第27話:再会は戦場で①

 開戦のときは来た。人界騎士団正導騎士序列第三位サラティナ・オーブ・エルピス率いる人界軍約五千の兵団は『アンピュリダン平原』に陣を張り【闇の軍勢ケイオスオーダー】を待ち構えていた。


 シンヤを含めた遊撃隊改め奇襲部隊、総数二十名は主力部隊から離れた左翼側に陣取っていた。遮蔽物も何もない見通しのいい平原で隠れる場所もないのだが、彼らは皆堂々とした格好で立っている。その最たる理由はこの部隊に唯一配属された魔導士による隠蔽の術が彼らに施されているためだ。


「戦闘に前に予め隠蔽の魔導をかけた奇襲部隊を編成し配置。主力部隊が戦闘に入ってから頃合いを見て左翼から突撃。戦場をかき乱してください」


 単純だがそれ故に嵌れば戦況で優位に立てるだろう。加えてこの平原を決戦場と定めた時点で人類軍は斥候と魔導士による結界を設置して敵の奇襲部隊の配置を警戒してきた。


 さらに激突地点を予測して多種多様な罠を仕掛けてある。迎え撃つ側に断然有利状況はすでに完成している。しかし総大将であるサラティナには一抹の不安があった。


「敵の総大将は魔皇帝の側近、サタナキアプート。正導騎士序列第七位のモナカ・カーカフを退ける豪傑。知略を凌駕する圧倒的な暴力。この程度の罠で果たして止まるのか……」


 重傷を負いながらも帰還を果たしたモナカから病床で聞いた話では、敵大将は身の丈ほどもある大太刀を振るい、さながら暴風のようであり、そのただなかにいてはいかに正導騎士であってもか弱い存在なのだと。


「サラティナ様。まだ悩んでおられるのですか?大丈夫です、我らの勝ちは揺るぎません。事前策も陣取りも万全。主力部隊の士気は高く、奇襲部隊の配置も完璧。前線には正導騎士様がお二人もおられるのです。負けるはずがありません!」


「それは浅慮ですよ、コンセイユ殿。意志ある者同士が戦えば、想定外のことが起きると想定していなければなりません。ですから思考を止めてはなりません。我らの選択がここに集った強者たちを死に追いやることになるのですから」


 サラティナは再び地形図と睨め合いを始める。やはりこの勝敗を左右するのは奇襲の成功の可否か。わずか二十足らずの少ない編成だが、そこに配置したのはオルデブランも認め、同輩のパンちゃん―――パンテラを先の大会で圧倒した仮面の実力者。


「素性のわからない者に命運を預けるのはいささか以上に不安ですが……頼みましたよ、仮面の戦士さん。私はこんなところで敗れるわけにはいかないのです。彼の住む世界を護ることが私の生きる理由なのだから」



 ******


「―――くしゅん。誰か噂しているのか?不吉だ……」


「おいおい、大丈夫かよ?これから戦争するっていうのに体調不良とかやめてくれよ?サラティナ様に言われたが、俺達の暴れ具合・・・・がこの戦争の勝ち負けを決めるって言われたら―――戦士として滾らないはずがないだろう?」


「ロックフォーゲル殿、あなたは少々野蛮です。ですが、そうですね。正導騎士において誰もが天才と評し、絶世の美貌の持ち主であるサラティナ様に期待されて喜ばないものはいませんね」


 そうだろう、そうだろうと肩を組んで笑うロックフォーゲルとロジャーズの二人。陽気で愉快なロックフォーゲルと理路騒然と騎士然としているロジャーズは一見すると水と油だがこの短期間で奇跡的に打ち解けていた。その理由は総大将たるサラティナからの声掛けが要因だったりするのだが、シンヤの心中は穏やかではない。


「気持ちはわかるがそろそろ静かにしろ。敵軍が見えてきたぞ」


 視線の先、まだ豆粒程度にしか見えないけれど、確かに黒の大集団が確認できた。そして斥候から続々と情報が入ってくる。


小鬼ゴブリン族、狼人ウェアウルフ族、豚人オーク族が前衛、後方に長耳族と総大将に山羊頭か。数の小鬼に速度の狼、豚の力で無理やりこちらの陣を突破するということか。となると後方に控える長耳族が面倒だな……」


 シンヤは受け取った情報を冷静に分析していく。自分が思いつくことは間違いなくサラティナも思いつくことだろう。つまり、シンヤ達奇襲部隊が仕掛ける先は敵陣後方に控える長耳族の魔導士部隊となるだろう。


「それにしても、ここまで情報が筒抜けになるとは敵さんも随分余裕だな。それとも俺達はなめられているの?」


「その両方だろう。人間を自分たちより下位の存在と決めつけている。だからこそ奴等にとってこれは戦争・・ではなく蹂躙・・なのだろう。だが、だからこそ付け入る隙は十分にある」


 にらみつける先は敵軍勢。その中でもひと際目立つ山羊頭の怪物。身の丈ほどある大太刀を背中に担ぎ、重厚な殺気をなりふり構わず放っている。まだ大分距離があるにも関わらずそのプレシャーは肌に突き刺さる。兵士の中には恐怖を感じて震える者もいるだろう。


「ハハハ……こいつは、確かに俺達を矮小な存在と認識しても仕方ねぇわ。俺なんか足元にも及ばねぇなこりゃ」


「そうですね……私もそれなりに研鑽を積んできたつもりですがあれの前では赤子同然でしょう。我々は―――勝てるのでしょうか?」


 珍しくロックフォーゲルとロジャーズが二人揃って弱音を吐いた。彼ら以外の奇襲部隊の隊員達も心なしか足が震えている。シンヤはやれやれと頭を振った。


「言っただろう?付け入る隙は十分にあると。それに俺達の仕事は奇襲だ。あの山羊頭と戦うのは正導騎士に任せればいい。俺達が狙うのは敵魔導士部隊。その全員を殺す必要はない。ただかき乱して前衛への援護を妨げればいい。もし山羊頭と戦うようなことがあればその時は―――俺がその首を落としてやるから安心しろ」


 シンヤはただ静かに宣言した。だがその妙な自信と態度はロックフォーゲル達の恐怖に呑まれかけた精神を掬い上げた。


「もう少ししたら大将から似たような指令が似たような台詞が添えられて届くだろうさ。俺程度が思いつくようなことを、我らが大将が思いつかないはずがないからな」


 シンヤの予見した通り、間もなくして伝令係がサラティナの指令を持ってやってきた。その中身はこれも予見した通りのものだった。

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