第33話:再会は戦場で⑦
グリシナの気分はこれ以上ないくらいに昂っていた。【闇の軍勢】において全力で手合わせする機会はそこまで多くない。仮にあったとしても下級種族の気色の悪い豚や歯ごたえのない骸骨の進化体がせいぜい。上位種族の鬼人族や吸血鬼族とは滅多に戦うことができなかった。
しかし、目の前にいる
「いいなぁ!素晴らしいなぁ!最高だよ
「あんたもさすがだな!紫電の総集に易々と着いてくるとはな。しかも……攻めきれないか」
シンヤもまた静かに闘志を燃やしていた。この街に来て戦闘は何度かしてきたが、そのほとんどが拮抗することなく終わっていた。唯一楽しめたのはパンテラとの戦いくらいなものだったが、それでも終わってしまった。だがグリシナは違う。星斂闘氣の総集をもってしてもすぐに決着のつかない強敵手。戦闘狂ではないが、やはり力をぶつけ合うことが出来る相手とは得難いものだ。特にシンヤの場合、その相手がこの十年間一人だけだったからなおさらだ。
「いいな!これこそが
師匠との戦いは修行の体を取っていたがしかしそれはまさに死闘だった。シンヤは全力で立ち向かい、全力で叩きのめされた。だがそこに悲壮感はなく、ただ満足感が心を満たした。それに近いものを、シンヤは感じていた。
―――
納刀、すぐさま抜刀。稲妻を纏った雷速の一閃は目にも映らぬ速度に達しているが、それを文字通りの野生の勘でのけぞって回避するグリシナ。その選択は正解だ。仮に左腕で受け止めようものなら風の鎧ごと肘から先は彼方へ飛んで行ったことだろう。それを生来より併せ持つ第六感で受けるのではなく避けることを選んだのは正しく、それを為す身体能力もあった。
「【
大嵐を小さい弾丸に圧縮し、螺旋回転を加えながら射出。その正確な数を目で捉えることは叶わない。唯一わかっていることは、その一発一発がシンヤの身体を抉り取るほどの殺傷力を持っているということだ。
―――
そのことごとくを雷速で赫刀を勢いで振るって一つ残らず迎撃する。さながら刀が分裂したかのような連撃は美しく芸術的な紫紺の残光を宙に描いた。
「ハッハッハッ!本当にすごいな、私の
「だから、俺はあんたの番にはならないと言っているだろう!」
楽しそうに笑いながら徒手空拳の猛威を振るうグリシナに呆れ交じりに刀でもって返答を返すシンヤ。
互いの速度はほぼ互角。技の冴えも同等となれば決め手となるのは技の威力。だがグリシナの【暴風の大鎧】を突破するのは赫刀のままでは難しい。そう、赫刀のままなら。
「その自慢の鎧、斬り裂かせてもらうぞ」
―――雷解之一振―――
納刀、そして抜刀。しかしこの一撃は左でかつ逆手で抜き放つ変則技。しかしその速度と威力は先ほど比べて何ら変わらない。右だけに警戒していたグリシナの反応はわずかに遅れ、腰から斜め上へと斬り裂いた。美しい肢体に綺麗な一筋の閃が奔り鮮血が舞う。
「ンッ……ガハァッ!?私の【
後退しながらわき腹を抑える。斬られたが鎧は斬られたと同時に修繕している。ならば戦闘は継続できる。しかし不思議なことに、普段ならすぐに治るはずの傷が治る様子がみられない。
「あんたらの厄介な点は色々あるが、面倒なのはその回復力だ。多少の切り傷程度すぐに修復される。その点俺達人間はそうはいかない。傷を負えば痛いし、血は流れるし、そして簡単に死ぬ。だが、俺の技はあんたらを俺達と同じ次元にまで引きずり落とす」
くるくると手元で蒼刀を起用に回しながら軽い口調で話すが、その声音は底冷えしていておぞましいほどの殺気が込められていた。その落差にグリシナだけでなくナスフォルンでさえも震えた。
「さぁ続きをしようか、グリシナ。これで……決めさせてもらうぞ」
右手に持ち替えた蒼刀を担ぎ持ち、腰を静かに落とす。その言葉に
「いいだろう、
暴風が空を裂くほどの大大剣を形作る。決して人間相手に向けて放つ技ではない。これは狼人族より上位の鬼人族でさえも容易に消し飛ばす。グリシナが放つことが出来る最大火力の対軍魔導。
「いくぞ……【
振り下ろされる風神の刃。それに立ち向かうは矮小な仮面の人間。しかしその男の身体はバチバチと人から聞こえてはいけないほど大きく、激しいスパークが迸っていた。そして、彼は雷人となり、神へと挑む。
―――
―――
無形の刃と有形の刃が激突する。その衝撃波は戦場全体を容赦なく呑み込んだ。その余波は電撃の混じった殺人突風。下級種族の小鬼族などは吹き飛ばされてその身を焦がして消滅した。人界軍左翼兵もまた容赦なく重装備でありながら紙風船のように吹っ飛んだ。幸いなことに死傷者は出なかったが被害は甚大だ。
轟々と立ち上る土煙。それを吹き飛ばしてどこまでも透き通る綺麗な空気を齎したのは優しい風。痛む身体を引きずり、這う這うの体で元居た場所まで何とか戻ってきた正導騎士のヒゲ男は、爆心地の中心に立つ二人を見つけた。
「シ、シンヤ……?い、生きているか?」
恐る恐る声をかけるが反応はない。シンヤは刀を両手で握り、グリシナもそこに何もないが剣を振り切ったような姿勢で固まっていた。
「ここに来て戦った中では、間違いなく一番の技だった。あんたは最高だった。また戦いたいものだ」
「ま、さか……この技も、破られるとは……さすが、私の、未来の旦那様……だ」
血しぶきを上げて、グリシナは前のめりに倒れた。シンヤはゆっくりと身体を起こして刀を収めた。仮面に僅かだが傷がついたが問題はないだろう。
「本当に、サラティナに出会っていなければあんたの求婚、受けても面白かったかもな。悪いな」
息はある。ただ気絶しているだけ。これは戦争。ここで殺すのが定石だがシンヤにその気はない。師匠以外にできた初めての強敵手を失うのは惜しすぎる。
「おい、そこの狼少年たち!グリシナを連れて後方に退避するといい。俺達は追ったりしないから安心しろ」
「い、いいのかイケメン。俺達を見逃すのか?」
「マジかよ、イケメン。姐さんを殺さず、俺達も見逃してくれるのか?優しすぎか?」
「いいからさっさと行け。俺達は見逃すといったが他の連中は知らん。まぁお前たちがいればその辺の兵士は相手にもならんだろうが。ほら、さっさと行け」
しっしと手を払って早々に逃走を促す。二人の狼少年は深々と頭を下げて大切な姉貴分を担いで風となって走り去った。
「そういうわけだ。悪いな、ナスフォルン。せっかくの一目ぼれ相手だったのに逃がしてしまった」
「ったく。ここにいたのが俺だったからいいものの、これがホランドのおっさんだったらお前、突き殺されてたぞ?まぁいいか。さすがに俺もボロボロだ。少し休んだらまた戦列に戻らねぇと―――」
言いかけて、ナスフォルンは口をぽかんと開けて阿保面をさらした。その理由は最後尾から黒い翼を持った山羊頭が前線に向かって飛翔して頭上を通過したのだ。
「う、嘘だろ!?ありゃ敵の総大将じゃねぇか!?この状況で撤退じゃなくて自ら突っ込んでくるとか脳筋かよ!?」
「……あれが、魔皇帝の側近、か」
ここに魔皇帝の右腕と称される山羊頭の怪人、断罪のサタナキアプートが降り立った。
戦局は、最終局面へと移る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます