飯山さんとマルチプレイ②

 飯山は俺の部屋に入ると物珍しそうに辺りを見回した。小さめのテレビに、低めの丸テーブル。その周りにはクッションが二つほど置いてある程度。あとはシングルベッドが置いてあるだけの殺風景な部屋だ。たぶん見苦しいものなんかは置いてないはず。

 気になって、ちらりと飯山の顔色を伺ったが、彼女はいつも通りの表情だ。

 しばらくして、飯山はゲームが並んでいる棚を見つけ飛びついた。棚の前にしゃがみ込み、数あるゲームたちを物色していく。時折、棚から引き出して、戻す姿は図書館で本を探しているかのようでもあった。

 パッケージ群を見終えると、飯山は、タイトルをゆっくりと指でなぞる。

「んー……いい趣味してるね。さすがクラスの中でゲームが上手いって言われてるだけある」

 明らかに実力が上の飯山にそんなことを言われて、顔が熱くなった。

「そんなんどっから聞いたんだよ」

「尾形の友達、声がでかいからね。その気なくても聞こえてくるよ」

 俺の友人で、声が響くと言えば……たぶん、佐川のことだろう。うちのバカが申し訳ない。明日、強めに顔面をぶん殴っておこう。

 そんな思案をしているうちに、飯山は、「これとこれと……」と口を動かしながらゲームを再び抜き取っていた。こちらのことは気にしていない。マイペースだ。

「実際、リンクラやってる男子の中では一番上手いんじゃない?」

 ふと、思い出したかのように飯山が言う。

「いや、もう全然上手くないから。お前の口から言うのはやめてくれ」

 飯山がこちらに振り返った。手にはゲームが数本抱えられている。

 俺の発言を聞くと楽しそうに、いつもの台詞を言った。

「尾形くらいがいいんだよ。前も言ったけどゲームが上手くたってキモいだけだからさ」

 飯山はこちらに寄ってきて、よいしょ、と俺の隣のクッションに腰を下ろした。ふわりといい匂いがした。俺は少し顔を逸らす。

「口癖みたいだな、それ」

「心の底からそう思ってるからね。はたから見たらキモいんだろうな、って」

 別にそんなことはないんじゃないか。俺自身、飯山の事をそう思ったことはない。

 飯山の方を見ると、その薄い唇がにやりと歪められていた。悪戯な瞳が俺の目を捉える。俺がちゃんと飯山の方を向くまで待っていたようだ。

 飯山は眼を細めた。

「だからさあ。尾形もそれ見たいとか、割とキモいからね」

 そう言って、飯山は、にっと笑う。

 心臓が跳ねた。こいつ、こんな表情もするのか。

 飯山の笑顔を見て、バクバクと俺の心拍がつけ上がった。これはキモい。

 そんな俺の内情など知らず、飯山は手元のゲームを広げる。自由気ままな振る舞いはデフォルトなのだろう。

 パッケージの裏面を見ながら、んー、と唸る。

「とりあえず面白そうなのは引っ張ってきたけど、今のご時世ローカルでマルチなんてあまりないね。……うーん、やっぱこれかな」

 そう言って飯山が指さしたのは先ほど話にも挙がっていたゾンビゲー、『デッドロード』だ。

「私も進めてはいたんだけど、同じくソロに飽きてさ。自分もゾンビ……ていうか、怪物になって暴れるっていうのは楽しかったんだけど、結構単調だったからもうやってないんだよね」

「マルチなら面白いかもしれないな。やるか」

 俺はソフトを入れ、しばらく使っていなかった二つ目のコントローラーを引っ張り出した。

 飯山は楽しそうに足を交互にばたつかせる。

「久しぶりだなあ。一つのゲーム機で一緒に遊ぶなんて」

 俺は埃に塗れたコントローラーをぬぐいながら、苦笑した。

「俺も久々だよ。このコントローラーも一年ぶりくらいだ」

 ゲームをつけて、タイトル画面から二人プレイを選択。すると、テレビ画面が丁度横に二分割された。飯山が、おお、と声を上げる。

「ほんと懐かしいよこれ。この、画面小さくなって見づらくなる感じ、久しぶり。まさかまたこの画面でゲームするとは思わなかったよ」

 俺もその言葉に数度頷いた。

「だな。画面見づれえ……。飯山、武器どうする?」

「このゲームかぁ……ショットガンとサブマシンガンでいいや」

 飯山が選択したのは両方とも近距離の武器。接近してきた時はゾンビをばたばたと倒せる強武器だが、遠距離では弾が当たりにくく威力も弱いので最前線向けだ。ゾンビの群れの中に突っ込んでいくことになるので死亡率も高くなる。

 基本的にこういった武器は中距離でも弾を当てられる武器と合わせてもつことが多い。飯山なら難なく使いこなせる組み合わせだろうが、俺なら即死だ。

「にしても尾形の装備は手堅いね。アサルトライフルとスナイパーライフル。中遠対応かあ」

「まあ……一番安定するし」

 俺がそう答えると飯山はクスクスと笑った。

「ふふ、ゲームで安定とか言っちゃうのもまあまあアレだよ? でも、趣味合うし、見込み通りこっち側の人間みたいでよかった」

「結構いると思うけどな……」

 すると、飯山は、まあ、と言葉を濁した。

「いるにはいる。けど尾形は感じいいからさ。……こういうゲームばっかやってる人ってどうしても性格悪い人ばっかになるんだよ。だから尾形は貴重め。私みたいな陰キャにも話しかけてくれたし――」

 確かに、動画サイトなどでは頻繁にオンラインゲームでの暴言についての投稿を見かける。性格が悪い界隈と一蹴する気はないが、決して良いとも言えないだろう。

「飯山はそういう人と関わったことがあるのか?」

 飯山は表情を曇らせる。

「多少はね。ボイスチャットとかで話しながらやってたこともある。ボイチャやった方が強いゲームは結構あるからね。今は完全なソロプレイヤーだけど」

 語る表情はただ暗いというだけでなくて、ほのかに孤独を感じさせた。ただ、その寂しそうな表情はふとちらついただけで、彼女はすぐ『ゲーマーの飯山』の表情へと戻った。

「さて、やろやろ。今はそんなんどうでもいいからさ」


「ごめん飯山! また死んでる!」

「うっそ、なんで? こっちもグレ尽きてるから突破きついんだけど!」


「飯山、後ろ後ろ!」

「うわ、気づかないでしょこれ! あーもうまたショットの弾吹き飛ぶし……あーごめん尾形、死んだ」

「いや、まじで? ここで死にたくな……あ」


「ここで! ゾンビ化! あれ、ゾンビだっけ怪物だっけ? でもこのモードさあ、ゲーム変わるよね。無双系」

「だよなあ。……おい待て飯山! それフレンドリファイア! こっちにも攻撃当たるから!」

「よけてよけて」

「無理ゲーだろ! うわ範囲攻撃はよせっ!」


 気づけば外はすっかり暗くなっていた。午後6時だ。

 飯山は背後にあった俺のベッドに頭を預け、ぽつりと呟いた。

「満足。楽しかった」

「そりゃよかった。そろそろ帰る時間か」

「うん。名残惜しいけどね」

 飯山はよいしょ、と跳ねるように体を起こした。ゲームソフトを棚へと戻す。

「それにしても、結構無茶なプレイするんだな、飯山って」

「ん? んー、対人じゃないからいいかなって。チェックポイント結構多かったし。……それにここでサクサク一人で殺しまくったらキモいでしょっていう話」

「かっこいいと思うけどな。サブマシンガンと殴り攻撃で十体連続で倒してたのとか」

 飯山は軽く笑いを漏らした。

「こういうの、悪くないね。感覚忘れてたかも」

 爽やかな表情。ゲームが上手い人はキモいけどかっこいい、と言った時の表情とは違う。複雑さのない、純粋な笑顔。

 「……なんというか、ゲームやってて思ったんだけど、飯山って……もっとこう効率重視なのかと思ってた。でも結構ふざけたりとかするんだな」

 俺は飯山のプレイングを思い返していた。確かに飯山のゲームの腕は確かだ。けれども常に最善策を取っているわけではなく、なんなら最悪な作戦を取っていた。

 ゾンビの群れに突っ込んで、そこから爆発とともに生還。映画とかで見るような最悪な状況からの快進撃。

 飯山のゲームは、そういった熱い展開を思い出させていた。

「ふざけるのって、楽しいじゃんね。人とやるゲームでそれやったら、もっと楽しいじゃん」

 飯山は再び俺の隣に座った。

「ソロプレイばっかみたいだから、てっきりそう思ったんだよ。なんというか、ゲームにマジというか、だから邪魔されないで一人でやりたいのかなってさ」

「そう思ってて私に声をかけたなら、尾形は勇気あるね。尊敬するよ」

 飯山は朗らかに笑った。花が咲いたような爽やかな笑み。だが、彼女は体育座りをすると視線を手元に落とした。

「……ゲームにマジになってもね、普通は引いていくだけなんだよね。私ほんとにゲームの話しかしないし、興味あるのはそのくらいなんだ。かといってさ、ネットのゲーマーとやってるとどうしてもやりづらくて。きっといい人もいるんだろうけど、ネットで遊ぶのも嫌になっちゃったんだよね」

 語る飯山の目の奥には仄暗さがあった。だが、俺と目が合うと飯山は再び笑う。

「その点、尾形はいいんだよね。さっきも言いかけたんだけどさ、ゲームを楽しんでる、って感じがして。こっちも楽しいんだよね。一緒にやってて楽しいよ」

 俺は少し気恥ずかしかった。

 飯山にとって、自分がどう思われているのか正直よく分からなかった。いつも放課後に来てボコボコにされて帰っていく男。正直、拒否されてもおかしくはなかった。

 だが飯山は「一緒にやってて楽しい」と言ってくれた。

「その……飯山さえよければ、放課後、うちで遊ぶか?」

 俺も飯山とゲームをするのは楽しかった。だからこういう誘いをすることは考えていた。放課後、学校でやっていたことを家でやろうというだけの事。

 しかし、この誘いを女子にするのはどうなのだろうと一瞬迷った。一般的に異性を家に何度も呼ぶのはつまり『そういうこと』だからだ。

 だが、飯山も楽しいと言ってくれた。それならば、と気を絞ったのだ。

 飯山は、お、と声を上げた。

「ぜひぜひ。『デッドロード』クリアしてないし、ほかにもやりたいゲームあるからさ」

 あまりに呆気ない受諾だった。俺はぽかんとした。

 飯山はゲームの棚を見て、嬉しそうに話し始めた。少しも気にしていないようだ。

 次にやりたいゲームはなにか。楽しそうに語る飯山に、俺は性別がどうとかそんな話はどうでもよくなった。

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