第2話 なんじゃもんじゃ

 自宅の裏にある小さな木造の家の前には、なんじゃもんじゃの木が生えていた。


 ミニコミ誌やボランティア活動をする大学生と障害者らが、その小さな木造の家には出入りしていた。父は、その小さな家を彼らに開放していた。小学生低学年の私は、彼らに遊んでもらうのが楽しみだった。当時、大学生が勉強しているなんて思ってなかった。楽しそうに集まって、何やら企画しているような、それが学生なんだな、と。


 その家に、こっそり忍び込むと、大抵、こたつで寝ている学生がいた。こたつの上に乱雑に置いてある本、灰皿とビールの缶。薄暗くかび臭いその部屋に、いつも幾人かの遊び相手がいた。


 ガリ版印刷のインクの匂いも、そこで覚えた。最初は、一枚一枚手刷りするガリ版印刷機だった。そのうちに、連続的に印刷できる機の様なものが入っていた。大活躍していたがトラブルも多かった。紙詰まりや2枚送りがよく起きるのだ。紙詰まりも面倒だが、中途半端に2枚送られると、それ以降の印刷がズレて大量の不良が発生する。そこで、紙束をパラパラと札束を仰ぐような感じでめくって、空気を入れ一枚一枚で送りやすい様にして印刷機に設置していた。


 日曜日の午前中、玄関が開けっ放しだったので、いつものように上がりこんだ。寒かったので、こたつに足を入れようとすると、中に何かある。そっと覗くと、赤い光の中に螺旋状になった紙束があった。

 私が、こたつから顔を上げると彼は「見ててご覧」と言って、新しい印刷用の紙を押入れから取り出して来た。袋から紙を出してこたつの上に置いた。

 彼が、紙束の一番上の紙の上で指を回しながら滑らすと紙は螺旋状に広がっていく。紙の螺旋階段ができあがる。逆に指を回して行くと、紙束は元のとおりに直線に重なる。びっくりする私の顔を眺めてから、彼はこたつ中の紙を回収し、端をトントンと揃え直して印刷機に設置した。


 「こうやって、紙をバラけさせて、紙を乾かすと紙をうまく送ってくれるんだ」

 「ふーん」


 彼が電源を入れると、印刷機が音を立てて動き出す。


 まだ、紙はこたつの上にある。

 私は、こっそりと紙の上で指を滑らせる。

 スルスルと紙は螺旋状になり、幾重も重なる紙が広がる。やりすぎて元に戻せなくなる前に、逆に回して証拠隠滅した。

 悪戯したのが、バレてないか、気になってキョロキョロすると、それを教えてくれた彼は、灰皿の中からシケモクを探し出して一服中だった。

 

 指を滑らせてクルクルっと回して螺旋状の芸術品。会社でコピー機が紙切れ起こしても、そんなものは見れない。

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