第8話 タバコで咳き込む

 父は若い頃、文字通りのチェーンスモーカーだった。銘柄はハイライト。いつもカートン単位で買い置きがあった。だが、油断をすると、すぐに無くなる。


 タバコが無くなると父のイライラが始まる。父は、私や弟に小銭を持たせて、近所のタバコ屋に買いに走らせる。


 玄関を出て文字通りひとっ走り。


 豆腐屋の前を通り過ぎ、小学校の正門の前あたりの小さな窓のタバコ屋で買うか、その隣の自動販売機かで買ってくる。その当時の自動販売機は硬貨しか使えなかった。小銭を必ず貯めておくのも愛煙家の常であった。


 もちろん、マッチも沢山あった。飲み屋には必ず、お店の名前が入ったマッチが置いてあって、父は毎度持って帰ってきた。スナックと言う言葉は、それで覚えた。もちろん、どんなところかは、父にも母にも聞かなかった。


 その頃の大学生は、殆どがタバコを吸っていた。少なくとも家に出入りしていた学生はそうだった。お金が無くてもタバコを吸う、と嘯いているのがカッコよかった。ジッポのライターの蓋を音を立てて開け、火花を散らせるとゆらりとついた炎にタバコの先を近づける。


 子供から見ても、そういうのがカッコいいのか、と思った。


 だが、きつい臭いや灰が辺りに巻き散らかされ、町内清掃で拾わされるポイ捨てタバコ。子供にとっては迷惑な代物でもあったから、理不尽なカッコよさでもあった。


 小学生の私と弟は、それでも気になった。父のタバコをくすねるのは気が引けた。そこで、学生らに開放している自宅裏の家にある炬燵の上にある灰皿からシケモクを一つ拾ってきた。予め家にあったスナックのマッチをこっそり持ってきて火を付けた。そっと吸ってみる。


 げほげほ・・・。


 咳き込む私を弟は見て大笑いしていた。

 慌てて火を消した。


 家に帰っても私は、しばらく咳き込んだ。

 そのたびにに弟は笑いを堪えていた。


 結局、私は今まで愛煙家になることはなかった。

 たまに、タバコは吸わないんですか、とか、禁煙されたんですか、と聞かれる。

 私が「いや、もともとタバコ吸わないんですよ」と言うと、弟はきまってニヤニヤする。


 弟の悪い癖だ。

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