第26話 人工甘味料

 父は酒飲みの癖に甘いものが好きだ。紅茶や珈琲に蜂蜜を多めに入れながら、

「蜂蜜は体によい」

 と我々に説く。


 朝ごはんのパンにも蜂蜜をたっぷり塗って食べているのをしばしば目撃した。


 ある日、砂糖にかわる人工甘味料が発売されたと聞いた父はさっそく買ってきた。甘味料の名前は思い出せない。大きなボトルに入ったものだった。


「かってに使ったらいかんよ」

 父は人工甘味料を蜂蜜や砂糖と同じ食器棚の一角に入れ扉を締めた。


 安全性は確かめられているというが、子どもには慎重に与えるべきたと父は主張した。私と弟は、ちょっとだけ舐めさせてもらったもらったが、知っている甘さじゃない。


 子どもは食べ物に関しては保守的だ。そんなものより、母が買ってくれない駄菓子を食べたかった。


 父はそれから自ら実験台となって珈琲には必ず人工甘味料を入れた。全然、味は問題ないと言う。


 しばらくたったある朝。

 父がいつものように目玉焼きにソースをたっぷりかけ、パンにはマーガリンを塗り、珈琲には人工甘味料を入れた。すると母が

「その甘味料大丈夫なの・・・」

 と父に尋ねた。

「どうかしたのか。安全は確認されているんだ」

「そんなことはない」

 母は怒ったような口ぶりで話しを始めた。兄がお腹を壊したというのだ。


 いつの間にそんな事件があったのだろうか。兄が戸棚を開けて人工甘味料を取り出しているところを私は見かけなかった。内心びっくりしていたが、私は黙ってその場にいた。


 母は父にその甘味料でお腹がゆるくなることを強調した。


 思い返しても兄が飲み物に人工甘味料を入れたりするわけがない。紅茶を自分で淹れることはしないし、まして珈琲なぞありえない。だけれども、証拠があるわけじゃなく、兄が自分でその甘味料を飲み物に入れたのか、それとも母が砂糖の代わりとしたのか、定かではない。謎は謎のままだ。


 その時、父は多くを反論しなかった。画して、我が家から人工甘味料のボトルが消えてしまうことになった。


 今では人工甘味料は身近にある。ローカロリーとうたった飲み物には、多量に摂取するとお腹がゆるくなる、と注意書きが記載されている。


 家族全員でお腹おなかがゆるくならなかったら大惨事だっただろう。

 こうして、一大事件は辛うじて食い止められた。

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