第24話 石油ストーブ

 冬の暖房と言えば、水を入れたやかんをおいた石油ストーブだ。室内の加湿を兼ねて湯をストーブで沸かしている風景だ。


 私の通っていた小学校の職員室でも丸い石油ストーブを置いていた。いつもは、湯を沸かしていた。だが、その日に限って、先生たちはおでんを作っていた。もしかすると、誰かが作ってきてお昼ごはんのために温めていたのかもしれない。


 昼休み、職員室に行った同級生が走って木造の教室に駆け込んできた。

「先生、おでん食べとったよ」

「えーーーっ」

「ずるーい」

 教室内がざわつく。誰が言い出したのか、自分だけ美味しいものを食べている先生を教室へ入れないことにした。鍵を締めて静かに先生が来るのを待った。


 始業のチャイムがなり、先生がやって来て教室のドアを開こうとするが、開かない。教室と廊下は、擦りガラスの窓で教室の中は廊下からは見えない。だが、さらに上は透明ガラスが嵌っていた。先生はジャンプして教室の中を見ようする。その姿を見て同級生は皆笑っていた。


「おでん食べさせたら、入れるよ」

 誰かが大きな声を出す。結局、教室へ入れることになったが、先生はかなり困った様子だった。


 おでんが引き金となったボイコット運動。今であれば、それから学級崩壊が始まるシーンに繋がるところだ。


 そこは、一発、先生の「ごめん」で収束した。

 教室の児童は騒ぐだけ騒いですっきりしていた。ストーブの上のおでんが羨ましく感じる年頃だった。


 たしかに、石油ストーブで食べ物を温めるのは特別感があった。


 お正月の餅つき大会では、丸い石油ストーブの上にアルミホイルを乗せ、もちを並べて焼いた。丸いもちが膨らんだら、砂糖醤油に漬けて食べる。ちょっと焦げたくらいがおいしい。自分たちで焼き具合を調整したり、硬いの、熱いの、焦げで苦いだの、騒げるのだ。


 ところが、自宅で石油ストーブを使う機会は多くなかった。


 体が不自由な兄が間違って熱い部分に手を触れたり、倒れた拍子に接触すると危険だからだ。そこで、新しくなった自宅には作り付けの石油ファンヒータを父は購入した。友達の家ではあまり見かけなかったから、当時高価なシステムだったに違いない。よくあるセラミックヒータよりも、灯油を燃やすだけあって強力な暖房効果があった。


 スイッチを入れると着火音が断続的に聞こえ、燃え上がる音がする。5分くらい経ってから温風が出だす。温風の出だしは灯油の匂いがした。


 朝、父に起こされた私達は、着替えを持ってファンヒーターの前に集合する。スイッチを入れ温かい風が出てくるのをじっと待つ。ヒータの前に着替えを置いて待つ。温風が出だしたら、着替えが温まったころを見計らって手早く着替える。それから台所に行って朝ごはんだ。


 それが冬の朝の定番の出来事だった。


 冷え込んだ朝、布団の中で思い出すことの一つだ。大した寒さでもなかったのに、布団から出るのは一大決心が必要だった、あの頃のことだ。

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