第9話 トラウマ
子供は寝る時間になってベットに追いやられる。
小学生の私は、布団を頭まで被って目を閉じる。
薄暗い部屋が水に沈みベットだけが浮いている。周囲の水は、川となって流れはじめる。無数の死体が流れてくる。私はベットで横たわって身動きが取れない。どうしようもなく、寝ているしかないのだ。焼けただれ苦しんだ人間だったものが、私の周囲を流れて消えていく。音もたてずに。
現実ではないが、夢でもない。
目をあけて天井を見ても、悪夢の川の上にベットが浮かんでいる感覚がする。
何度も眠れないと、父母が寝ている部屋へ行った。
母は、その度に寝かしつけに来てくれた。
原爆教育の一環や家族で原爆資料館に見学に行った。
瓦礫となった市街地に黒焦げになった人の写真がある。
原爆の爆発によって、人々は燃え盛る炎から逃げ、焼けただれた体で喉を潤す水を求め川に向かう。川辺で多くの人が息絶えた。川には無数の死体が浮かぶことになる。私は壮絶な話の一端を知った。
しかも、それは、遠い異世界でも空想でもなく現実に起きたことだ。
その光景が切り取られ、私のベットの周囲へと投影されたのだ。
原爆の被害というのは身近だった。
夏でも長袖を来ていた小学校の教諭は、原爆によるケロイドの跡を隠すためだと、こっそり教えてくれた。原爆二世も珍しくもなかった。
その夜も、私の周りには、無数の死体が浮かび上がる。
母は終いに
「なんで、ちゃんと寝てくれないのか」
と声を荒げた。
私には、脳裏に浮かぶ暗くて赤い光景が、恐ろしくてたまらなかった。
だけど、母に理由を言えず、ただ、眠れないと泣きつくのが、精一杯だった。
何時、母を悩ませなくなったのかは、記憶にない。
今でも時折、その時の感覚を思い出す時がある。眠れないと悩むこともなく、ただ、反芻しているだけに過ぎないのだが。
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