第22話:迫る軍靴の響きと再会の刻①

 選抜武芸大会の表彰式を取りやめてオルデブランは急ぎ足で中央塔エンブレマに戻るや否や選都に常駐している正導騎士全員に招集をかけた。半刻をしないうちに今いる全員が集まった。


「急な呼び出しですまない。皆、よく集まってくれたな」


 円卓に置かれた席の数は全部で十二があるが全て埋まっていない。五つある空席は東西南北に散らばって任務に出ている騎士達だ。それでもこの場に半数以上の騎士を呼ぶことができただけども僥倖だ。


「全てのことを放棄してでも招集に応じよとは穏便ではないですな。一体何事ですか?」


 正導騎士第五位、ホランド・シュロスバーグ。


 槍術の名手にして齢五十を超えてなお研鑽を続ける老骨の猛者。一人娘のパンテラを溺愛しており、いずれは己の後継者として据えられるように厳しい鍛錬を課している。


「なぁなぁオルデブランさんよ。俺たちを呼んで何を始めようってんだ?序列入れ替え戦はまだ先はずだぜ?」


 正導騎士序列八位、ナスフォルン・ケーファ。


 傭兵上がりで軽薄な見た目だが、それに反して剣技・魔導ともに優れている万能型の騎士だ。正導騎士という雲の上のような存在でありながら誰に対しても分け隔てなく接するので選都に住む者達からの好感度は高い。


「ナスフォルン、あんたの実力で誰に挑むと言うのだ?むしろ足元を疎かにしていてはいずれ掬われるぞ?次の入れ替え戦、精々気をつけることだ」


 正導騎士序列十位、エドガー・ジェラット。


 名家の出身で典型的な貴族主義の男。魔導も才能も剣士としての隔絶した力を有している。十位に配置されているのが気に食わず、平民で傭兵上がりのナスフォルンに何かと食ってかかる。


「はいはい、うるさいよお前達。ここは動物園じゃないんだ、やるなら檻の中でやったらどうだい?」


 正導騎士序列六位、アリエス・ハヴィガースト。


 エドガーと同じく実家は貴族だが家柄に固執していない変わり種。魔導士として超一流で、基本四属性である火・水・風・土に適性がある天才にして常に気だるくしている妖艶の美女。色気のある肢体に容姿だが、目を引くのは左目にしている大きな眼帯。その奥には魔眼が封じられているとかいないとか。真実を知るものは少ない。


「五月蝿えよ、雑魚がぴーちく喚くな。これじゃいつまで経っても会議が始まらねえだろう。これ以上邪魔するようならその面叩っ斬るぞエドガー」


 正導騎士序列第二位兼人界騎士団副団長、ライエン・クルンボルツ。


 逆立つ白髪、端正な顔立ちをした美丈夫だが如何せん目付きが猛獣のそれであり口も悪い。加えて額から口元近くまで大きな傷があるので厳つさが倍増だ。その見た目に相応しい荒々しい攻撃は狙った獲物を確実に殺す。彼から逃れた敵は一人だけと言う。


「口が悪いですよ、副団長。そんなことじゃ団子屋のプラムちゃんに嫌われますよ?」


 正導騎士序列第三位、サラティア・オーブ・エルピス。


 いつものように黒髪を一つに結った美女はニコリと笑みを浮かべながら向かいに座る上官に喧嘩を売る。当然のようにアンタレスは額に血管を浮かび上がらせて激昂するが彼女はどこ吹く風だ。


「はいはい、お前らが変わらず元気で俺は嬉しいぞ。だけどそろそろ始めていいか?端的に言うぞ。北の【オルビエント】に派遣しているモナカ・カーカフから暗部を通して連絡が入った。【闇の軍勢ケイオスオーダー】が大軍を率いて選都に向かっている。初の大規模な戦争だ」


 正導騎士序列第一位兼人界騎士団団長、オルデブラン・アウトリータは荘厳な声で厳然たる事実を伝えた。


 その内容に一同息を呑み、弛緩していた空気が瞬時に緊張に包まれる。その様子に満足したのか、オルデブランは言葉を続ける。


「すでに敵の軍勢はオルビエントの国境をすでに抜けてこちらに一直線に向かっているとの情報だ。その総数はおよそ五千。しかも指揮しているのは魔皇帝の側近との話しだ」


「それは誠ですかオルデブラン様! 魔皇帝の側近がまさか初戦の指揮を執っているなど何かの間違いではなのでは!?」


「エドガー、お前の疑いたい気持ちはわかるが、これは紛れもない事実だ。現に報告では偵察の任に当たっていたモナカが戦闘を行なっているとあった。小競り合い程度で済んで命に別条はないが戦線復帰は当分無理とのことだ」


「そんな…我ら正導騎士ですら及ばないと言うのか…?」


「っお、ジェラットの坊ちゃんはビビっておいでか?なら部屋の隅で膝を抱えていたらいいじゃないですか?」


「黙れナスフォルン!ビビってなどおらん!むしろ今すぐにでもその側近とやらの首を落としてきて見せよう!」


 それを鼻で笑うナスフォルン。さらに怒り狂い今にも切り掛かりそうになるエドガー。この二人のやり取りは恒例行事であり普段なら微笑ましい光景なのだが今はそうではない。ライエンが円卓を叩き割らんばかりに殴り付けた。


「いい加減にしねぇか!テメェらの乳繰り合いをのんびり眺めているほど時間に余裕はねぇんだよ!まだ続けるって言うなら今すぐこの部屋から出て行けクソが」


「ライエン…お前も落ち着け。まぁいい。話を進めるぞ。この進軍に対抗するために北のオルビエントを除いた三国から兵を集めてこちらも同等数の兵力でこれを迎え撃つ。指揮官はサラティナ、君に任せる。副官としてホランドとナスフォルンを配置する。俺を含めた残りの正導騎士は選都に残り後詰だ。万が一に備える。異論がある者はいるか?」


「俺が後詰めだと?巫山戯ているのかオルデブラン!それに指揮官がサラティナだと?こいつは軍の指揮経験はないんだぞ!?そんな奴をこの初戦でぶつけるなんて正気の沙汰とは思えんぞ!」


「さすが副団長、部下思いだこと。だがなライエン。初戦だからこそサラティナなんだ。この程度・・・・の衝突は序の口だ。これから嫌という程起きるだろう。だからこそ早いうちに経験を積んでおくに越したことはない。そのためのホランド達だ。安心しろ、サラティナなら問題ない。そうだろう?」


 そこで固く瞑目しているサラティナに話を振る。六人の視線が一気にサラティナに集中する。しかし臆することなくゆっくりと眼を開けて、言葉を紡ぐ。


「えぇ、問題ありません。五千の兵を持って敵兵力の悉くを葬って見せましょう。ライエン副団長の手を煩わせることなく、側近とやらの首も執って参りましょう」


「よく言ったサラティナ!話はこれで終わりだ!進軍速度から鑑みて敵軍との邂逅はおよそ一ヶ月後だ!早急に軍を編成して迎え撃つぞ!使える者は傭兵だろうと徴兵しろ!これは人類の存続をかけた戦いの始まりだと肝に銘じろ!これにて会議は終了する!皆、頼んだぞ」


ついに、人類の存続をかけて【闇の軍勢ケイオスオーダー】との死闘が始まる。

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