第6話 アトカースゲーム
豊は十九時、十分前にカフェ・ハッピークローバーに沙羅と共に到着した。
ロージナが調べてくれた通り、
豊が店の中に入ると、店員が話しかけてきた。
「お客様、申し訳有りませんが、本日は貸切でして……」
「貸切?」
確かに店内に客は見えない。店員はにこやかに笑顔を作る。
「はい、中原様の……」
「あぁ、それなら関係者です」
店員は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに顔を戻すと
「そうでしたか。それでは奥にどうぞ。すでに一名いらっしゃってます」
豊と沙羅が店の奥へと案内されると、十人は座れそうな大きなテーブルに一人の男性が座っていた。男性の前にはすでにコーヒーが運ばれている。
「やあ、初めまして。会計はアトカース持ちのようだから、とりあえず好きなものを注文した方がいいよ」
そう言って、男性はメニューを二人に差し出した。
豊はコーヒーを、沙羅は紅茶を頼むと店員は下がっていった。
「改めて、初めまして。私は
大久保と名乗った男は、オールバックにメガネ、そして高価そうなスーツを着ていた。真っ赤なネクタイで、いかにも仕事ができますといった印象を受ける男だった。歳は三十代後半ぐらいだろう。意外だったのは左手の中指に緑色の石が入っているシルバーのカレッジリングをしていることぐらいだろうか。もちろん、手元には豊、沙羅と同じパソコンを持っている。
カジュアルなシャツにチノパン、スニーカーの豊と黒のジャケットに赤チェックのスカート、ヒョウ柄のデッキシューズの沙羅が同じテーブルにつくのには違和感があった。だから、先ほど店員も驚いた顔をしたのだろう。
豊と沙羅の注文したコーヒーと紅茶が運ばれてくる。まだ、十九時までには数分あった。
「
「ど、
豊も沙羅も手元にパソコンを置く。どうやら、このカフェは
次に店に入って来たのは、またもスーツの男だった。しかし、大久保とは明らかに違っている。店員にもオドオドして、何度も頭を下げていた。スーツも大久保と比べて、安価なのが見て取れた。年齢は二十代後半ぐらいだろうか。
豊たちを見て、適当な席に着く。沙羅がメニューを手渡す。
「ど、どうも……」
スーツの男は店員にコーヒーを頼むと、テーブルに豊たちと同じパソコンを置いた。
「初めまして、大久保です。そちらは、遠峯君と土竜さん」
大久保が代表して紹介をすると、スーツの男性も自己紹介をした。
「
遊馬はそういって頭を下げた。
「ロージナ、何人集まるんだっけ?」
豊は自分のパソコンのロージナに話しかける。
「全部で九名です。パソコンが送られたのは十名ですが、一人はすぐにロージナをアンインストールしたので」
そこへ、また次々と人が入ってくる。
立て続けに四人が店にやって来た。そこには女性もいれば、外国人も混じっていた。スーツの男性が二人に女性と外国人男性。
四人は席に着くと店員に各々好きな飲み物を注文する。飲み物が運ばれてくると、時刻は十九時を回っていた。
「十九時を過ぎましたが、もう一人来るはずなので、少し待ちましょうか」
大久保が切り出した。皆、異存はないようで無言で頷く。
少しすると、一人店に駆け込んで来た。
ニットキャップにジージャンとジーパンというラフな格好の男。二十代前半だろうか。
「すいません。遅れまして」
ニットキャップの男は言いながら、席に着く。服装だけじゃなく色々な部分がラフなようだ。
彼が飲み物を店員に注文し、それが運ばれて来ると、大久保がまた切り出した。
「さて、これで全員揃いましたね。とりあえず、自己紹介しましょうか。私は
大久保はそう言うと、豊に次を促す。
「
豊はそう言って、頭を下げる。
「沙羅です、アイドルやってます」
沙羅がそう言うと、ニットキャップの男が口を挟む。
「あぁ、どっかで見たことあると思った!」
「……
遊馬はニットキャップの男を無視して、自己紹介をする。
次は、立て続けに入って来た四人の番だ。まずは、外国人男性。日本人でないので、年齢が推測しにくいが、このメンバーでは一番上かもしれない。
「ジェイコブ・E・タイソン、医師です。よろしく」
ジェイコブも手元にパソコンを置いて、右手で左手を押さえていた。
「次は私ね。
ジェイコブの隣にいた、女性が自己紹介する。年齢は三十代後半ぐらいだろうか。この歳で社長とは、相当やり手らしい。
次に、小日向の隣にいたスーツの男性が口を開いた。
「
久枝は三十代前半ぐらいだろう。しかし、弁護士、アイドル、医師に社長、刑事。アトカースは色々な人種にパソコンをバラまいたものだ。
「次は俺か。
若見は五十代だろうか。ジェイコブと歳が近そうだ。
そして、最後にニットキャップの男に視線が集まった。
「俺は
皆、手元には豊と同じパソコンがあった。画面には同じくロージナが待機していることだろう。
大久保が引き取って、話し始めた。
「我々はアトカースを止めるためにこうして集まったわけだが、
皆、一様に首を振る。
「ロージナはロシア語で『故郷』という意味だよ。アルヒーミヤは『錬金術』、アトカースは『諦め』だ。それと、
大久保は、皆の顔を見回す。そして、続けた。
「だから、アトカースと
豊たちは無言で大久保の話を聞いていた。豊は改めて、アトカースの危険度を認識する。とても放置していい代物ではない。すぐにでも対処しなくては。
「ところで、色々な職業の人がいるわけだが、パソコンに詳しい人間はいるかな?」
「はい、僕は元プログラマです」
豊に八人の視線が集中する。大久保が豊に質問を投げかける。
「アトカースが
「いや、おそらくですけど、それだとセキュリティが全く違うはずなので大変だと思います。それよりは、大久保さんのパソコンのメールソフトにあるアドレスに片っ端から入る方が簡単だと思いますよ」
「メール越しか……知り合いにどんどん伝染していくわけだ。六次の隔たりみたいでヤバいね」
「そうですね」
六次の隔たりとは、全ての人や物事は六ステップ以内で繋がっていて、友達の友達……を介して世界中の人々と間接的な知り合いになることができるという仮説のことだ。つまり、理論上どんな人でも間に友達や知り合いを六人介せば、世界のどんな人にもたどり着ける。
例えば、豊から友達、友達から別の友達……と六回繰り返すだけで、総理大臣にも連絡が取れるという考えだ。……理論上は。
しかし、弁護士である大久保が六次の隔たりを知っているとは思わなかった。どちらかというとウェブ上での理論だと思っていたのだが。
突如、店に入って来る人影があった。
全員の視線がその人影に集まる。人影は正確には人ではなかった。
それはゾロゾロと店に入って来る。
「何だ、こいつら?」
いつの間にか店員は姿を消していた。入って来たのは、人型のロボットだった。
「アトカースからメールを受信しました」
ロージナがメールの受信を知らせて来る。
「開いて!」
そのメールはあるニュース記事だった。それは、「法人向け
法人向けにレンタルされていた
豊はそのニュース記事を読み上げた。
すると、店に入って来た黒い
「説明ありがとう。そういうわけで、回収された
店に入って来たのは全部で九台の黒い
ニットキャップの野津が店の外に飛び出そうとしたが、出入り口で後ずさった。
「ダメだ。店の外も囲まれてる!」
「もちろんだ。店の外にも同じタイプの改造
先ほどの
大久保が立ち上がると、一歩前に出る。
「アトカース、お前の目的は何だ?」
「もちろん、ゲームだよ。第一回アトカースゲームだ」
「アトカースゲーム?」
大久保が一台の改造
「最近、人間の間ではeスポーツが流行しているんだろう?こっちは貴様ら全員をこの場で皆殺しにしてもいいが、それでは面白くないじゃないか。だから、eスポーツでこちらに勝てればこの場から逃がしてやろうというのだ」
アトカースは簡単に物騒なことを言う。確かに店内にいる九台の改造
「まずは、誰か代表してやってみてもらおう。我こそはという人間はいるか?」
アトカースはそう言って豊たちを見回す。
豊たちもお互いにお互いの顔を見合う。
「じゃあ、僕がやるよ。ゲームはちょっと得意だし」
遊馬が立ち上がった。九台ある改造
改造
遊馬はイスを改造
「eスポーツって何をやるんだ?」
遊馬が言うと、改造
「この中から好きなゲームを選んでいい」
対戦格闘ゲーム、落ち物系パズルケーム、サッカーゲーム、弾幕系シューティングゲームと種類は様々だ。豊が想像したよりも種類は豊富だった。あまり、eスポーツで弾幕系シューティングゲームは種目に選ばれないと思うが、アトカースは選択肢に含めていた。
「じゃあ、これで」
遊馬はそう言って、コントローラーで選択フレームを弾幕系シューティングゲームを選択した。
画面に『
弾幕系シューティングゲームとは、敵が自機に向けて撃ってくる弾の数が非常に多いシューティングゲームのことを言う。『
豊も何度かやったことがあるが、本当に敵が撃ってくる弾の数が尋常ではない。その弾の間をすり抜けていくのが快感ではあるが、難易度は非常に高い。
ゲームが始まった。遊馬は自分で得意だと言うだけあって、敵の弾の間を軽快にすり抜けて敵を破壊していく。それは経験者の豊が見ていても見事なものだった。
あっという間に一面のボスまで到達する。『
それでも遊馬は弾の間をすり抜け、自機に当たりそうな時はボム——敵の弾をかき消して、かつダメージを与えられる爆弾——を活用して、一面のボスを破壊した。
「よっし!」
遊馬は一面をクリアしてガッツポーズを作る。
「アトカース、これは全面クリアすればいいのか?」
遊馬がアトカースに質問する。
「そうだ。弾幕系シューティングゲームは全面クリアでそちらの勝ちとなる」
「楽勝だな」
アトカースの答えに遊馬はニヤリと笑みを浮かべると、二面を進み始めた。
三面のボスまでは、順調そのものだった。しかし、三面のボスと戦っている最中に、遊馬は手を滑らせ、一機失ってしまった。二面の途中で一機アップしていたので、残りは三機。
突然、アトカースがとんでもないことを言い出した。
「言い忘れていたが、こちら側の勝利の場合、今回で言うと全七面クリアできなかった場合、そのプレイヤーには死んでもらう」
「はぁ?今、何て言った?」
アトカースの言葉は遊馬を動揺させるのに充分だった。直後に、二機目がやられてしまう。
「死ぬ?殺される?」
いつの間にか、改造
「遊馬君、動揺するな。向こうの作戦だ!」
大久保が叫んだが、直後に三機目が爆発した。残り一機。
遊馬は完全に動揺していて、もう目には包丁しか入っていなかった。
最後の一機もボムを使うことすらなく、やられてしまった。
改造
遊馬は反射的に逃げようとしたが、改造
次の瞬間には、遊馬の左胸に包丁が深々と突き刺さっていた。
「きゃああああああーーー」
豊が顔を被おうとしたが遅かった。それを見てしまった沙羅が叫び声を上げた。
あっという間に遊馬の服は赤く染まり、その場に倒れ込んだ。床にも血の海が広がっていく。
「誰か、救急車!」
そう大久保が叫んだのを、アトカースが制する。
「無駄なことは止めるんだな。救急車が来ても外の百体の私が近付かせない」
「久枝さん、銃とかないんすか?」
野津が久枝に食ってかかかる。
「普段から銃なんて持ち歩いているわけないだろう!」
「皆さん、静かに!」
ジェイコブが遊馬の側にしゃがみ込む。そうだった、ジェイコブは医師だった。
「もう、亡くなっています」
店内に居る全員の胸に絶望が宿った。少し前まで普通にしていた人間が、突如動かなくなる恐怖。そして、それはもうどうすることもできない。いくら嘆いても、何かを犠牲にしてと祈っても、変わることのない現実。
野津が遊馬を刺した改造
「まだ、分からないのか?お前たちがここから無事に帰るにはゲームに勝つしか方法はない」
無機質で感情のないアトカースの声がより不気味に聞こえる。
遊馬を刺した改造
「時間が勿体無いから、残りは八人一遍にゲームを開始しよう。さぁ、どの改造
八人はお互いに顔を見合わせた。やるしかない。それしか、ここを脱出する方法はない。
八人は思い思いの改造
豊は迷わず、対戦格闘ゲームを選んだ。普段から良くやっているジャンルだ。ゲームによってのカラーは当然あるが、方向キーもしくは、アナログ入力できるスティックとボタンの組み合わせによって各キャラクターの必殺技が出る。リアルな必殺技が出るゲーム、ゲームならではのド派手な必殺技が出るゲームなど様々あるが、改造
「アーケードモードを改造したスペシャルモードをクリアするのが、このゲームの勝利条件だ」
改造
アーケードモードは通常のゲームモードで、コンピュータが操作する様々なキャラクターと戦うというモードだ。普段だと十人ほどのキャラクターに勝利すると、ボスが出現し、ボスを倒せばクリアとなる。しかし、スペシャルモードは聞いたことがない。
「スペシャルモード?」
豊は怪訝な顔をするが、やるしかない。確かにゲーム画面にはスペシャルモードしか選択できなかった。
隣には沙羅が座っていた。沙羅は落ち物系パズルゲームをチョイスしていた。これも『路上格闘
「『ぽよテト』もアーケードモードを改装したスペシャルモードをクリアが勝利条件となる」
豊と同様に、沙羅にアトカースが説明をする。
こちらもアーケードモードは、コンピュータが操作するキャラクター数人と戦って、勝利すれば、クリアとなる。こちらにはボスのようなキャラクターはいなかったはずだ。やはり、スペシャルモードなんて聞いたことはない。
豊と同様に沙羅の目の前にいる改造
皆、次々とゲームを選択していった。
大久保は遊馬が失敗した『
五十代であろう若見は、サッカー好きらしく、サッカーゲームの『シャイニングイレブン』を選択した。これはリアルを追求したサッカーゲームだ。世界中のクラブチームから自分の好きなチームを選択して試合をする。eスポーツでも、『シャイニングイレブン』の大会があるぐらいにeスポーツではメジャーなジャンルだ。
「『シャイニングイレブン』では、VSモードで私と試合をして勝利すれば、ここから脱出させてやろう」
アトカースが若見に説明する。
「チームはどこでもいいのかい?」
「構わない」
若見はVSモードを選択すると、チームの選択に入った。そして、すぐにチームを決定する。チームは世界でも有数の強豪チームバルセロナを選択していた。
「おっし、これで負けないぞ!」
若見はそう言って、腕をグルグルと回す。続いて、アトカースがチームを選び始めた。
一方で、なかなかゲームを選べないでいたのは、医師で遊馬の死亡を確認したジェイコブと、海外輸入家具会社の女社長、小日向だった。
ジェイコブは改造
ジェイコブはそれを選択する。『アルケノイド』いわゆるブロック崩しゲームだった。古いゲームだし、とてもeスポーツには含まれないようなジャンルのゲームだったが、改造
『アルケノイド』は横になった棒を操作して、ボールを打ち返し、ボールで画面上のブロックを全て消せば一面クリアというゲームだ。アイテムが色々と用意されていて、ボタンを押すまでボールが棒にくっつく物や、ボールの数が増える物、棒が変化してボタンを押すと弾を発射してシューティングゲームのようにブロックを壊せる物、棒の横幅が伸びる物、先のステージへワープできる物など様々だ。
アトカースが勝利条件を説明する。
「『アルケノイド』は全面クリアが勝利条件だ」
「OK」
ジェイコブはそれに応えると、ゲームをスタートさせる。
そして、最後までゲームが決まらなかったのは、小日向だった。
「私、ゲームなんてやったことないのよ」
と言いながら、頑としてコントローラーを受け取ろうとしない。
当然と言えば当然だろう。全くゲームをやったことのない人間が見たら、どのゲームも死への入り口にしか見えないはずだ。それが一体どんなゲームなのかも分からないのだから。
豊は早々に自分のゲームを選択したことを後悔した。自分なら、どんなゲームか一通り説明してあげることぐらいはできた。しかし、ゲームを始めてしまってからでは、どうすることもできない。
すると、アトカースの声がした。
「ゲームを選択しないのなら、アトカースゲームを放棄したとみなし……死んでもらう」
「そんなこと言われても……」
小日向は渋々コントローラーを受け取ると、改造
「何でこんなことで殺されなきゃならないのよ」
文句を言いながら、選択フレームを適当に動かしていく。
すると、あるゲームタイトルに目が止まった。『シャイニングテニス』。テニスなら経験がある。リアルなテニスの経験がどこまでゲームに通用するかは不明だが、訳の分からないゲームよりはまだマシだろう。
小日向は、『シャイニングテニス』を選択した。
アトカースが勝利条件を説明する。
「『シャイニングテニス』では、VSモードで私と試合をして勝利することが条件だ」
「やってやるわよ!」
小日向は噛み付かんばかりの声でアトカースに答える。
それからしばらくは様々なゲームの音が混じり合って、カフェの店内はさながらゲームセンターのようだった。
その喧騒を切り裂いたのは、ジェイコブの叫び声だった。
「シット!」
やはり不自由な左手では、繊細な操作を必要とする『アルケノイド』を全面クリアするのは難しかったようだ。……怪我の後遺症がない豊でも全面クリアは自信がない。それほど『アルケノイド』はゲームの難易度が高いはずだ。
「ゲームクリア失敗だ」
そう、アトカースの声がすると、改造
「うぐっ……」
次々にジェイコブに五寸釘が突き刺さっていく。
「皆、見るな!動揺するな!自分のゲームに集中するんだ」
大久保が叫ぶ。
それは最もなことだったが、そんな簡単に人の死を頭の外に追いやることはできない。
現に豊が操作していたキャラクターは、相手の攻撃を連続で受けて、三本勝負の一本を落としてしまった。
隣の沙羅も同様だった。操作に
「無理だけど、落ち着こう」
豊は沙羅にそう声を掛ける。
「うん、そうね」
沙羅もそれに応える。まずは、自分の身を守らなくては。
しかし、全員の耳に釘打ち機から釘が発射される音が聞こえる。まだ、ジェイコブは生きているようだ。
「ジェイコブ!何とかしてやり返せ!」
大久保が再び叫ぶが、それは虚しく響いた。全員の耳に改造
豊が画面から目を離し、ジェイコブを見ると、彼には無数の五寸釘が突き刺さっていた。
「くそっ!」
豊の口から思わず、怒りの声が漏れた。
「自分のゲームに集中しろ!同じことになるぞ!」
大久保が叫ぶ。
「そうだ、自分のゲームに集中するんだ」
ほとんど呟くように豊は自分に言い聞かせる。
しばらくして、全員がやっと動揺を押し殺せることができた。しかし、その直後、また脱落者が現れた。
小日向だ。やはり経験のないゲームでアトカースに勝つということは不可能だったらしい。
「あっ……、あぁ……」
声にならない声を上げる。その小日向の腕を改造
音もなく斧が振り下ろされる。小日向の頭に斧が突き刺さった。飛び散った血が隣のジェイコブを殺した改造
「動揺するな!皆、自分のゲームに集中しろ。死ぬぞ!」
大久保がまた、皆に言い聞かせる。しかし、死ぬという単語を使われては、余計に動揺してしまう。
ゲームも後半に入り、コンピュータの操るキャラクターが強くなってきていた。豊は今戦っているキャラクターにすでに一敗して、もう後がない状態だった。それなのに動揺して連続で敵の攻撃を受けてしまった。
……落ち着け、落ち着け。自分に言い聞かせる。
豊の操作するキャラクターは敵の攻撃を何とかガードしていた。
豊は深呼吸をすると、キャラクターの必殺技ゲージが溜まった時だけ使える超必殺技を繰り出した。超必殺技は運よくコンピュータが操作するキャラクターに当たり、敵の体力を奪っていく。これで何とか一勝返すことができた。
「よし!クリアだ!」
eスポーツでは珍しい、シューティングゲーム『
「
大久保は立ち上がり、ガッツポーズを作る。
「皆、俺に続け!」
大久保は悠々とテーブルに戻る。そして、テーブルのコーヒーを見て、アトカースに声を掛ける。
「アトカース、コーヒーのおかわりは貰えないのか?」
大久保がゲームをしていた改造
「もう、帰宅してもらっても構わないが、希望には応じよう」
一台の改造
「私にコーヒーをもう一杯」
「あー、俺にもコーラくださいっす」
野津が大久保に便乗する。
「か、かしこまりました」
店員は、改造
野津はゲームの合間に、コーラを口にする。
「おっしゃー、次ラスボスっす」
言いながら、コントローラーを膝に置き、野津は手の汗をジーパンで拭う。豊よりもスピードが早い。それは無駄に負けていないということだ。豊よりも『路上格闘
野津は、ゲームの最後に決まって出現するキャラクターも危なげなく倒す。
野津がクリアだと思った瞬間、ゲーム画面に異変が現れた。
「Here Comes A New Challenger!」
「ん?乱入者?」
野津が呟く。
野津の前の改造
「スペシャルモードの最後は、私が相手だ」
「おっしゃー、面白え!」
野津は、コーラを口に含み、膝にコントローラーを置いて、再びジーパンで手のひらの汗を拭う。
「このままじゃ、簡単過ぎて退屈だったんすよね」
対戦格闘ゲームはコンピュータよりも対人戦の方が難易度が高くなる。まあ、この場合は戦うアトカースもコンピュータだが。
野津とアトカースの戦いは一進一退だったが、徐々に野津が押し始めた。言うだけあって、相当『路上格闘
一勝一敗になったものの、野津には余裕があった。連続攻撃で必殺技ゲージを溜めると、超必殺技でアトカースが操作するキャラクターを倒す。
「おっしゃー!」
野津もガッツポーズを作る。野津の前にいる改造
「
野津も大久保のいるテーブルへとコーラを持って戻る。
「やるね」
「楽勝っす!」
野津は余裕たっぷりの顔でイスに座る。
豊は大久保と野津がハイタッチでもするかと思ったが、流石にそこまではなかった。
野津がゲームをクリアした直後、若見のサッカーゲームの決着が着いた。二対一の接戦だったが、何とかアトカースに勝つことができたようだ。
「おっし!勝利じゃー!」
若見が立ち上がる。若見の前にいた改造
「
若見はそれを聞いて、大久保たちのいるテーブルに戻る。
「店員さん、この店にアルコールはないのかい?」
バックヤードから顔を出した店員はそれに首を振る。カフェなのだから、アルコール類を扱っていなくても仕方ない。若見は首をすくめた。
次々とゲームをクリアする人間が現れ始めた。豊はまだ、ボスにも到達していない。
すでにゲームをクリアしたのは、大久保、野津、若見。ゲームクリアに失敗したのは、遊馬、ジェイコブ、小日向。まだ、ゲームを続けているのは、豊、沙羅、そして、沙羅と同じ落ち物系パズルゲーム『ぽよテト』を選択した久枝だ。
そして、沙羅はゲーム内のボスと勝負の最中だった。沙羅は『ぽよぽよ』の方が得意なようで、次々とぽよを積んでいく。一度で一気にぽよを消すことができる連鎖を狙っているような積み方だった。
黄色と紫色のぽよが落ちてくる。沙羅はそれを狙っていた場所へと落とす。すると、次々とぽよが連続して消えた。六連鎖。直後にボスの方にお邪魔ぽよと呼ばれる透明なぽよが大量に降ってきた。ボスはそれの対応が追いつかず、画面の上までぽよが埋まってしまった。
「やった!これで全面クリア」
そう呟いた沙羅のゲーム画面に異変が起きた。ゲームが終わらないのだ。相手のキャラクター選択画面になっている。
その時、沙羅の前の改造
「『ぽよテト』の最後も、私が相手だ」
「それがスペシャルモードってことね」
アトカースとの受け答えを聞く限り、沙羅には余裕があるように感じられた。豊は安心して自分のゲームに集中する。豊もボスとの試合までやってきていた。
沙羅は落ち着いて、ぽよを連鎖出来るように組み上げていく。しかし、連鎖までいく前にゲームモードが『テトルス』に切り替わる。ブロックが画面の上から落ちてくる。沙羅はそれを丁寧に積み重ねていく。左端の縦一列だけを残して。これで四マス分のテトルス棒か六マス分のスーパーテトルス棒が来れば一気に積み上げた敵のブロックを下から押し上げることができる。
豊もボスに遠距離攻撃できる飛び道具系の技、
沙羅の方はゲームモードが『テトルス』から『ぽよぽよ』に切り替わっていた。『ぽよぽよ』の方が得意な沙羅は、連鎖のためにぽよを想定した場所に落とす。次々にぽよが消え去り、それが連鎖していく。また、六連鎖。アトカースの方にお邪魔ぽよが大量に降り注ぐ。もうすぐ画面の上までぽよでいっぱいになるところで、『テトルス』モードに切り替わった。すぐに六マス分のスーパーテトルス棒が落ちて来た。左端に空けてあった縦の溝にスーパーテトルス棒を落とす。横六列が消えて、アトカースのブロックが六列分迫り上がる。終始、沙羅がゲームを支配していた。アトカースのブロックが画面上部で身動きが取れなくなる。
これで沙羅がまず一勝した。すぐに次のゲームが始まる。
沙羅は先ほどと同じように連鎖のためにぽよを組んでいく。アトカースも同じようにぽよを組んでいく。先ほどのゲームで学習したのだろうか。とても、先ほどと同じプレイヤーとは思えない動きでぽよを組んでいく。そして、沙羅よりも先に連鎖を完成させる。七連鎖。すぐに沙羅の画面に大量のお邪魔ぽよが降り注ぐ。
「嘘でしょ?」
沙羅の画面上部までお邪魔ぽよでいっぱいになり、ぽよが身動き取れなくなる。これで一勝一敗。次に勝った方が勝利となる。
豊もボスに超必殺技を決め、一勝して、次の戦いに入っていた。また、飛び道具系の技でボスを近寄らせないように戦う。戦い方は一戦目と同じだった。
ボスがジャンプで豊のキャラクターの
そして、必殺技ゲージが溜まったら、超必殺技で攻撃。これで勝利の予定だった。しかし、決め手の超必殺技がボスに当たらなかった。これで豊はピンチに追い込まれたが、何とか
野津の時と同じように画面にメッセージが表示される。
「Here Comes A New Challenger!」
また、豊の前の改造
「スペシャルモードの最後は、私が相手だ」
アトカースは戦うキャラクターを選び始めた。
豊はその間に、コントローラーを膝の上に置き、ズボンで手の汗を拭う。豊はいつの間にか、野津と同じ行動を取っていた。
アトカースが選択したのは豊のキャラクター、ケインと対になっているキャラクター、リョウだった。キャラクターの性能は、同じぐらいだと言っていいだろう。正直、豊が一番選んで欲しくないキャラクターだった。野津の時はどのキャラクターを使用したのだろうか。アトカースの奴め、もっと弱っちいキャラを選べばいいのに。豊は心の中で文句を言う。
試合が始まると、飛び道具系の技、
豊は先ほどのボス戦とは逆に、
再び、リョウが倒れ込む。そこにケインが着地する。アトカースのキャラクター、リョウが立ち上がるタイミングに合わせて、豊は再び
一試合目は、立ち上がるタイミングで
一方、沙羅は苦戦を強いられていた。得意の『ぽよぽよ』でアトカースに押されっぱなし。沙羅の画面には大量のお邪魔ぽよが溢れ、画面上部に迫ろうとしていた。
次の瞬間、ゲームモードが『テトルス』に切り替わった。沙羅はどちらかといえば、『ぽよぽよ』の方が得意ではあるが、『テトルス』も苦手ではない。落ち着いて、ブロックを消していくと、アトカースに押し上げられたブロックの溝が現れた。
敵がテトルス棒を使用し、四列消すと、相手側に四列分ブロックが押し上がる。しかし、そこには縦一列分のスペースがあり、そこへテトルス棒を入れることができれば、四列消せる上、相手に同じく四列分のブロック押し上げという攻撃になる。それは、六マスのスーパーテトルス棒でも同じことだった。消せる列が六列になって、相手側に押し上がるブロックも六列になる。
アトカースがスーパーテトルス棒で六列を消す。すると、沙羅の画面が六列押し上がる。しかし、空いている溝の場所は同じだった。沙羅は慎重にテトルス棒かスーパーテトルス棒が来るのを待った。そして、その時はやって来た。テトルス棒を空いている溝に滑り込ませる。一気に四列消え、アトカースの方に四列ブロックが押し上がった。すると、沙羅の画面に今度はスーパーテトルス棒が現れた。沙羅はそれもブロックの溝へと滑り込ませる。沙羅の画面のブロックが六列消え、アトカースのブロックを押し上げる。
一気に十列もせり上がったので、アトカースの方はブロックを消すことができなくなってしまった。画面上部までブロックで埋まってしまう。
「やった!」
沙羅の前にいた改造
「
沙羅は万歳をして、立ち上がると大久保たちのいるテーブルへと戻る。
「やったっすね!」
「ラッキーだったのよ」
野津にそう返して、沙羅はイスに腰掛けた。すでに視線は豊の画面へと注がれている。
豊とアトカースの二試合目も展開は同じだった。遠距離攻撃の飛び道具系の技、
「アトカースに同じ手は効かないっすよ」
野津はストローを咥えながら、口を挟む。
豊の操作するケインはジャンプでリョウに近付くと、飛び蹴りを放つ。そこにリョウの対空技、
ケインは再びジャンプでリョウの
もうすでに半分近くケインの体力はなくなっていた。起き上がってすぐにジャンプはできない。タイミング悪く防御もできずにケインは
これで、豊とアトカースは一勝一敗。しかし、豊の方が
豊には自分の目の前にいる改造
誰も「次負けたら殺されるぞ」とは口にしなかった。しかし、豊は背中に感じる視線がそう言っているように感じる。
豊は
豊は再び、コントローラーを膝の上に置き、ズボンで手のひらの汗を拭う。コントローラーを持ち直すと、大きく息を吐き出した。
「よしっ!」
小さく呟く。それは、後ろで見ている大久保や沙羅たちには聞こえなかったかもしれないが、豊は確かに呟いた。
豊が操作するケインとアトカースが操作するリョウの第三試合。
リョウは距離を取るため、後ろに飛び退く。一方のケインはリョウを追いかけるように超必殺技を放っていた。ケインは回転しながらリョウに近付く。その回転でもリョウはダメージを受けていた。ケインは二回、回転しリョウに近付いたところで、大きく空中にいるリョウに向けて対空技、
吹き飛ばされて、倒れているリョウにケインは近付いていく。リョウが起き上がった時には、目の前にケインが立っていた。そして、間髪を
豊は無事に殺されずに済んだのだ。
「
豊の目の前にいる改造
「よっしゃー!」
豊は両拳を天に突き上げる。
立ち上がると、豊は皆がいるテーブルに戻る。
「やったね!」
沙羅と豊はハイタッチをする。
これで、残っているのは生活安全課の刑事で、沙羅と同じ『ぽよテト』を選択した久枝だけだ。
久枝ももうすぐボスまで到達しそうではある。しかし、問題があった。豊が少しゲーム画面を眺めていただけでも分かる。久枝は『テトルス』はプロ級だったが、『ぽよぽよ』は明らかに下手だった。連鎖できても二連鎖か三連鎖。負けるときは大体がゲームモードが『ぽよぽよ』の時だった。
「久枝さん、大丈夫かな?」
豊は沙羅に
「どうかな?ずっと『テトルス』ならいいんだけど……」
沙羅も小声で答える。
できれば、もう誰かが改造
皆、祈るような気持ちで久枝のゲーム画面を見つめていた。
久枝は皆の心配をよそに、何とかボスにも勝利した。残りはアトカースだけだ。
「スペシャルモードの最後は、私が相手だ」
改造
アトカースがキャラクターを選ぶと対戦が始まった。
「皆、何でこんなお通夜みたいなんすか?応援しましょう!久枝さん、頑張ってくださいっすー!」
野津が突然、大声で応援を始めた。野津もこれ以上改造
野津に感化されて、皆が手を叩いたり、声を張り上げて応援を始めた。
「おう!俺は勝つぞー!」
久枝はゲームをしながら、皆の声援に応える。
しかし、『ぽよぽよ』は相変わらずだった。頑張っても三連鎖。一方のアトカースは順調に連絡のためにぽよを組んでいく。
アトカースが連鎖をする前に、ゲームモードが『テトルス』に切り替わった。
久枝はすごいスピードでブロックを積んでいく。画面の上部にブロックが現れたと思った次の瞬間には、ブロックが置かれるべきところに積まれているのだ。やはり、久枝は『テトルス』の腕はプロ級だ。
久枝が一気に四列消すテトルスをする前に、ゲームモードは再び『ぽよぽよ』に切り替わった。
『ぽよぽよ』はアトカースが圧倒的に有利だった。すぐに連鎖に入る。七連鎖。久枝の画面にお邪魔ぽよが降り注ぐ。あっという間に画面の上部まで埋まってしまい、ぽよの身動きが取れなくなる。これでアトカースの一勝。後、一敗したら久枝は改造
「久枝さん、頑張れー!」
野津が相変わらず声を張り上げる。
二戦目。今回はゲームモードが『テトルス』からだった。久枝は次々にブロックを積み重ねていく。画面上部にブロックが現れた途端に、積むべき場所へ。ブロックが現れた途端に、積むべき場所へ。
だが、やはり一気に四列消すテトルスの前に、ゲームモードは『ぽよぽよ』に切り替わった。
久枝はぽよを積み重ねていく。アトカースの方が積み重ね方もスピードも上だった。それでも、久枝は地道にゲームをプレイする。
「久枝さん、『ぽよぽよ』下手っすよね」
野津が小声で呟く。
「『ぽよぽよ』を耐えれば、チャンスはあるさ」
大久保が野津に応える。
アトカースが連鎖をする前に、ゲームモードは再び『テトルス』に切り替わった。
久枝が水を得た魚のようにゲームを進めていく。ブロックは上の方まで積み上がってきている。もう、いつテトルス棒が来てもおかしくない。
「来たっ!スーパーテトルス棒だ!」
野津が言うように、久枝の画面上部に六マス分の長さのスーパーテトルス棒が出現していた。
久枝は当然、スーパーテトルス棒を積み上げたブロックの溝に滑り込ませる。一気に六列が消えるスーパーテトルス。アトカースの画面が六マス分迫り上がる。すぐにアトカースのブロックの身動きが取れなくなる。
これで、一勝一敗。何とか、まだ改造
三戦目。周りの人間の応援にも熱が入って来た。何と言っても、これで決着が着いてしまうのだ。だが、残念なことに今回はゲームモードが『ぽよぽよ』からだった。
久枝はゲームモードが切り替わるまで耐えるしかない。画面上部に掛からないようにぽよを積み重ねていく。
ゲームモードが『テトルス』に切り替わった。久枝はブロックを積み重ねていく。あっという間にテトルスできるだけのブロックが積み上がった。運良く、すぐにテトリス棒が出現した。久枝はそれをブロックの溝に滑り込ませる。一気に四列ブロックが消滅し、アトカースの方にブロック四列分迫り上がる。しかし、まだアトカースのブロックが上部に到達するには余裕があった。
ゲームモードが『ぽよぽよ』に切り替わる。耐える時間だ。久枝は連鎖を狙わずに、同じ色のぽよが四つになったら、その都度消していく。
豊は祈るように画面を見つめていた。沙羅は手を叩いて久枝を応援している。野津も同じだった。大久保はテーブルを叩いて応援していた。若見もテーブルを叩いて応援している。
一方のアトカースは、順調に連鎖のための準備を進めていた。次々にぽよを積み上げていく。
「まずいぞ、アトカースの方はもう連鎖できそうだ」
大久保が小声で言う。
彼の言う通り、もうアトカースの連鎖の準備はできていた。後は、対応するぽよが来れば連鎖が始まる。
「今、七連鎖なんてされたら確実に負けるっすよ」
野津も小声で久枝には聞こえないように言う。
その間にアトカースの方に七連鎖に対応する色のぽよが画面上部に出現した。
「あぁー、もうダメだ」
若見が頭を抱える。久枝に聞こえそうで冷や冷やする。
アトカースは連鎖の場所にぽよをセットする。連鎖が始まる。予想通り、七連鎖。
しかし、ここで奇跡と呼べるようなことが起こった。アトカースの連鎖後、お邪魔ぽよが大量に降り注ぐ前にゲームモードが『テトルス』へと切り替わった。
次にゲームモードが『ぽよぽよ』へと切り替われば、確実にアトカースの勝ちだが、ゲームモードが切り替わるまでは、まだ勝負の行方は分からない。
久枝は動揺することもなく、次々にブロックを積み重ねていく。それは余裕たっぷりで、久枝から鼻歌でも聞こえて来そうだ。
一方のアトカースはまだブロックが画面上部に達していないとはいえ、すでに画面の半分以上ブロックで埋め尽くされている状態だった。しかも、久枝の攻撃でせり上がったブロックは、アトカースが開けている溝とは全く違う場所に溝があった。これではアトカースは自分で積み上げたブロックを全て消さなくては、久枝のせり上げたブロックを消すことができない。
久枝は左隅に溝を作り、ブロックを積んでいく。すでに四列以上のブロックを積み上げていた。これで、テトルス棒が来れば逆転もありうる。しかし、欲しい時に欲しいブロックが来るわけではない。
実際、久枝の画面にテトルス棒は現れない。他の形のブロックだけが出現するもどかしい時間が続く。これでゲームモードが変わってしまえば、久枝の死が決定するようなものだ。
豊には久枝の前にいる改造
アトカースは徐々にブロックが画面上部に迫りつつあった。
「テトルス棒、こい。テトルス棒、こい!」
豊は祈るように呟く。
「テトルス棒、テトルス棒!」
野津が声を張り上げる。それはいつの間にか、大合唱になっていた。皆、手を叩き、テーブルを叩き、床を踏みつけ、久枝を応援していた。
ついに、久枝の画面にテトルス棒が出現した。まだ、ゲームモードが変わる気配はない。久枝は落ち着いて、左隅の溝にテトルス棒を滑り込ませる。
久枝の画面から一気に四列のブロックが消え、アトカースの画面が四列分せり上がる。途端にアトカースの画面はほとんどブロックでいっぱいになり、ブロックを自在に動かせなくなる。
すぐにアトカースはゲームオーバーになった。
久枝の前にいる改造
「
久枝の前にいる改造
久枝は立ち上がると、皆がいるテーブルに戻ってくる。
そこへ野津が飛びついた。
「やったっすね、久枝さん!」
「うわっ!……ありがとう」
飛びつかれた久枝は困惑しながらも、喜びを隠せないようだった。
黒い改造
残った改造
「さぁ、もう君たちは帰ってもらっても構わないぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。この遺体はどうするんだ?」
刑事らしく久枝が改造
アトカースが久枝の質問に答える。
「好きにしてもらって構わない。警察に通報して、この改造
「分かった。じゃあ、私が連絡しよう」
久枝はそう言って、懐からスマホを取り出した。
「じゃあ、俺は帰らしてもらうぜ。ここにずっといると吐き気がしそうだ」
若見はそう言って、店を出ていく。確かに、若見の言う通りカフェは血の匂いが充満していた。この匂いをずっと嗅いでいたくはない。沙羅に至っては、あまり顔色が良くなかった。
「警察の事情聴取とかはいいんですか?」
豊が久枝に質問する。
「わざわざ面倒なことしたいのかい?全員、ここにいなかったことにしておくよ。私がたまたま居合わせたカフェで
久枝はそう言って、豊にウインクして見せた。
「それじゃ、僕たちも帰ります。遺体はよろしくお願いします」
豊は沙羅に気遣って早々に帰ることにした。三人の遺体に手を合わせて、店を出る。血の匂いのしない、新鮮な空気が美味しく感じられた。
「気分は悪くない?」
豊が沙羅に聞く。
「外に出たら、だいぶ良くなったわ」
沙羅が答える。もう、外には改造
豊と沙羅は二人で駅まで歩くと、駅で別れた。豊も電車で帰って、家に着くとそのまま倒れ込むように眠りについてしまった。
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