第4話 ステレオセット
自宅の裏側に出入りしていた学生の一人は、近所に下宿していた。何度か遊びに行った。狭い入り口から登る急な階段を上がったら、開き戸があって、そこが彼の部屋だった。文字通りの六畳一間。机とステレオセットと簡単な衣装箪笥。衣装箪笥といっても、ビニールのカバーがかかっただけの簡単なものだ。
机には無造作に本が重ねてあった。大きなハードカバーの本が何冊か。大学の教科書とか小説の類だった。仕舞う場所もなく、部屋の隅に置かれた布団の側には、週刊少年ジャンプが数冊おいてある。
それに対して、部屋にあったステレオは立派だった。レコードにカセットデッキ、アンプも別々の装置になっていて、しかもガラス戸のついた入れ物に入っていた。そこから、天井に向かってアンテナ線が伸びていてFMラジオが受信できるようになっていた。高級感のある存在。ホコリも被ってない。大事に扱っているのはわかった。もっとも、こんな小さい部屋で思いっきり鳴らしたら・・・きっとかなりのご近所迷惑だろう。
「ちょっと待ってろ」
彼は、大きなヘッドフォンを取り出してきて、ステレオとつないだ。そして、私の頭にかぶせると、アンプのスイッチを入れ、大きな音量ダイヤルをそっと回した。音が聞こえてきた。ヘッドフォンは両手で抱えてないとずり落ちる。一生懸命持ってないと駄目だった。何か音楽がなっていたのは覚えているけど、クラシックだったのかロックだったのか、覚えていない。
「いいだろ?」
と彼は聞いてきたけど、良し悪しなんて分かるわけもない。
「う、うん」
肯定的な返事はしたものの、ヘッドフォンの重さに耐えるのは限界だった。ヘッドフォンを大事に外して、その場に置いた。
別に何もすることもなかったので、週刊少年ジャンプを手にとり、寝転がって仰向けなって漫画を読み始めた。目の端に窓の外が見えた。大きな楠の木が空の半分を占めていた。隣の神社の階段の両脇にある大きな楠の木が見えていたのだ。
近所の小学校も日曜日だから静かだった。そんな静かな日曜日、小学生の男の子が、大学生の部屋に上がり込んで、ただ、漫画を読んでいる。ふと顔を上げると彼もこちらを見る。
「それ、自分で
私はステレオの方に視線を投げる。
「そうさ、バイトして買ったんだ」
ちょっとニヤっとしながら返事してくれた。
「へー、すごかねー」
それから、彼は、ヘッドフォンを片付けるとFMラジオを付けてくれた。ラジオジョッキーの軽快な声の後に流行りの歌が聞こえてきた。
その頃、音楽を聞くのは特別だった。
ヘッドフォンに繋がる太いコードの先のプラグをジャックに差し込む儀式は、今でもちょっと特別な気分になる。
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