第34話:再会は戦場で⑧
人界騎士団と【闇の軍勢】との戦いは圧倒的に人界軍有利に運んでいた。右翼に配置したホランドとパンテラの親子が善戦していた。こちらは小鬼族と豚人族の混成部隊のため、さほど苦戦することはなく敵部隊を蹴散らしていた。一体だけ巨大な豚人族が出現したがそれも空から落ちた雷によって消し炭にされた。
対して左翼の被害は甚大だった。小鬼族を中心にしつつ敵左翼には狼人族の戦士が配属されていたのだ。この種族は三階級あると言われている種族の中でも中級種であり、小鬼族や豚人族など歯牙にもかけないほどの力を持っていた。数こそ少なかったものの、彼らによって左翼はかなりの打撃を受けた。
特にナスフォルンが交戦したと思われる狼人族の隊長は相当強く、後方で指揮をとっていたサラティナ達にも視認できるほどの風の魔導の発動を確認した。しかしそれはかき消えた。
後に入った報告によればナスフォルンの窮地を救ったのはあの仮面の戦士だという。奇襲作戦成功の立役者が大した時間も置かずに戦場に戻ったのも驚きだが、ナスフォルンを圧倒するほどの敵の攻撃を無力化したのも衝撃だ。
そして、その仮面の戦士は雷電をまき散らしながら突風と戦い、サラティナですら目を見張るほどの風神の大太刀を真正面から打ち払い、狼人族から進化した人狼の女を撃退した。
「まぁ結局とどめを刺す前に逃げられてしまったみたいですが。それにしてもあの強大な風の魔導を打ち破るとは、本当に何者なのでしょう。気になりますね」
サラティナが思案に耽っていると血相を変えた副官のコンセイユが天幕に飛び込んできた。
「サ、サラティナ様!た、たた大変です!」
「何事ですか、コンセイユ殿。左翼は被害こそ出ていますがまだ持ちこたえています。右翼も健在です。何が大変なのですか?」
「サ、サタナキアプートが!敵総大将のサタナキアプートが最前線に現れました!正面の部隊とすでに交戦に入りましたがこのままでは全滅です!」
「―――なんですって!?それは本当ですか!?」
慌てて天幕から飛び出して前線の様子を直接伺う。遠目の水晶では局所的な映像しか見ることができない上に映像はリアルタイムではない。だからサラティナは外に出たのだが、目に飛び込んできたのは離れた位置からでもはっきりとわかるほどの巨躯の怪物が巨大な鉈包丁のような大太刀を振り回している姿だった。
「サタナキアプートが戦場に現れたのはつい先ほどですが、すでに対応にあたっている正面部隊は壊滅的な被害が出ております!」
「……っく」
「ど、どうしますか、サラティナ卿!?このままでは戦線の維持どころか前線が全滅してしまいます!幸い後衛たる我々に被害は出ておりません。あの化け物が前線に出てきた以上、早急な撤退も視野に入れるべきでは!?」
「……よもやこの早いタイミングで敵大将が前線に出てくるとは予想外でした」
サラティナは何度か深呼吸を繰り返して己を落ち着かせる。ここで判断を誤るわけにはいかない。徹底はすなわち正面部隊を見殺しにすると言うこと。加えて殿も必要となれば被害はさらに出るだろう。なら選ぶ道は徹底抗戦だ。
今動かせる駒は右翼のホランド親子。しかし彼らに対応させたところでサタナキアプートを倒せるかはわからない。精々時間稼ぎが精一杯だろう。なら右翼を維持するためには二人は動かさないほうがいい。
ならば左翼に目を向けてみても、こちらは尚更人員を割くことはできない。ナスフォルンは戦闘こそ継続できるものの重傷を負っている。その穴埋めを仮面の戦士以下奇襲部隊に
してもらっている。こちらを崩せば瓦解は必至。なら取れる手段は―――
「止むを得ません。私が前線に出てサタナキアプートを抑えます。その間に戦線を立て直してください。その間の指揮は貴方に一任します、コンセイユ殿。もし万が一にも私が敗れるようなことがあれば即時撤退してください。いいですね?」
「な、何をおっしゃるんですかサラティナ卿!?この場面で【正導騎士】である貴女が単騎で出るなど愚策です!それに貴女があの怪物に敗れるようなことがあればこの先の士気に関わります!どうか再考を!」
「いいえ。ここで指を咥えてみすみす犠牲を増やすことこそ愚行です。それにここで奴を叩くことができればそれこそ敵への打撃も大きいはず。打って出る価値はあります」
「ならば!ならばせめてお一人とは言わず正導騎士様二人で!そうすれば勝率も上がりましょう!一人では危険すぎます!」
「ダメです。わかっているでしょう?正面を切り崩されかけていますが両翼にいる第五位と第八位の正導騎士が踏ん張っているから我らは無事なのです。それを私の援軍に回すとなればそれは即ち我らの敗北です」
コンセイユは悲痛な面持ちでサラティナを見やる。これは死地へと己を投げ出す選択だ。しかし、ここを五体満足で乗り切ることが出来たならこの先の戦いは明るい。故に、サラティナは腰に挿している相棒の柄を強く握りしめる。
「これ以上議論をしている時間的猶予はありません。コンセイユ殿。あとは頼みましたよ。」
「大丈夫。私は……負けない。彼にまた会うまでは」
そのつぶやきを聴いたものはいなかった。
*****
「おいおいおい!どうすんだよ!今中央に立った化け物、ありゃ敵軍の総大将だろう!?正導騎士が唯一配属されていない中央部隊じゃ一瞬で壊滅だぞ!?」
「サタナキアプート。獣人族の進化体。あれが総大将か」
「シンヤ!お前の化け物じみた強さのことはさっきの戦いでもよく分かった!だがあいつはマジでやばい!あの山羊頭は魔皇帝の右腕、【闇の軍勢】のナンバー2って言われてんだ!実質上の最強クラスだ!それを前にしたらグリシナちゃんなんて赤子同然だ!」
「……」
「なぁに黙ってんだよ!今頃大将のサラティナの嬢ちゃんも撤退を決めているはずだ!俺達も可能な限り
「いや、違うな。間違っているぞ、ヒゲ。サラティナは引かない。間違いなくサタナキアプートと戦って―――勝つつもりだ」
そう言ってシンヤが指さした先。翡翠を空に描きながら、山羊頭の怪物に突撃を仕掛ける輝きがあった。その光が振るうは黄金の剣。間違いない、あれは我らが総大将だ。
「おいおいおい!マジかよ!?マジかよ!?サラティナちゃん!?ここは撤退が定石だろう!それなのになんでサラティナちゃんが出てきちまうんだよ!?そりゃ悪手だぜ!」
絶叫しながら剣を振るうナスフォルン。満身創痍でありながらもその動きのキレは落ちていない。シンヤも仮面に傷こそついたがほぼ無傷。この程度の連戦で消耗するような軟な鍛え方をしていない。伊達にあの鬼畜師匠の修業を乗り越えたわけじゃない。両手に刀を持って小鬼族を斬り伏せていく。
「むしろ、俺達が今すべきことは負傷している兵を後方に下げることだ。数が多いだけで小鬼族は大したことはない。さっさとするぞ。おい、筋肉達磨にロジャーズ!あんた達も遊んでないで仕事しろ!」
視線の先では奇襲で活躍したロックフォーゲルとロジャーズの二人が笑顔で得物を振るっていた。
「ハッ!闇騎士をサクッと倒したからって調子乗んなよ仮面野郎!お前より多くこの緑の化け物どもをぶっ殺してやるからな!」
「だから黙れって言っているだろう筋肉達磨!これは戦争で遊びじゃないんだぞ!それより仮面の戦士!あっちはやばいみたいだぞ!?」
ロジャーズに促され、シンヤは再びサタナキアプートとサラティナの戦いに目を向けた。
サラティナは剣に備わる概念を強化したようだ。一層刃の黄金の輝きが増した。その技の名は【
彼女の剣に込められた概念は『勝利』と『守護』。勝利とはそれをつかむために必要な力をサラティナにもたらし、守護とは大切な人を護るために必要な力をサラティナにもたらす。すなわち、今の彼女を止めることは不可能と言うわけだ。
それから始まる剣激による合唱会。ガキン、ガキンと鋼鉄同士がぶつかり合うことで奏でられる旋律は互いの命を、魂をぶつけ合って発せられている。死と隣り合わせの演奏は長くは続かないだろう。
「……サラ」
シンヤは視線を演奏者二人に固定しつつ、その傍らで小鬼達の首を撥ねていく。その間にも激闘は続いている。サラは八双に置いた剣を目にもとまらぬ速さで振るっている。そしてその剣戟は山羊頭の怪物の身体に間違いなく傷をつけている。対して彼女の身体には一切の傷がついていない。それ程までにサラの剣技が冴えている証拠だが、同時に尋常じゃない精神力を使っているはずだ。
「あれは……まずいな」
天秤にかける一つの命と多数の命。答えなど、考えるまでもない。
「ナスフォルン、ここを任せてもいいか?」
「―――行くんだな?サラちゃんのところへ?」
「あぁ。そのために俺はここに来た。あんた達に迷惑をかけることになるが…許してくれ」
「気にすんな!さっさと行ってお姫様を救って来いよ!最強の
「恩に着る。死ぬなよ、ナスフォルン」
親指をぐっと立てる正導騎士に心中で礼を頭を下げて全力で地を蹴った。
*****
「何とも呆気ない幕切れだが、人間の身で我と渡り合えたのは貴様が初めてだ。冥界で誇るといい」
「……はっ、化け物が冥界とは……冗談が過ぎますね」
サラティナは片膝をつきながら剣を構える。
「最後まで気高く散るか。それも良い。では―――死ね、人類の希望の光よ」
瞬間、死を覚悟した。仲間の兵士達からは絶叫に似た悲鳴が、異形達からは歓喜の咆哮が、戦場に鳴り響く。しかしそれはサラティナには聴こえていなかった。ただ頭の中をよぎるのは中央戦都で過ごした十年ではなく騎士となる前のこと。ただの村娘で花飾りを作ったり大好きな男の子と一緒に遊んだりした日々のこと。
あの男の子は今はどうしているのだろうか。あの村で私以外の誰かと幸せに過ごしているのだろうか。そういえば村長の一人娘のあの子は可愛かったな。彼の隣にいるのはどっちだとよく喧嘩したけ。
「あぁ……シンヤ。どうか、幸せに―――」
断罪の刃を目前にして、私は目を閉じた。
「―――お前がいない世界で生きるなんてこと、俺にはできない」
待ち望んだ十年ぶりの愛しき人と再会は、掛け値なしの戦場だった。
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