第23話:迫る軍靴の響きと再会の刻②

 選抜武芸大会から三日後。シンヤはオルデブランから呼び出しを受けて中央塔へと向かっていた。その際に素顔ではなく例の仮面を被って来るようにと言われた。大会も終わったのだからもういらないだろうと思ったが、流石に流れ者の自分が中央塔に行き、さらには正導騎士序列第一位に会うというのは変な疑いを持たれかねない。まぁシンヤとしては気にするところではないのだが。


「あぁ、あなたも呼ばれていたのね。まぁ先の大会で優勝したのだから当然よね」


「パンテラ・シュロスバーグ。お前も来ていたのか?呼び出し人はまさか―――?」


「そうよ、オルデブラン・アウトリータ様。突然呼び出されたらか驚きましたが、あなたがここにいると言うなら納得です」


 それ以上は言わず、パンテラは中央塔の中へと入っていった。彼女の父は正導騎士の第五位だ。おそらくこの呼び出しにある程度の当たりがついているのだろう。それをこの場で口にしないと言うことは直接本人から聴けと言うことだろう。


 例の昇降機に乗り、すぐに呼び出し人であるオルデブランの待つ部屋に到着すると扉の前で待機していたナスフォルンとホランドがいた。ナスフォルンは胡散臭い人懐っこい笑みを浮かべながらあの時と同じように扉を開けた。


「二人ともよく来てくれた。表彰式をすっぽかした上に何も言わず呼び出しをして申し訳ないが、何分火急を擁する件なものでな。許してくれ」


「いいえ、オルデブラン様。貴方様からの呼び出しであればこのパンテラ・シュロスバーグ、いかなる場所にいようとも馳せ参じてみせましょう」


「……謝罪はいらない。何故呼び出したか、その理由を教えてくれ。あと、なんでここに正導騎士の序列五位と八位がいる?選抜武芸大会の表彰の続きではないのか?」


 パンテラは恭しく片膝をつき礼を尽くせば、仮面を被ったシンヤは憮然とした態度で問いを投げる。対照的な態度にナスフォルンは膝を叩いて笑い、ホランドは顔をしかめてシンヤを睨みつける。


「いい、俺は気にしていないし仮面君の問いは至極最もだ。だから殺気を抑えろ、ホランド。さもないと地を這う羽目になるぞ?」


「―――かしこまりました。失礼した、仮面の戦士よ」


「そんなことより話を先に進めてくれ。重ねて聞くぞ、何故俺達をこの場に呼んだ?」


「……近々、【闇の軍勢ケイオスオーダー】が五千の兵力でもってこの地に攻め込んでくるとの情報が入った」


 頭を下げていたパンテラが驚きのあまり思わず顔を上げる。シンヤは腕を組み、泰然自若を崩さない。オルデブランは話を続けた。


「我等としても早急に出兵の準備を進めているが実力者は一人でも多いに越したことはない。そこで、先の大会で飛び抜けた実力を見せた戦士を遊撃部隊の一員として迎え入れたいと思ってな。特に君達二人はその中でも筆頭候補だ。本来ならば人界騎士団の部隊長級でスカウトしたいところではあるんだがな」


「なるほど。と言うことはそこにいる正導騎士の二人は直属の上官になるというわけか?事実上、俺達に拒否権はないのだな」


「貴様!オルデブラン様が我等の力を欲しているのだぞ!それに、【闇の軍勢】を前にして剣を取らぬと言うのは騎士である前に人としてありえない!」


「黙れよ、パンテラ。俺は俺の目的があってここにいるんだ。呼びつけておいて【闇の軍勢】と戦えだと?ふざけるのも大概にしろよ人類最強。俺との約束を反故にしておきながら、己の求めだけ通すのか?それはあまりに都合が良すぎるのではないか?」


 シンヤは仮面越しではあるが怒りを込めてオルデブランを睨みつける。ただでさえ大会優勝者の特権として正導騎士との手合わせ、すなわちサラティナとの再会を目前にしながらもその機会を奪われたのだ。その上でこの拒否権のないと言う要請とくれば怒らないのは聖人君子くらいのものだろう。


「……今回の戦いの総指揮を取るのは正導騎士が序列第三位、サラティア・オーブ・エルピスだ。彼女にとって大軍を率いての戦争は初めてのこと。少しでも戦力増強をしたいと考えるのは、師として、そして人界騎士団団長として当然のことだと思うがね?」


「オルデブラン・アウトリータ……貴様っ」


 シンヤの怒りが瞬間的に頂点に到達する。溢れ出る殺気は全開で、パンテラだけでなくホランドやナスフォルンでさえも冷や汗が噴き出て焦るほどに濃密で、喉元に死神の刃を突きつけられたような錯覚を覚えた。だがオルデブランは動じることなく瞑目しながら穏やかな声で言葉を続ける。


「敵軍の大将は正導騎士すら退ける魔皇帝の側近だ。だが、君が遊撃部隊に加わってくれると言うのなら、我等の勝利は固い。俺はそう思っている」


「……いいだろう。その話、受けてやる。だが覚えておけよ。この戦いが終わったら俺の気が済むまでお前を殴る。絶対にだ」


「構わんさ。お前さんはそれでいい。ただ大切な人を護るためだけに戦え。お前さんはナスフォルンの部隊に配属するが戦場では自由に動け。俺が許す。ナスフォルン、彼の言動行動に文句がある奴は全て俺のところに来るように伝えろ。これは命令だ。いいな?」


「わ、わかりました!全ては団長の意のままに!」


 突然話を振られて驚いたのか、ナスフォルンは無駄に背筋を伸ばして声を上ずらせながら答えた。


「よろしい。パンテラ、君はお父上であるホランドの部隊に配属する。存分に槍を振るい、【闇の軍勢】から人類を護ってほしい。期待していいるぞ」


「は、はい!ありがとうございます!ご期待に添えるよう、全力を尽くします!」


 パンテラは地面に額がぶつける勢いで再び頭を下げた。


「話は以上だ。二人とも退出してくれ。ナスフォルンとホランドはこのまま残れ。少し話がある」


 シンヤは無言で振り返り部屋を出て行った。パンテラは一礼してからその後に続いた。二人を笑顔でオルデブランは見送った。


「オルデブラン殿、彼は一体何者ですか?仮にも人界騎士団の団長である貴方に対してあの物言いといいあの殺気といい、彼は本当に我等の味方なのですか?」


 開口一番、苦虫を噛み潰したような顔で話しかけてきたのはパンテラの父であるホランドだ。この場で仮面の戦士こと『二代目双刃』の正体をシンヤ・カンザシと知らない彼は、あの態度に納得いっていない。一ヶ月前に褐色の長耳族(ダークエルフ)を捉えたのもシンヤであることも当然知らない。故にあの態度が許せないのだ。もちろん、先の試合で愛する娘を痛めつけたことも怒っている理由でもある。


「あいつは俺達の味方だ。それは間違いない。ただ…その根拠というかそうである理由はちと複雑というか…俺の口からは言えん。それこそあいつに斬られてしまう」


「ホランドのおっさんよ。自分の愛娘がボコられたからってそう怒るなって。ありゃ規格外の化け物だ。それが俺達の味方でいてくれる。その事実だけで良しとしておこうぜ?それ以上深く突っ込んだら、それこそサラティナの嬢ちゃんを利用しよなんて考えたら…あんた、死ぬぜ?」


 ホランドはナスフォルンの不敵な笑みを見て薄ら寒いものを感じた。彼の言う通り、万が一にも人界騎士団に不利益を齎すと言うのならあの男が何故か(・・・)ご執心である第三席を今後も利用すべきだと進言しようとしていた。だがどうやらそれは悪手のようだ。それも最悪な部類に入る。


「何はともあれ、これであいつもこの戦いに参戦してくれる。これは非常に大きいことだ。ナスフォルン、先も言った通りあいつには自由に行動させてやれ。それが俺達にできる最大限の罪滅ぼしだ。くれぐれも頼んだぞ」


「任せてくださいよ、団長。俺からも話しておきますんで、そう気に病まないでください」


「あぁ。宜しく頼むよ。ホランド、お前の一人娘をいきなり戦地に立たせることになってしまい申し訳無いな。いざと言うときはすぐに下がらせろ。戦線の維持も大事だが、万一の際は父として判断しろ。彼女のような若い騎士は、なるべく死なせたく無い」


「勿体無きお言葉です、団長閣下。ですがあの子も戦士です。この程度の戦場で命尽きると言うのなら、それはあの子の運命だったまでのこと。どうかお気になさらずに」


「俺は仲間に恵まれたな…二人とも、引き止めて悪かったな。時間がない中で大変だとは思うが、休める時は休んでくれ。戦う前に疲れてしまっては元も子もないからな」


 御意、と二人は胸に右手を当てて返礼してから退出した。一人残されたオルデブランはすうっと息を吐いて天井を見上げて呟いた。


「やってやるさ。【闇の軍勢】は俺達の代で滅ぼしてみせるさ。これ以上、あいつらの好きにはさせない」

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