第14話 正月に地獄行き
父は、正月になると張り切るものがある。
箱根駅伝と家族写真だ。
多忙な父が、どこでそんな時間を確保したのか、箱根駅伝に関する状況ををひたすら語る。注目の選手の情報から箱根駅伝の歴史までよく知っているのだ。まったく興味がない子供と母に向かって話に尽きることがないのだ。客観的に言えば、下手なTV・ラジオ中継の解説より親切丁寧な解説であったのだろう。
一方で、毎年の行事が地獄での家族写真だ。無論、地獄とは、湯けむりが上がる温泉地のことである。
近所に住む親戚への新年の挨拶をした後、家族全員車に乗り込み出発だ。箱根駅伝の中継と移動時間が被っていれば、ラジオ中継にのせて、父の解説を道中聞くことになる。
自宅から地獄までは、一時間半くらいかかっただろうか。
山道も多く、曲がりくねった道路を車が登る。そんな時に限って、父のポケットベルがなる。ピーピーと大きな音を立てる。
「公衆電話あったら教えて」
と父は、子供に指令を出す。
箱根駅伝の中継に飽きた私達は、キョロキョロと外を見回し発見指令を遂行する。毎年運転している父は、公衆電話の場所なぞおおよそ覚えているのだから、父より早く発見した記憶はない。
地獄に近づくと、硫黄の匂いがしてくる。
湯気が町の至るところから湯気が上がっている景色が見えてくる。
私達は、そわそわしてくる。お目当てはゆで卵。外で食べる温泉卵は特別だ。
駐車場に着くと、体の不自由な兄が、真っ先に不器用に駆けていく。地獄を一周し、観光用の写真撮影スポットまで家族で歩くのだ。そこでは、いつも写真屋さんが居て、撮影スポットに設置した椅子と日付を印した看板が用意されていた。そこに、並ばされ撮影される。
写真は後日送られてくるのだが、額はその場で選ぶ。父はいつも丸いお皿状の額を選んでいた。
これで、父は、大満足。
次は、温泉で加熱してゆで卵とした温泉卵を買う。塩は薬包紙のような折り方をして小分けにしてある。紙を開いて塩を出して、卵に少しつけてから頬張る。母も美味しいといって食べてたので、たぶん、楽しみにしていたのだろう。雨が振りそうだったり、急いでいるときは車で食べた。
さらに、駐車場近くのお土産屋で、湯煎餅を買えばフルコースだ。
私達は、大満足。
こうして、帰路につくのだ。
父と母は、年々の家族写真を並べて飾っていた。家に来るお客や親戚に見せながら私達の紹介をするときもあったが、気恥ずかしさもあって私達は写真をじっくりみることは少なかった。
今も父母は時々眺めているのだろう。
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