第21話:選抜武芸大会⑧
パンテラは魔力流脈を通じて全身に魔力を行き渡らせる。一層激しく脈が浮き出て琥珀色に輝くがそれに構っている余裕はない。痛みを訴える腹部に喝を入れて殺意を込めた視線を仮面に向ける。宣言したように、ここから先は文字通りの全力だ。正導騎士である父に習い、研鑽を積んできた槍術を繰り出さなくては勝てる見込みはない。
「―――行きます!」
放つは突進からの連続技。狙いは両肩から喉元、さらにヘソにかけて貫きその身に十字を描く。数は先の十連撃には及ばないが、反面その速度は先の比ではない。ほとんど同時に放たれるその神技の名はーーー
「シュロスバーグ流槍術―――サタブロス・ノスト!」
間合いは槍を持つこちらが支配している。ましてや強度を上げたことで速度も威力も増しているこの技を回避することはそれこそ正導騎士でなければ不可能だ。
―――
「洗練されたいい技だ。相当鍛錬を積んだのだな。だが、俺に当てたければ『ほぼ同時』ではなくて『
「―――っく!そんなバカな…・・迎撃したの!?」
仮面の戦士の身体に纏わりつく紫電の数と濃さが増したかと思えば、右の赫刀をこちらの槍の軌道にぶつけて相殺した。それに終わることなく嫌味のように一撃が追加されて飛んできた。引き戻した槍で何とか捌く。動揺している暇はない。
「シュロスバーグ流槍術―――クライス・テンペスタ!」
風の魔導を刃に発動。旋風を巻き起こしながら下段に構えた槍を振り上げる。当然のように回避されるがこの技は一撃では終わらない。足を入れ替えながら左足を軸にして回転して振り下ろし、槍を持ち替えてさらに振り上げる。さらに続けて今度は横に薙ぐと、止まることなく再び持ち替えて袈裟切り。その姿は嵐そのものだ。
「いい技だ。圧も速度も威力も必殺の域だ。これは見誤ったか。蒼刀で消してもいいが……折角だ、少し本気を見せてやろう。これを手見上げに敗北を知るといい」
嵐の中を回避しながらあえて左の蒼刀を納刀して一刀を構える。
―――
―――三千世界武の極み―――
赫刀が発光する。その色は白銀。しかし如何に美しい輝きを放つ刃であっても荒れ狂う嵐に立ち向かうにはあまりに頼りない。パンテラはその蛮勇に等しい特攻に勝利を確信した笑みを必死に抑えた。
白銀に煌めく刃と暴風の槍が接触した瞬間、ガラス細工が砕け散るかのように荒れ狂う風が突然霧散してかき消えた。パンテラはもちろんのこと、仮面の戦士を除いたこの場にいる全ての者達が驚嘆した。
十連撃を相殺された時とは比べものにならない動揺がパンテラを襲う。ありえない。槍に施した狂嵐の魔導が強制的に消滅させられた。相殺などと言う生温いものではない、これは魔導の発動そのものが無効化されたのだ。下段からの振り上げによって上方に流れた姿勢を立て直すことも忘れるほどにパンテラは混乱した。
―――星斂闘氣・最中・紫電―――
―――
その致命的な隙を見逃してくれる程甘くはない。空か降り落ちた豪雷を鳴り響かせながらその一閃は放たれて、パンテラが認識するよりもはるかに早く彼女の身体は地面に伏した。
「が……あがぁ、はっ……」
立ち上がることも出来ず、言葉も発することができず、じんわりと地面を流れ落ちる己の血で染めていく。
『け、決着――――!!勝者は『二代目双刃』選手だ!!まさかまさか!パンテラ選手の魔導が突如消えたかと思えば気付けば(・・・・)パンテラ選手は地に沈んでおりました!私の目では何が起きたか理解できませんでしたが、それほどまでに尋常ならざる一撃でした!』
興奮冷めやまぬ口調でまくし立てる実況者。その声を聴きながら白衣をきた救護班と思われる人達がパンテラを担架に乗せて急いで運んで行った。容赦なく斬ったが命に関わるほどの深い傷ではない。失った血はすぐには戻らないが治癒魔導で傷自体はすぐに塞がるだろう。
仮面の戦士―――シンヤは刀を納めて大きく息を吐き出して昂ぶった気を鎮める。パンテラの実力を低く見積もっていたこともあって、あの乱撃には驚かされたがそれでも余裕を持って対処できる範囲だった。【星選の証】を持つ戦士の身体強化の上昇値も把握することも出来たので、優勝景品目当てで参加したが十分な収穫を得ることができた。
『パンテラ選手も見事でした!あの乱撃はかの大戦士、ホランド・シュロスバーグ様を彷彿とさせるものでした!彼女の奮闘に惜しみない拍手を!そしてそんな彼女を打ち破った仮面の戦士こと『二代目双刃』選手には万来の拍手を!』
これまでで一番の地鳴りにも似た拍手と歓声をこの身で浴びる。これにはさすがのシンヤも初めての経験で感動を覚えずにはいられなかった。
『さて!このまま表彰に移らさせていただきます!早速ではありますが優勝者への一言をこの方にお願いしましょう!正導騎士序列一位、人類最強のオルデブラン・アウトリータ様、宜しくお願いします!!』
とう!と掛け声とともに巨体を器用に空中で回転させながらアリーナに降り立ったのは髭面の中年男性。腰に大剣を帯び、羽織る外套は超一級品。発する圧は殺意こそないもののビリビリと肌を焦がす。オルデブランその人が降り立った。
「おう!まずは優勝おめでとう、仮面の戦士君!摩訶不思議な技ではあったが鍛え抜かれた刀技であるのは一目瞭然だ!実に素晴らしい攻防だった!久方ぶりに感動したぞ!」
「……そいつはどうも」
「この感動を言葉にしようとしたら、それこそ酒を飲みながら夜通しかかるがそれはまたの楽しみにして本題に入ろう。優勝者に与えられる特権。君は何を望む?」
「俺の望みは一つだ。正導騎士が序列三位サラテ―――」
「オルデブラン様!あぁよかった!こちらにいらしたんですね!本当に良かった!」
その名を口にしようとした瞬間、第三者が割って入ってきた。その姿は頭からすっぽり黒一色で覆われていて顔さえ見えない。だが声からはやんごとなきことだと言う雰囲気が伝わってきた。
「おう、俺はここにいるが何事だ?見ての通り今は表彰式中だぞ?何かやばいことでも起きたのか?」
「は、はい。実は―――」
オルデブランに近づき、耳元で何事かを伝えられてオルデブランの表情が険しくなる。それに気付いたのは間近に立つシンヤだけだろう。他の観客は皆ポカンとした様子で伺っている。
「―――なるほど。わかった。すまない仮面の戦士君。君の望みは後日、改めて
ふざけた台詞を最後に残してオルデブランと消えた。それに続いて黒も闖入者もシュンと音を残して立ち去った。残されたシンヤはわけがわからず立ち尽くしていたが、やれやれとため息をついてアリーナを出ることにした。こんな珍妙な空気の中で望みを宣言しても失笑を買うだけだ。
涙声で必死に取り繕うと声を上げる実況者のプロ根性には頭が下がると同時に申し訳なく思いながらシンヤは闘技場を後にした。この訳は必ずふん縛ってでもキリキリとオルデブランから吐かせてやると決意した。
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