第20話:選抜武芸大会⑦

『皆さま!大変長らくお待たせ致しました!!ついにこの日がやってまいりました!此度の選抜武芸大会も今日が最終日!そう、決勝戦でございます!多くの言葉は必要無し!語るべき逸話は棚に置いて、早速主役の二人に登場していただきましょう!』


 実況者の呼びかけに応えて二人の男女が並んで歩きながらアリーナへと入場してきた。大きな歓声が轟いた。


 方や両の腰にそれぞれ刀を挿した仮面の戦士こと『二代目双刃』。身に纏うは黒。裾が膝丈ほどまである外套を羽織る奇々怪界な戦士だが、その実力を疑う者はこの会場には一人としていない。不可思議だが圧倒的な技量をこれまでの試合で魅せてきた。


 もう一方は華奢な少女、パンテラ・シュロスバーグ。その背に背負うは紅色の長槍。わずかに幼さを残した可憐な容姿の持ち主だがその外見に騙されてはいけない。自由自在変幻自在に槍を操り、尋常ならざる身体能力は近距離で放たれた魔導を傷一つ負うことなく回避して見せる程だ。この会場にいる誰もが、この二人の戦いを観たいと望んでいた。


「フフフ。お願いした通り、決勝まで勝ち残ってくれましたね。貴方の実力なら疑いようはありませんでしたが安心しましたよ」


「それはこちらの台詞だ。と言いたいところだがあんたの力量からすればここに立っているのは必然だな」


「そ、それはどうも。ありがとうございます?」


「だが残念だったな。俺がいなければ優勝間違い無しだったがあんたの常勝街道はここで一度行き止まりだ」


「あら、それこそこちらの台詞ですよ。付け加えればその仮面の下の素顔を私の槍で明らかにして見せましょう」


 試合開始前だと言うのにすでに殺意を視線に込めてぶつけ合う。さぞかし観客は二人の間に火花が散って見えていることだろう。命のやり取りではない戦いには不釣り合いな濃密で重厚な殺気を両者の身体から発せられている。


 仮面の戦士はしゃりん、と鈴の音のような綺麗な音ともに剣を鞘から解き放った。この大会で始めて両手に剣を握り、左足を僅かに前に出して斜に構える。


 対するパンテラは槍を背中から取ってクルクルと手元で回してから右足を前に出して鋒を相手に向けて構える。その様はさながら死刑宣告を告げる処刑人のようだ。


『それでは参りましょう!ここから先は瞬き厳禁!口は閉じてただただ二人の強者の競演に興じましょう!選抜武芸大会決勝戦―――始め!!』


 しかしこれまでと違って両者はすぐには動かない。互いに出方を伺っている。その緊張感が二人だけでなく観客にまで伝わってくる。見合っていた時間はどの程度だったか。


 先に動いたのはパンテラ。神速とも見紛う踏み込みで距離を詰めて風を切り裂きながら槍を打つ。しかし仮面の戦士は一切慌てることなく左の刀を下から振り上げて槍を弾き飛ばした。それによりパンテラの身体が上に流れた隙を見逃さず、続けて右の刀を振り下ろす。


 パンテラはその場で駒のように回転しながら後方に逃れる。同時に態勢を整えて槍を左手一本で持って力任せに薙ぎ払う。それを逆手に持ち替えた右の刀でしっかり受け止めながら左の突きを放つ。舌打ちしつつも首を振ってそれを回避して飛び退くパンテラ。息を飲む攻防に観客は感嘆のため息をついた。


「これは予想以上ですね。素の状態ではこちらが不利とは。それより今の突き、私を殺す気できましたね?」


「さて、何のことやら。にしても上手くかわしたもんだ。油断しているうちに決めようと思ったんだけどな」


「なるほど。ならここから先は全力でいかせていただきます。星痕起動。肉体強化コルプス・リンフォース。さぁ、行きますよ」


 パンテラの首筋から頰にかけて、翡翠色に輝く三本の血管にも似た線が浮かび上がる。あの調子なら服で見えない身体中にも同じような脈が現れていることだろう。あれこそが【星選の証】をその身に刻まれた者にのみ許された身体強化だ。その効果は絶大で、彼女の体は霞のようにかき消えた。気付いた時にはすでに背後を取られていた。


「力を出し惜しむのは結構ですが……それではすぐに終わってしまいますよ?」


 素人だけでなく多少の武術の心得がある者でもその攻撃は一撃に見えただろう。しかし実際に一息のうちに放たれた突きの数は十連撃。パンテラは宣言通り全力で持って仮面の戦士を打倒しに来た。不意打ちに近い形になったが今は試合中、ましてや戦場ならば卑怯などと罵る者から死んで行く。だからこれで終わるならその程度の戦士ということだ。


―――星斂闘氣・とば口・紫電―――


―――万雷乱れ花ばんらいみだればな―――


 身体がバチバチと火花が散ったかと思えば両手がブレて見えるほどの速度で振るわれた。ガキンガキンと鋼鉄が衝突して無骨なメロディを奏でた。仮面の戦士の表情は見えず、パンテラの顔には驚愕が刻まれる。


「どうした?ガラ空きだぞ?」


 隙だらけなパンテラの身体に前蹴りが突き刺さる。寸での所で後方に飛んだので直撃は間逃れたが腹部にダメージを負った。呼吸が苦しくなりガハァと血とともに息を吐き出す。乱暴に口元の血を拭う。


「このような手傷を負ったのは父との稽古以外では初めてです。貴方、本当に何者ですか?今なら実は正導騎士でした、と言われても信じてしまいそうです」


「そんなないだろう。さぁ、どうする?まだ続けるか?俺は一向に構わないぞ?」


「もちろんです。一撃与えたくらいでもう勝った気ですか?それは早計ですよ。仮面の戦士さん」


 パンテラはゆっくりと立ちあがり、再び槍を構える。依然として紫電を身体から放ちながら言葉とは裏腹に油断なく構える仮面の戦士。


 ここから先は文字通り死力を尽くした戦いだ。初めてのことだが負けるつもりは毛頭ない。パンテラは決意と覚悟を決めて槍を握る力をさらに強める。


「ここから、第二幕です」

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