第3話 ありさんの行列

 若い両親と兄弟3人で小さな家に住んでいた。台所と小さな食卓がある部屋、子供が過ごす居間兼用の部屋、父の書斎とベット、母の鏡台がある部屋がある。父の部屋はいつも薄暗く、本や資料が乱雑に置かれ、たまに当直から戻ってきて、大きな鼾をかきながら寝ていた。


 梅雨のじめじめとした日が続いていた。


 紫陽花の葉には、かたつむりがよく居た。薄紫の紫陽花の花よりも、かたつむりを眺めるのが、小さい私は楽しかった。


 その日も雨が降っていた。縁側と廊下を兼ねた板の間には木製のガラス窓がはまっていた。窓の隙間からは、しとしとと雨がふる音が入り込み、風が吹けばカーテンが揺れた。


 私達兄弟は、部屋の中で遊んでいた。私は一人寝転がって絵本を読んでいた。


 ところが、その日は、父が居た。母が父に私達と遊ぶように促されたのかも知れないし、その時、母が一緒に家に居た記憶がないから、外で用事を済ませていたのかも知れない。父は、私達を集めると、スケッチブックを取り出してきて、黒いクレヨンで絵を描き始めた。私達は、母がよく読んで聴かせてくれた「ありときりぎりす」の話が大好きで、ありんこの絵をせがんだ。


 父は絵本を見ながらありんこを描きはじめた。


 私達はスケッチブックを囲むように座り込んだ。父は上手だった。ありだけでなく、きりぎりすも描いたりした。父に似合わぬ可愛らしい絵が出来上がっていた。

 

 そのうち、父は満足したものが出来たと思ったのか、ありんこの絵を切り抜き始めた。切り取った紙切れを並べた後、黄色いフエキのりの赤い蓋を開けて、たっぷりのりを指先に着けた後、切り抜いたありんこの裏に塗りたくった。それから、窓の木枠の下から2段めに貼り始めた。木枠のちょうど上あたり。数匹のありんこは窓の木枠の上を行進しだした。


 雨はまだ降っていた。

 私達は母に父の作品を自慢しようと行進するありんこの前に連れ来てた。その時の母の笑みは優しかった。


 次の日には、貼り付けたありんこの紙の端からはみ出た白いのりは透明になっていった。日が経つに連れ、紙が色付き草臥れてきたけれども、珍しく母は剥がさず、私達のお気に入りであり続けた。それから、父が隣に建てた新しい家に引っ越しするときにも、そのままにしてきた。


 最近は、室内でありの行列なんて見ることもない。せいぜい、ボロい工場の建屋の鉄製の窓を歩いて登るありを見かけるくらいだ。

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