第29話:再会は戦場で③

 それらは奇襲部隊の前に突然現れた。


 前線で主力部隊同士が激突してから数刻後。大将サラティナから突撃の指令が下された。そのタイミングはこれ以上ない程に抜群で、今まさに前線に向けて魔導の雨を降らそうとしていた敵魔導士部隊の虚をつくことに成功。たった二十人による奇襲で相手の三分の一ほどをわずかな時間で削ることができた。


「ハッ!長耳族エルフって言っても懐に入っちまえばどうってことないな!近接戦闘はからっきしじゃねぇか!」


 ロックフォーゲルが鼻息を荒くて剣を振るいながら吠える。彼の言う通り長耳族とは魔導に特化した種族であり近接戦闘は不得手であり、シンヤが戦ったランコーレやセロスが例外なだけである。それ故に彼らは【闇の軍勢】の中でもそれなりの地位に就いていたのだが。


「この調子なら半分以上は削れるな!おいロジャーズ!どっちが多く仕留められるか勝負でもするか!?負けたほうが酒をおごる!どうだ!?」


「黙れ筋肉達磨!これ以上戦場で無粋なことを言うなら私がお前を斬るぞ!」


 緊迫した戦場の中において軽口をたたきながら、しかしこの二人の戦果はとびぬけている。シンヤもそれなりに斬ってはいるが二人には及ばない。


「それよりも問題は仮面野郎だ!あの野郎もしかしなくても手を抜いているだろう!?命のやりとりをしている戦場じゃ失礼ってもんじゃないのか!?」


 ロックフォーゲルの指摘は正しい。そのことは実際に手合わせしたロジャーズも勘づいていた。シンヤは本気を出さないのには当然のことながら理由がある。


「この戦場、覗かれている。とすれば敵が次に打つ手は―――」


 二人とは離れたところで刀を振るっていたシンヤは呟いた。


 確かに奇襲は成功した。敵の後方支援の数を減らすことができた。しかし、この様子を敵に見られている。その感覚があったため、あえて手の内をさらすことはせずに力を抑えていた。


 読み通り、幽鬼のごとくゆらりと四体の巨体の騎士が突如出現した。その登場は絶望の表情を浮かべながら必死に抵抗していた長耳族に安堵させる希望の星だ。


「人族風情が調子に乗っているようだが、そろそろ仕舞だ」


「あぁ?なんだ、てめぇら?」


「我ら、闇騎士ダークナイト四騎士ファスルが貴様ら下等種族に絶望を与えよう」


「寝言はなぁ……寝て言えや―――!」


 ロックフォーゲルは怒りの形相とともに突貫。大上段に振り上げた大剣を全力で振り下ろした。しかし、その刃が漆黒の鎧騎士の身体に直撃することなかった。不可視の障壁に阻まれた。


「―――!?」


「カカカッ。貴様ら程度が持つただの・・・の武装で我らに施された障壁を突破できるはずがなかろう?」


「骸骨風情が調子に乗るなよ!」


 体勢を立て直したロックフォーゲルは魔力強化した肉体に物を言わせて全力で水平斬り、逆袈裟、斬り上げを連続で繰り出していくがその度にガキンガキンと鋼鉄同士が衝突したような甲高い音が響く。


「理解しろ。貴様の攻撃では我に傷をつけることは叶わない。では、死ね」


「―――まずい!」


 驚愕で動きを止めて無防備な情他のロックフォーゲルに向けて闇騎士は武骨な剣を振り下ろそうとした。このタイミングでは回避は間に合わない。そのことに気が付いたロジャーズは咄嗟に風の魔導を叫んだ。


風の盾ヴィエント・エスクード!」


 碌に魔力を込めることが出来なかったが魔導として発動した風の盾は闇騎士の刃からロックフォーゲルを護ることに成功した。我に返ったロックフォーゲルは全力で飛び退いてロジャーズの隣に立った。


「助かったぜ、ロジャーズ。今のはさすがにやばかった」


「敵を前にして呆ける奴があるか。だからお前は脳筋なんだ。それで、あの不可視の防壁は突破できそうか?」


「さてな。身体強化は全開で斬りつけたんだがビクともしなかった。マジでやばいかもしれないな」


 剣を握る両手は痺れて感覚が鈍くなっていた。戦えない程ではないがロックフォーゲルはこの先の打開策を見出させずにいた。彼らがそうこうしている間に四体いた闇騎士は気付けば散開して他の部隊員を蹂躙していた。


「カカカッ。いいのか?トロトロしているとお仲間は全員死ぬゾ?まさか、今の攻防で怖じ気づいタのカ?」


「っけ。骸骨のくせに生意気に挑発か?ふざけろくそ野郎。今すぐぶった切ってやるからそこで待っとけや!」


「追いつけ脳筋!策もなしに飛び込めば今度こそ死ぬぞ!?ここはみなと合流して総力戦に―――」


 しかしロジャーズは最後まで言葉を発することはできなかった。二人の耳に仲間たちの絶叫に近い悲鳴が届いたからだ。振り向いた先で目に飛び込んできたのは、成すすべなく闇騎士の凶刃の餌食となる仲間たちの姿。一人、また一人と倒れていく。


「くそ!このままでは全滅するぞ!」


「だからと言って敵を前にして背中を見せて逃げるのか!?それこそふざけろだ!俺が奴を食い止める。癪だがお前は仮面野郎を呼んで来い!奴ならこの状況を打開できるだろう!」


「我は構わんゾ?逃げるナら逃げロ。そして貴様ラの希望をここに連れてくるとイイ。最も、その間ニ貴様らノ仲間は何人になっテいるカナ?」


「クソが―――!」


 二人は武器を持つ手に力を込めて敵を睨みつける。闇騎士を倒さなければ長耳族まで届かない。今も止むことのない火球の雨を降らせている長耳族を倒さなければ主力部隊の被害が増すばかり。そして焦りは判断力の低下を招く。


「カカカッ!いいぞ、いいぞ!下等種族らしい愚かな焦燥だ!さぁ!どうする愚か者どもよ!早く選ばネば―――ンん?悲鳴ガ……消えタ?」


 怪訝な声を出して首をかしげる闇騎士。二人もそれに倣って改めて耳を澄ますと確かについ今しがたまであちこちから上がっていた悲鳴は鳴りを潜めていた。その代わりに空を舞う影が三つ。ド派手な音を立てて土煙を上げたのは三体の闇騎士ダークナイト。思わず長耳族達の魔導を放つ手を止めた。


「冷静になれ、脳筋。慌てれば死ぬぞ?ロジャーズ!あんたがいながら何をしている?あの程度の物理障壁スコプルス、脳筋ならいざ知らず、あんたなら斬り裂けるだろう?」


 噂をすればなんとやら、頼れる男が手に着いたほこりをパンパンと払いながら悠々とした足取りで登場した。その声には呆れとため息が混じっていた。


「さて、ここに四体が揃ったわけだが……どうする?まとめて俺が相手をしてもいいが、戦う気はあるか?」


「もちろんだぜ!コケにされたまま引き下がれるかよ!」


「私もだ。君ばかりにいいところ取られては沽券にかかわる。それに、今君からもらったヒントで奴らの攻略法はわかった。一体は私とこの脳筋で引き受けよう。三体は君に任せよう。それでいいか?」


「冷静な判断だ。あんたのそういうところは嫌いじゃない。一体は任せる。残りは俺が引き受けよう。そういうわけだから、隊長達はさっさと後ろの長耳族を倒してきてれ。頼んだぞ?」


 シンヤは背後に集まってきた生き残りの体調を含めた部隊員に声をかけた。その数はわずか五人で無傷な者は誰一人としていながまだ作戦を継続できるだけの体力も戦意もある。そう彼らの目が強く訴えている。


「任された。その信頼に応えて見せよう。行くぞ!」


 隊長の号令で再び長耳族に向けて特攻を仕掛ける五人の戦士。その前に立ちふさがる四体の闇騎士達。そのリーダーと思しき者は呵々大笑して立ちふさがる。


「愚かナリ!コこの通行料は貴様らの命ダ!死ぬがヨい!」


 四体が一斉に剣を構える。それはさながら裁きを下す断罪のギロチンだ。そこに自らの意志で飛び込んでいく勇気ある戦士達。彼らの防御力、敏捷力ではそれを回避するのはほぼ不可能だ。しかし彼らは怯むことはない。何故なら―――


 ―――星斂闘氣せいれんとうき総集そうしゅう止水しすい


 ―――堕栗花鬼雨ついりのきう―――


 さながら激しい雨のように斬撃が上空から四体の闇騎士に向けて降り注いだ。それらは味方には一切当たることはなく敵の身体にだけ直撃した。その雨の一粒一粒刃の雨は頑強な鎧の上から深い傷を負わせるだけでなく膝をつかさせる圧も有していた。


「鬼の怒りを含む雨の前では、貴様らの鎧は紙切れ同然。さぁ、どっちが愚かかはっきりさせようか?」


 蒼刀の切っ先を敵に突きつけて不適に笑う。しかしそれは仮面の中に隠れているのでシンヤの表情は誰にもわからない。

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