飯山さんとマルチプレイ①

 その後、俺は懲りずに飯山に勝負を仕掛けたが、一向に勝ち目が見えなかった。何度も何度も完敗した。

 それでも飯山とリンクラをやってるときは楽しかった。相手に気を遣う必要がない試合。それは俺がゲームをしているときに大事にしていることだったのだ。

 しかし、俺が弱いということは飯山が気を遣って、ゲームをするのが辛くなるのではないかとも心配になったが、杞憂だった。飯山はいつも通りの表情で、俺の事を完膚なきまでに叩きのめしてきた。

 少しくらい手加減が欲しいが、その事を伝えると、飯山は苦笑した。

「尾形は私が強いから私に挑んだんだよね?」

「ちくしょう、やってやらあ!」

 当然そのあとも、全敗した。1ダメージも与えられない。

 ……そんな実力差がひどい二人だが、そのうちどちらが示し合わせるでもなく、放課後に互いにゲームをするようになった。

 そんなある日、俺がいつも通り登校すると、飯山が珍しく机に突っ伏していた。

 朝の空きの多い時間などは、飯山にとってゲームをやりこむ絶好の機会のはずだが、今日はこの空白を有効活用することなく、睡眠を取っている。

 昨日は遅くまでゲームをしていたんだろうか、程度にその時は思っていたが、どうやら違うらしい。飯山は授業の合間の休み時間も、昼休みも机に突っ伏して少しもゲームをしようとはしなかったのだ。俺が知る限りこんな事態は初めてだった。

 俺は彼女の体調がひどく悪いのではないかと心配になった。

 放課後になると、いつもはゲームを用意する飯山が、帰りの準備を始めたのだ。いよいよおかしい。俺は飯山に声かけた。

「飯山、もう帰りか?」

 飯山はいつも以上に無気力な顔でこちらを見てきた。その不健康そうな目にはいつもはないクマが目立つ。

「尾形……。ああ、うん。ごめん、しばらくリンクラ出来ない」

「え、なんでだ?」

「父親がキレてさ……ゲーム機割られたんだよね。それ以外のゲームも全部没収。あれはたぶん捨てられたと思う」

 ああ、と俺は息を吐いた。別に体調が悪いわけではないということにまずは一安心だったが、それは飯山にとって死刑宣告ではないかと再び懸念が沸いた。

「それにしても、なんでまた」

 飯山は顔をしかめた。

「いや、いつも通りゲームしてただけなんだけどね。うちの父親、そもそもゲームが大嫌いでさ。虫の居所が悪かったんでしょ、ブチ切れられてさ。もっとちゃんとしろってさあ」

 じゃあ私はなにしろって言うんだろうね、と飯山はニヒルに笑った。

「そうか、だから……ん? でもゲーム機没収されたってことは」

「うん。帰ってもすることない」

「じゃあどうするつもりだったんだ? 諦めて帰宅?」

「いや、門限まで電気屋でゲームするつもりだった。その時間まで外で勉強してるってことにしてたからさ」

 飯山がいつも通りで俺は安心した。ゲームへの熱意は微塵も冷めてないらしいし、俺が想像していた以上に精神がタフなようだ。ジャングルに投げ出されても生きていけそうな図太さをしている。

 だが、電気屋でゲームをする、というのもなかなかしんどそうだ。そもそも長い時間は居座れないだろうし、店内放送やテレビの試聴なども煩わしいだろう。

 俺も飯山とゲームできないのは退屈だ。その解決策は思いつかなくはないが、遊び始めて一週間くらいでこの誘いをするのはどうかと思った。それに一応、飯山は女子だ。男の部屋に誘うのも少しはばかられる。

 でも、飯山を放っておくのも嫌で、俺は意を決して口を開いた。

「あの、さ。よかったら俺の家に来ないか?」

 飯山は、一番初めに話しかけたときのように、目を丸くした。俺は構わず続ける。

「俺の家なら、飯山ほどとは言わずともそれなりにゲームもあるし。電気屋よりはくつろげると思うぞ。それに……」

「それに?」

「飯山のプレイングを冷静に見てみたいというか……いっつも対戦しかしてないしさ」

「まあそりゃ……リンクラだし」

 飯山はしばらく黙った。何度か爪先で地面を叩き、なにかを考えているようだった。飯山は視線を落とし、目線の先のタイルをとんとんと蹴っていた。俺の心拍が丁度、そのペースに合わさるような錯覚を覚えた。とんとん。どくんどくん。

 飯山はしばらくして俺の顔を見た。

「うん……まあ、いっか。尾形なんのゲーム持ってる?」

 言いながら、飯山は俺の隣についた。飯山と並んで歩くのはなんだか緊張した。女子に慣れている奴ならこんなドキドキはしないのだろうか。

 飯山はいつも通りの様子で、首を傾げた。

「尾形?」

「え、ああ、そうだな。FPSとかあるよ」

「へえ、FPSもやるんだ、尾形。立派なゲーマーの卵だねえ。やめといた方がいいよ。ヘッドホンとか持ってる? ゲーミングヘッドホン」

 飯山は楽しそうに聞いてくる。

「あー、ヘッドホンは特に……」

「まあそっか。でもヘッドホンないとFPS難しいよ。ものによるけど。今度やっすいのでもいいから買ってみて。音の方向で敵の位置分かると勝率めちゃくちゃあがるから」

 やめとけ、というくせに、彼女はすぐにこういうことを勧める。こうしたらゲームがうまくなるとかそういったことを普通に言ってくるのだ。それが彼女らしいところである、というのはだいぶ分かってきたが。

「飯山は普段どういうゲームするんだ?」

「ん? まあできるものならなんでもやる。さすがにスポーツ系とかはあまり興味ないからやらないけどね」

「サッカーとか野球とかか?」

「うん、なかなかね」

 飯山と話しながら校門を出るときに、部活に行く途中の佐川と目が合った。佐川は少し驚いた顔をした後で、にやついて、「ごゆっくり」と口を動かした。

 あいつ、明日会ったらぶん殴ってやる。

「尾形の家ってどっち方面? 駅のほう?」

「ああ。学校からそんなにはかかんないよ。五分くらいかな」

「それだったら私の家と近いかも。だったら都合いいや」

 飯山は少し悪い笑みを浮かべた。彼女はこういった悪戯だとか、やんちゃなことが好きなのかもしれない。

「で、尾形のメインジャンルはなに?」

「最近はリンクラが多かったけど、やっぱシューティングかな。こう、PvEの、なぎ倒してく系のやつ」

 俺がそう答えると、飯山は嬉しそうな顔をした。

「ああ、いいねえ、それ。あれとか持ってる? あのー……『デッドロード』」

「ひたすら迫りくるゾンビを倒しながら、アメリカ各地を巡るやつだろ。持ってる……けど途中で飽きて投げた。一人でやるにはちょっとな」

「だろうね。ねえ、それやらない? 二人でやったら絶対面白いよ」

「お、おう……」

 飯山の普段とは違う雰囲気に、俺は戸惑っていた。飯山は一度も見たことがない嬉しそうな表情をしていた。その笑顔が、どこか擦れているというか、大人っぽかった。

「尾形とは趣味合いそうだねえ。結構アクション系が好きな感じかな?」

「うーん、そうだな。狩りゲ―とかもだいぶやる」

「ソロで?」

「ああ。あんま周りにゲームやるやついないしな」

「なんのゲーム? もしかして『クリーチャー』?」

「それ」

 俺が同意すると、飯山はより一層笑顔になった。

「尾形も大概だね。あれ協力プレイ前提のゲームだよ?」

「昔っからやってるからなんとなくタイトルを追いたくて……」

「気持ちは分かる……あ、尾形の家これ?」

 家の表札を指さして、飯山が聞く。

「ああ、ここ」

「立派な家だね、親御さんいたりする? 私手ぶらで来ちゃったけど」

「律儀だな……。平気だよ。親の帰りはだいたい遅いんだ」

「じゃ、遠慮なく」

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