第25話 珈琲の香り

 珈琲はカフェインが入っているから、子どもは飲ませてもらえなかった。


 両親が買ってきた焙煎した珈琲豆をミルで挽き、ペーパーフィルタに入れ、湯を注ぎドリップする。私達はミルで豆を挽く役目を交代で承る。弟のほうが喜んで珈琲を挽いていた。私はミルの構造がわかった時点で興味がなくなって、つまらない作業に次第に思っていた。


 コーヒーミルは、水平に取っ手を回すタイプ。曳いた粉は株の引き出しに入る。豆が砕ける手応えを感じながら取っ手を回すとゴリゴリと音とともに珈琲の香りが立ち上がる。珈琲豆は次第にミルに吸い込まれていき、粉砕が徐々に進む。豆を2回ほど追加したら、十分な量になって終了する。ミルの下に引き出しがついていて、細かくなった豆がたまっている。少しだけ開けて、黒い粉の量を確認していっぱいになったら両親の元に持っていくのだ。


 両親は子どもに挽いてもらった豆で入れる珈琲はおいしいよ、と大げさに喜んでいた。


 でも、やはり、子どもは飲ませてもらえない。


 そんなある日、お客さんが来た。

 母がお茶持って来られるかと言うので、私はインスタント珈琲を淹れてみた。

 カップに粉を入れて電気ポットの湯を注ぐだけ。簡単なお仕事だ。


「こんくらいかな」

 スプーンにたっぷり二杯ずつカップに入れる。少ないと味が薄いよね。それはサービス悪いってものだ。不安になって、さらにもう一杯追加した。


 電気ポットの湯を注いでティースプーンで丁寧に混ぜる。お盆にのせて、そっと運ぶ。


 母とその友人は小さい私がお茶を運んできたので喜んだ。

「珈琲淹れて持ってくるなんてねぇ」

 母は言いながら、お茶を受け取る。


 一口飲んで、母は言った。

「これ、粉何杯入れたの」

「三杯くらい・・・」

「入れすぎ・・・ごめんなさいね」

 と、友人の方を向きなおりながら言った。


「ティースプーン、一杯でよいのよ」


 私は、その時初めてインスタント珈琲の淹れ方を知った。


 両親から珈琲を飲んで良いと言われたのは小学五年生くらいなったころだろうか。牛乳半分以上のカフェオレ。さらに砂糖かはちみつを入れて甘くしたものだ。そのころは、珈琲ミルに飽きた両親は珈琲メーカーを使っていた。甘いグリコのカフェオレじゃなく、珈琲豆から淹れる珈琲はミルクと砂糖たっぷりだったとしても特別な味がした。


 砂糖を入れなくなったのは社会人になってからだ。今でも大抵はミルクを入れるが、ブラックも美味しいと思うようにもなった。


 ブルーマウンテンが良いだの、モカが良いだの、と両親は語っていた。それ自体がコーヒーブレイクだったのだと、今だとわかる。


 最近は、いつものお店のスペシャルブレンドが美味しい。


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