1980の缶コーヒー

北見南走

第1話 缶コーヒー

 小学4年生の冬。

 朝、母親に車で塾まで送ってもらった。吐く息は白く、手はポケットに突っ込み、塾の入り口に隠れるように立っていた。しばらくして、若い先生が来た。私を見たら「あれ?」という顔をして、近寄ってきた。


「早いね。

 でも、ごめん。カギを持った先生は、まだ来ないんだ。」


 バイトの先生だったのかもしれないが、子供に先生の区別なんてない。


「ちょっと待っててね。」


 先生は、横断歩道を渡って向かい側の自販機に小走りで向かった。

 再び小走りで帰ってくると缶コーヒーを渡してくれた。


「あったかいだろ。」


 私は軽くうなずくと、両手で缶コーヒーを包み、じんわり指先の感覚が戻ってくる。

 家ではコーヒーなんて飲み物は、小さい子供はカフェインがいけない、と言われて、飲ませてもらえなかった。


 そのうち、手の感覚が戻ってきたので、プルタブを開けた。

 口をすぼめながら啜る。ぱっと口の中に広がる味。甘みの強い缶コーヒー独特の味がした。


 鍵を持った先生が、飲み終わった頃に来たのか、それとも随分待ったのか、覚えていない。

 塾ではいつもどおり勉強した。塾の近所で、ほか弁の様なキッチンタイプのお店でお昼ごはんを買う。それから、母親の迎えを待つのだった。


 帰りの車の中、プルタブがポケットに残っているのに気がついて、母親にバレないように手の中に握りしめていた。


 若い頃はギリギリセーフで始業に滑り込むのが日課だった。

 今は、少しだけ早く会社に出る。そして、寒い朝は、自販機が気になる。

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