第30話:再会は戦場で④

 そもそも、闇騎士ダークナイトとは種族ではない。元を辿れば骨人族スケルトンである。その骨人族が魔皇帝やそれに準ずる力を持つ者の魔力を与えられることで進化した骨人族のことである。


 だが当然のことながら、魔力を与えられたもの全てが闇騎士になれるわけではない。むしろその多くが魔力に身体が耐えられずに自壊する。故に闇騎士になれた骨人族は選民意識が強い。さらにここにいる四体はその中でも選りすぐりで【四騎士ファスル】と呼ばれており、サタナキアプートより識別の名前も与えられている。名前を与えられるということは【闇の軍勢】の中でも限られたものにだけ許された特権だ。そんな選ばれた存在だというのに何故膝をついているのか。


「鬼の雨は気まぐれでよかったな。さて、貴様らが膝をついている間に俺の仲間は長耳を倒しに行ったが―――どうする?追うか?追ってもいいが、その時は覚悟しろよ。騎士は背中を斬らないなんて流儀は俺にはないからな」


 首をぽきぽきと鳴らしながら刀を肩に置く。その身体は雲一つない晴れ渡る蒼天のような輝きに包まれている。静かな闘気だがそれが放っている圧力は尋常ではない。味方であるはずのロジャーズ達でさえ気合を入れていなければ膝が笑って立っていられなくなる程だ。


「下等な劣等種族の分際デでオーガの名を関する技を使ウとハ。身の程知らずニモ程があルゾ!」


「俺から言わせれば、オーガであろうと骨人スケルトンだろうと須らく同列だ。そこに優劣は存在しない」


「黙レ!奴ラの仲間を追エ!一人残らズ殺シ尽くセ!」


 ―――星斂闘氣せいれんとうき・総集・灼烈しゃくれつ―――


 ―――猛火赤壁陣もうかせきへきのじん―――

 

 シンヤを包む闘気の色が蒼天から太陽へ、蒼から赫へと瞬時に移ろった。


 刀を振るうと隊長達の背中を追うべく駆け出そうとした闇騎士達の行く手を遮るように天高く昇る地獄から這い出てきた炎の壁が出現した。勢いを止められずに闇騎士の一体がその炎にわずかに触れると、まるで蛇のように纏わりつき、その身を焦がして文字通り灰も残さず絶命の言葉も残せず、この世から消え去った。


「もう忘れたのか?言っただろう、追ってもいいが覚悟しろと。その炎に触れたらこの世に貴様らが存在した証は何も残らない。それでもいいなら飛び込むといい。それが嫌なら、俺を殺しにくるといい。そうすれば、あの壁は消える」


「まサか、【オセニ】が抵抗モ出来ずニ死ぬトハ……」


「さぁ、逃げ場はないぞ?そら、覚悟ができた奴からかかってこい」


 挑発を続ける仮面の男の認識を改める。闇騎士の隊長―――名を【リェータ】と言う―――は残った【ウェール】と【ジマ】の三人で相手をすれば負ける道理はないのだが、その選択は取れそうになかった。何故なら―――


「ハッハッハ―――!仮面野郎だけがてめぇらの敵だと思うなよ!」


「私達の存在を忘れてもらっては困るぞ!」


 先ほど物理障壁の前に手も足も出なかった大剣使いと風の魔導を扱う騎士の二人が【冬】と交戦に入っていた。特に大剣使いの攻撃は無力ではなく、油断すれば手傷を負う域に至っている。


「剣に魔力を通し続けろ!そうすれば奴の物理障壁は突破できる!」


「攻略法さえわかっちまえばなんてことはないな!おらおら!さっさと諦めて俺に斬られやがれこの骨騎士がぁ!」


 実に鬱陶しい人間だ。力任せの攻撃だが嵐のような連撃を大盾で凌ぐのが精一杯で中々攻撃に転じることが出来ない。わずかな隙を見つけて攻撃を仕掛けても、後ろに控える騎士と入れ替わって盾で受け流されて反転攻勢を受けることになる。


「一体ずつでもいいし同時に来てもいいぞ?遠慮することはない。どのみち貴様らはここで消えるんだ。ならせめて悔いを残さず消えていけ。この世に未練を残すなよ」


 骨の身体を震わせるとカタカタと音が鳴った。ここまで侮辱されて怒りを覚えたのはただの骨人だった時に上位種の鬼人族に雑魚呼ばわりされて以来だ。


「イいダロう。そこまデ言うのなラ我自らノ剣で貴様ヲ殺シてやる。【春】、手加減は無用ダ。ここであの珍妙ナ男を殺せばサタナキアプート様のみならず、魔皇帝様もお喜びになることダロウ」


「了解しタ。では全力で殺しにかかりましょう」


 ガシャン、ガシャンと音を立てて二体の闇騎士がシンヤの前に堂々と立った。その様子は骨人から進化した異形の者とは言え、まるで決死の覚悟を抱いて死地に赴く騎士のように見えた。だからシンヤはその意気に応えるべく、全身全霊で相手をすることに決めた。


「仮面を被り、素顔を見せぬ無礼を許せ。だが名は名乗ろう。俺の名はシンヤ・カンザシ。この名を胸に刻んで消えて行け」


 ―――星斂闘氣・総集・止水―――


「我はサタナキアプート様に仕える四人の闇騎士が一人、【リェータ】」


「同じく、サタナキアプート様に仕える人の闇騎士が一人、【ウェール】」


「「いざ、参る―――!」」


 二人の騎士の声が重なり、左右に分かれて挟み撃ちの陣形で仕掛けてきた。剣を振るタイミングは微妙にずらしている。これは一撃目を回避しても追撃して二撃目を必中させる為だろう。しかし、シンヤには初めから回避するという選択肢はない。


 ―――堕栗花鬼雨ついりのきう―――


 再び闘気を赫から蒼へ。指揮者のようにゆったりと天に振り上げた刀を振り下ろす。必殺の刃の雨が左右の騎士に降り注ぐ。大盾を傘のように掲げて防ごうとするが、降りしきる雨を傘で凌いでもその身は濡れてしまうように、刃の雨からは完全に逃れることはできない。身体は傷つき、強大な圧力に屈し、あと一歩の間合いが詰められない。


 ―――星斂闘氣・総集・灼烈―――


 ―――火葬連環計かそうれんかんのけい―――


 赫い身体で振るうは対魔に絶対優位の力を宿している蒼い刀。選んだ技は万物一切を残さず塵に還す地獄の炎を宿す連撃。右から迫る【夏】を袈裟斬りで両断し、振るった勢いを余すことなく利用して腰を捻り、左の【春】に振り上げた一閃を見舞う。二人の身体は刃が触れた瞬間に黒い炎に包まれて跡形もなく消え去った。仮に斬撃による攻撃を防いだとしてもこの炎に焼かれて死に絶える。これはそういう技だ。


「お前たちには過ぎた技だが、これを土産に悔いなく逝くといい」


 シンヤは刀と闘気を収めた。まだロックフォーゲルとロジャーズの二人は大立ち回りを繰り広げているが、こちらも直に勝負はつくだろう。口げんかの絶えない二人だが、存外息は合うようで、熟練のパートナーのような連携で闇騎士を追い詰めていた。


「さて、長耳族の魔導士部隊も大分削れたようだし、ここから戦局はどう動いていくかな」


 何はともあれ、まずはこの奇襲作戦が成功したことに安堵し、死傷者への弔い合戦も決着する。隊長を含めて怪我や体力を消耗している者を連れて一度撤退するのが得策だ。


 ロックフォーゲルの爆裂一閃エクスプロードスラッシュが炸裂してついに闇騎士が倒れた。遠くを見れば長耳族相手に大立ち回りをしていた隊長達の方もひと段落着いたようだ。魔導士兵団は散り散りになりながら退散してくのが見えた。ここが引き際と見定めてシンヤ達は一時撤退を開始した。

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