第19話 発された音と共に

 家族全員で車に乗ってお出かけだった。


 当時は、シートベルトがついてない車もあった。むしろ、子供はシートベルト着用すると、首に巻き付いて危険ではないかという話すらあった。だから、小さい子供は親が抱きかかえたり後部座席なら安全だと言われていた。


 家族みんなで車に乗って何処かへ出かけていた。

 私は助手席に座り、母と兄、そして弟は後部座席に座っていた。母は体の不自由な兄と弟の面倒を見なければいけなかったから助手席では勝手が悪い。


 車は田舎道を走っていて、家々のある集落の中の道を通り抜けていくところだった。


 突然、兄は言葉を発した


「あっ、あー」


 脳性麻痺で発声も不自由だった。

 一語いや一音しか発せなかった兄がニ音で何かを伝えようとする。

 手を前の方に差し出しながら、藻掻くように訴えかけていた。


「いま、何か言わなかった?」

 運転していた父が驚いて叫んだ。

 すると兄は、


「あっ、あー」

 と同じ様に声を発した。


「ママっていってるのかも」

 父は声が上ずっていた。



「ママ?」

 と、母が兄に声をかけて促したけれども、兄は繰り返さなかった。


 私は、助手席から見えるフロントガラス越しに空を見上げていた。

 青空が垣間見れた。もう、寒くなり始めるくらいの頃だっただろうか。フロントガラスを通してみる空の青色はくすんでいた。


 そのフロントガラスに兄の声は反射して私の元に届いた。


 家族にとって大きな出来事が起きた瞬間だったのは間違いない。私が記憶できた初めての、だ。


 だが、どういう結末になったのかは思い出せない。

 家族旅行の一幕だったのだろうと記憶している。


 こうして、兄は、二音を発して意思を伝えることを始めたのだ。

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