第26話:迫る軍靴の響きと再会の刻⑤

 オルデブランからの通達から二週間後。シンヤやパンテラのみならず選抜武芸大会に出場した強者達は中央塔に呼び出しされた。そこにいたのは此度の戦に参戦する五千の兵と壇上には完全武装した彼らを率いる正導騎士のナスフォルンやホランド、さらに今回の総指揮官であるサラティナ、加えて正導騎士の頂点たるオルデブランもいた。


「諸君!迫る敵軍の軍靴に臆することなく集まってくれたことをまずは感謝する!これから始まるのは単なる戦ではない!人が人として生きていくための生存を賭けた戦いである!我らの敗北はすなわち人類の滅亡を意味する!故に!我らは勝たねばならぬ!同時に生きねばならぬ!だから俺からは命令は単純だ!戦え!勝て!そして生きろ!死ぬことは許さぬ!そして!【闇の軍勢】から人類を護るのだ!」


 オルデブランの力強い演説。言葉に込めて叩きつけるは勝利へ断固たる意志。それを直立不動で聴いていた兵士たちは皆拳を天に突き上げて雄叫びを上げた。それは太古に存在していた伝説の龍の咆哮を思わせるほどに天と地を震わせた。


 横を見ればパンテラのみならずロックフォーゲルやロジャーズも声を上げていた。ただ一人、仮面を被ったシンヤはただ静かに、直立不動で五千の兵を見つめているサラティナに視線を合わせた。


「此度の戦、諸君の指揮を執るのは正導騎士序列第三位、サラティナ・オーブ・エルビスだ。その実力はみなも周知の通りだと思う。彼女ならば必ずやこの戦い、勝利に導いてくれるだろう!サラティナ、皆に挨拶を」


「なぁパンテラ。俺はサラティナの戦っているところを直に見たことはないんだが、それほどまでのものなのか?」


「それはもう……凄まじい・・・・の一言ですね。なにせ三年前の選抜武芸大会で優勝して、そのまま当時の正導騎士序列三位に勝負を挑み、圧倒的な実力を見せつけて勝利したのです。そしてそのまま今の地位に立っているのです。その戦いを会場で観ていた者ならば、彼女が指揮を執ることに異論を唱える者はいないでしょう」


 当時の序列三位が誰かは知らないが、三年前にすでにその何者かを圧倒するだけの力をつけていたのか。シンヤは当時のことを思い返した。三年前の自分はまだ世界再現ノヴァリスコードは会得しただけで極めてはいなかった。しかし彼女はすでにその時には完成されていたというのだから差を痛感する。


「皆さん。私が今回皆さんの指揮を執るサラティナです。まずは私からも謝辞を。この危機によく立ち上がり、この地に集ってくれました。感謝を。そして、私からも一言。勝ちましょう」


 その声は清流のように静かに、しかしすぅと心に沁み渡る透き通った宣言だった。力強いオルデブランとは対照的だがこの場に集まっている兵士たちの戦意を滾らせるのには絶大な効果を発揮した。


「部隊は左翼、右翼、正面の三つに分けます。単純な部隊分けですが今回の戦場は平地。策は講じますが奇襲を仕掛けるにはあまり向いていません。それに最新の情報でも敵戦力はこちらと同じ五千。ですから、この戦いは純粋に強い・・方が勝ちます。いいですか、強いほうが、勝つのです」


「出立は今日より七日後。陣を取り、敵を迎え撃ちます。事前にお伝えしているかと思いますがこれより各部隊に分かれて練度を高める訓練に移ってください。時間はありませんが出来る限りのことを。では、解散」


 シンヤこと仮面の戦士『二代目双刃』が配属されたのは左翼の部隊。指揮官はナスフォルン。ちなみに大会で戦ったロックフォーゲルやロジャーズと一緒だ。ちなみにパンテラは実の父が指揮官を務める右翼の部隊。サラティナのところにはパンテラと戦った魔導士ペルダンが配属された。


「あぁー俺がお前たちを率いることになったナスフォルンだ。っといってもここにいる奴らは元々俺の部隊の連中だから挨拶もそこまでいらねぇか。その辺はサラティナの嬢ちゃんが気にしてくれたのかね」


 ナスフォルンはやはりというか先ほどの二人とは違ってかなり砕けた調子の挨拶だったが、それはそれで緊張をほぐすのに一役買っていた。強張っていた兵たちの顔に笑顔が見える。


「それと、俺の部隊には頼もしい助っ人がいる。知っている者もいると思うが『剛腕』のロックフォーゲルと新進気鋭の騎士、ロジャーズ。そして選抜武芸大会優勝者の『二代目双刃』だ。短い時間だが、みな仲良くやってくれ!」


「俺からお前たちへの命令は実にするなと言われていてな。お前たちは遊撃隊だ。自由に戦場を動き回ってひたすらに敵を斬れ。この短時間で指揮系統に組み込んでも逆に動きを制限されるだけだからな。好き勝手やってくれ」


「おいおい!そんなんでいいですか!?本当に自由に動かせてもらいますぜ?」


「少なくとも私はパンティラス王国で騎士団に所属していましたので小隊に組み込んでいただいても問題ありません!無秩序な動きは戦場に混乱を齎すだけです!」


 にやつくロックフォーゲルと断固として反対するロジャーズはまるで水と油だ。決して二人は交わることはないだろう。ナスフォルンは頭をポリポリとかきながら答えた。


「まぁ、確かにロジャーズ君の言うことは最もなんだがね。だが、それをするとこの軍における最高戦力・・・・に鎖をつけることになるから、それは俺の意志だけでなくオルデブランのおっさんの意志に反する」


 そこでナスフォルンは視線をシンヤに向けた。最高戦力とは人を買いかぶるのはよしてもらいたいものだとため息をついた。だがシンヤとしても自由に動けるに越したことはない。ここにいる誰よりも、シンヤにとってサラティナの命のほうが重いのだから。


「ロジャーズ、お前の言うことは正しい。騎士としてはこれ以上なくな。だが俺は騎士ではない。ただの武芸者だ。秩序を求めるというのはお門違いというものだ」


「―――貴様っ!」


「安心しろ。好きにやらせてもらうが、その代わりにここにいる誰よりも敵を斬ってみせると約束しよう。ロジャーズ、お前に出番はないから剣の錆でも落としておくことだ」


「―――貴様、どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!いいだろう!ナスフォルン様!先の言葉は撤回いたします!私も遊撃としてこの男とともに敵軍を我が剣の錆に変えて見せましょう!」


「ハッハッハッ!いいぜ!お前が何と言おうともお前たち三人の配置を変えるつもりはなかったからな!好き勝手暴れろ。それが唯一の命令だ。頼んだぜ」


 ナスフォルンからの話は終わったが、シンヤを含めた三人は右翼隊から選抜された兵士と合流して彼らに与えられた独自の作戦の説明を受けた。先ほどの演説でサラティナが話していた件だ。この作戦の可否が戦いの趨勢を決すると言っても過言ではなかった。


「やれやれ……なんとも荷が重い話だ」

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