかのころだよ。3Dではあったんだけどかなり粗いやつ。BGMとかピコピコ音の」

「あー、ほんとかなり前だな。ソフトがまだカセットだったころだろ?」

 俺はカセットの差込口に息を吹きかけていたのを思い出していた。簡単にエラーを吐き、セーブデータが飛んでしまうカセット型ソフト。もちろんバグも多く見られた。あの頃は不具合と戦うまでを含めて「ゲーム」と呼んでいた気がする。

「うん、それ。そんで、『エウロペ』はホラーアクションだったんだよね。ほら、『クリーチャー』ってダークな雰囲気でしょ? 『エウロペ』の世界観をそのまま引き継いでるんだよ。でも、当時としては新しかったんだよね、コンセプトもジャンルも」

「確かに、その頃にホラーアクションってあまり聞かないな」

「うん。それで『エウロペ』シリーズは結構批判を食らったわけ。ゲームの操作システムもかなり独特だったし……そしてそれを真に受けた『エウロペ third birth』は尖った世界観も癖のある操作感もなくなって、結果誰にも受けないゲームになっちゃったんだ」

「なるほどな……」

「面白いゲームは一部の層に嫌われたりもする。すごい当然のことなんだけど、開発陣は結構ピュアだったんだろうね。みんなが面白いと言えるゲームを作ろうとしたけど売り上げは最低を記録。『エウロペ』シリーズは打ち切りになったんだ。その代わりに出てきたのが『クリーチャー』シリーズ。『エウロペ』から引き継いでいる世界観が多いし、こだわりも強い」

「好きなんだな、このシリーズ」

「ほんと好き。あまり記憶ないんだけどさ。小さいころに初めてちゃんとやったゲームが『エウロペ』だったんだよね。それに衝撃を受けてさ。以来私はゲーマーってわけ」 

 道理で想い入れがあるわけだ。それにしても、いきなりやったゲームがホラーアクションとは恐れ入る。しかし、ホラーアクションを淡々とやる五歳児の飯山は容易に想像できる。

 飯山は、廃教会の中に入っていった。廃教会のステンドグラスがよく見える位置で、飯山はカメラを止める。ステンドグラスには蛇と虎が複雑に絡み合った独特の紋章が描かれていた。

「この模様、『クリーチャー』本編では背景あんまり掘り下げないんだけども、『エウロペ』でこの団体が物語の核心なんだよね。そういった『エウロペ』シリーズへのリスペクトが結構見えるの感動しちゃうっていうか胸熱なんだよね」

 ゲームの事となると話っぱなしの飯山だが、今日はいつにもまして熱のこもった喋り口。まるで作品のおすすめレビューでも聞かされているみたいだ。

 と、ペタペタとした足音がモニターから聞こえてきた。飯山の背後から下半身が蜘蛛のように分かれた人型の怪物がやってきたのだ。その背丈は飯山のキャラより三倍ほど。大型のクリーチャー、「ガルモモラ」だ。「ガルモモラ」はこちらに向かって突進を始める。

「お、ターゲットじゃん。討伐対象」

 飯山はこちらを見て、悪戯小僧がよく見せる笑顔で、

「ちょっと面白いもの見せてあげるよ。多分尾形みたいなライトゲーマーだと絶対試さないと思うんだけど」

 飯山は銃で先ほどまで熱く語っていたステンドグラスを撃ち抜いた。するとステンドグラスがバラバラと地面に散らばる。

「『クリーチャー』シリーズのいいところは世界観と多様なアクション性なんだけど、仕様がすっごい細かいところも魅力なんだよね。スタッフがこのゲームどんだけ愛してるかが伝わるんだよ。そこが好きでさぁ」

 人型の怪物は突然足をばたばたさせて暴れ始めた。怪物にじわじわとダメージが入っていく。

「えっ、なんだこれ」

 見たことないモーションに、俺は思わず声を上げた。

「ガラスが足に刺さって暴れてるんだよ。ほら、この怪物、裸足でしょ? だからガラス片踏むとめっちゃ痛がるの。ちなみにこれ突進してないと踏んでくれない。頭がいいから。でね、ガルモモラは普通だったらトラバサミとかは手で破壊してくるんだよね。頭がいいのがウリだからね。でもこの状態だと――」

 飯山は踏みつけられないように気を付けつつ、相手の足元にトラバサミを設置した。暴れるクリーチャーの足にトラバサミが踏まれ、バチン! という効果音が響く。

 ガルモモラはトラバサミを踏んだ足をピンと伸ばし、硬直。そのまま後ろに転倒した。ダウンだ。

「ちなみにこっから処刑モーション入れられるから瞬殺できる」

「大型だよな?」

 モニターにガルモモラの頭部を撃ちまくり、最後に大剣で切り落とす演出が映されている。もう討伐完了だ。

「大型だけどやろうと思えば瞬殺できちゃうんだよね。こういう細かいやり方させてくれるのが『クリーチャー』の魅力なわけだよ。だから新作がめちゃくちゃ楽しみ。PVだけであんだけやってるんだから隠し要素とか、ほんと楽しみでさ」

 飯山は任務完了をしたあと、ゲーム機から『クリーチャー』のソフトを取り出した。

「……あれ? もういいのか」

 飯山は『クリーチャー』をパッケージに戻しながら、『デッドロード』を取り出す。

「やっぱ二人でやりたいなって思って。『デッドロード』やろ?」

 俺は少し顔が熱くなった。

「お、おう……」

「……嫌だった? 今日は実況見る気分?」

 飯山が少し不安そうに聞いてくる。俺は慌てて首を振った。 

「いや! 全然そんなことない。ただ、飯山が楽しそうにしてたからさ。びっくりしただけ」

 と言いつつも、実際は違う。二人でやる方が楽しいと言われて、少し舞い上がったのと、照れ臭かったのを隠したかったのだった。

 飯山は微笑んだ。

「まあ、確かに『クリーチャー』も楽しいけどね。一人でふざけるより二人でふざける方が楽しい。でしょ?」

「あ、ああ」

 俺は少し喉に詰まりを感じながらも返事をした。

 飯山の笑みが、秘密の悪戯を持ちかける子供っぽくて、小悪魔っぽいのはどうにかならないんだろうか。

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