第5話 かまくら

 幼い日々を過ごした、九州のこの地域で雪が降ることはあっても、雪だるまが出来るくらい積もるのは珍しかった。しかも、週末にだ。


 昨晩、寝る前に母が、

 「明日は雪が積もるかもね。積もったらどうする?」

 「雪だるま!」

 と答えた。

 兄弟3人と母は並べた布団でくっついて寝ていたが、寝相の悪さから、朝にはそれぞれが布団に丸まっていた。一番小さい弟は母の側で引っ付いていたように思う。


 朝、わずかに雪の匂いした。外がいつもより明るい。


 窓から外を見ると、あたり一面雪で、まだ雪は降り続いていた。私は、服を着替えて手袋を探し出した後、いそいそと靴を履いて玄関を出た。足が不自由な兄と小さな弟は、家の中にまだいる。

 外に出て、空を見上げるとぼた雪が向かってくる。顔に冷たい感触がする。口を開けて落ちてくる雪を食べてみたり、手袋の上の大きな雪の一粒を眺めたりした。


 その日は、雪は降ったり止んだりして、珍しく溶けなかった。大雪だ。


 午後、父が仕事から帰ってきた。

 私達は、雪だるまを幾つか作っていた。それを玄関の脇に並べたり、裏庭にある井戸の蓋の上に並べたり、次々と作品を並べていた。

 父はそれを見ると、

 「まかくらを作ろう」

 と言い出した。


 庭にあるコンクリートブロックの壁を使って、ビニールシートで屋根を作っておき、その上に雪を積み固めていく。雪国の立派なかまくらではなかったけれども、私達も入れるくらいの大きさに仕上がっていた。


 冬の早い夕暮れで、辺りが暗くなると、父は母は何やら相談をしだした。そして、家からかまくらまで灯りを持ってきた。ロウソクか懐中電灯だったかは覚えていない。その後、温かい飲み物と何か食べ物を持ってきて、さも雪国にいるような気分を味あわせてくれた。


 今から思うと、その時のかまくらは、私達がせいぜい入れるくらい、父だと一人入れるくらいだろう。当時は家族で入れるくらい立派なものに感じでいた。だから、きっと、父と母は、かまくらの中で並んでいる兄弟を外から見て笑っていたに違いない。


 かまくらは、数日で溶けてなくなったに違いないし、惨めな残骸も覚えてない。


 それから、そんな大雪が降ったことはなかった。


 未だに本物のかまくらを見たことはない。道端の大きな雪だるまの大作を見かけるくらいだ。今は、車に乗る前の雪かきを少しだけ楽しみにしている。

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