第21話 集中豪雨
友人は私が死んだと思った。
私は友人が死んだと思った。
雨による轟音で会話もできない。窓から外を見ると、バス停の方で火の手が上がっているのが見えた。そして、下の方に見える自宅は水没していた。
暗い部屋で、母が、これからどうなるのだろう、と両手で顔を覆っていた。
7月。その日は雨模様でパラパラと雨が降っていた。
いつものように塾に行った。母が早めに車で迎えに来て、友人たちより先に塾を出た。自宅についたときには雨脚が強くなっていた。
夕食の後だったと思う。
だいぶ、水が上がってきてる、と父が声を上げた。父は、頻繁に玄関から外を見て様子を伺っていた。
自宅の周囲は大雨と言われる時であれば、数センチ程度の水は貯まることがあった。そんな時と比較にならない短時間で水が上がって来ていた。
隣には3階建ての鉄筋コンクリート造の建物があった。
「玄関に水が入ってきたら、裏の建物に避難しよう」
私達は、最低限の荷物を持ち、隣にもっとも近い部屋から出る。飼っていた犬は、必死に犬かきをしながら付いてきた。辿り着いた隣の建物にも水が玄関に侵入し、床まで上がる寸前であった。
私達は二階の空き部屋に入り、母は私達を寝かせる準備をしていた。
父は、家財を運んでいたのか、様子を見ていたのか、部屋にはなかなか来てくれなかった。
窓を開ければ、止む気配のない雨。
家の前の道路は、川となり車が次々に流れていっていた。誰も乗っていないハズの車のライトが付いたり、クラクションが鳴りっぱなしになったり、と車ですら断末魔の叫びを上げていた。
暗闇の町に火の手が上がった方向は、友達の帰路だ。豪雨の中でも火は消える様子もなく周囲を赤く染めていた。もはや道はなく、消防車が駆けつけるなんてできない。家の前の水位を見ても幹線道路を走るバスは水に飲み込まれているに違いなかった。
記録的な豪雨による濁流の中で友人はバスを脱出していた。そして、雨の中、火の手が私の自宅方向に見えたらしく、私は死んでしまったのではないかと案じていたそうだ。
私の地区だけでも数十人の命が奪われた。
翌日、水が引き、自宅は悲惨な姿を見せた。だが、二段ベットの上は乱雑な布団がそのままだった。昨日までの日常がまだそこに続いている気がしていた。だが、現実は、道路に壊れた車や瓦礫が積み重なっていた。電柱も傾き、そこにLPGガスボンベが寄りかかっている。
床に積もったヘドロを掻き出しながら弟が言った。
「今日、僕、誕生日なんだよね」
私は、それどころじゃなくなったね、と言うのが精一杯だった。
それから日常が戻ってくるには随分と時間がかかった。
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