第19話:選抜武芸大会⑥
【
「おぉー来たのかシンヤ!これまで全然顔見せなかったらどうしたのかと思ったぞ!」
「少し気が変わってね。今から試合をするパンテラって子、現役の正導騎士の一人娘なんだろう?確実に戦うことになるか一度見ておこうと思ってな」
案の定カラカルに連絡をしてみるとアリーナを一望できる一等席に一人で陣取っていた。ザイグさんが用意してくれたのだろう。カラカルにこの席を確保できる財力があるとは思えない。
「そうか。確かにこの大会じゃお前の相手になるのはあの子くらいだもんな。おっと間違えた、あの仮面の戦士の、だったな」
「口を閉じろカラカル。試合に出れば気づかれると思っていたが、まさか衣装合わせの最中に鉢合わせるとは思わなかった。痛恨の失態だ」
そう、カラカルにはプルーマ夫人との最後の衣装合わせのときに鉢合わせてしまった。しかもザイグさんとともに。その時のザイグの顔は非常に申し訳なさそうだったのが印象的だ。カラカルにはその時絶対に口外しないことを約束させた。口の軽さが心配だったが問題なかったようだ。
「パンテラさんか。あの子はまだ若いけど将来間違いなく正導騎士に任命される実力を持っているってもっぱらの話さ。最激戦区の予選を難なく突破した実力者さ。昨日の試合もヤバかったんだが―――っお、そろそろ試合が始まるぞ」
促されてアリーナに目を向けると、今まさにパンテラの試合が始まろうとしていた。
『さぁさぁ!皆々様大変長らくお待たせいたしました!!準々決勝第三試合、パンテラ・シュロスバーグ選手対ペルダン選手の対戦です!注目はもちろん!正導騎士第五席ホランド・シュロスバーグ様を父に持ち、父同様に槍の名手であります!対するペルダン選手も魔導師として一流の技量を持っております!魔導の弾幕は間合いに入らせず一方的な絨毯爆撃は圧巻の一言!果たして試合の行方はどうなるのでしょうか!?それでは参りましょう!準々決勝第三試合―――始め!!』
開始の合図とともに動いたのは同時。パンテラは前進、ペルダンは後退。互いに己の間合いを奪われまいとする行動だ。しかし生粋の戦士であるパンテラの方が明らかにその速度早い。そして後退する敵を逃すまいと手にしている紅槍を突き放つ。
「っく―――!?」
寸でのところで身体を捻って串刺しを逃れるが脇腹を切り裂かれるペルダン某。だがこの一撃で終わるはずがない。槍の引き戻しが早い。すでに第二撃目、左手に持ち替えての横払い。だがペルダン某もここまで勝ち上がってきた猛者。自らも傷つくことを恐れず魔導を発動させる。
「
一言、しかしその威力は強大。二人の間に僅かにある空間が爆発した。本来ならこの魔導は対軍に使用する制圧魔導だ。それを近距離で放つなど自殺行為に等しい。その証拠にペルダンは爆風に吹き飛ばされながら地面を転がった。
「ハァハァハァ……これで少しは大人しくなったか?」
多少の傷を負いはしたがこれで間合いを取ることができたとペルダンは確信した。咄嗟に発動したため威力は加減できなかったが如何にパンテラと言えどもすぐには動けない―――
「残念ながら遅いです」
その絶望の声が聞こえたのは背後。振り向く前に全力で身体を前に投げ出したが背中を斬られた。無様に地面を這いながら、見上げた先にいたのは瞳に冷酷さを浮かべた一回りも年下の少女。
「諦めるもよし、戦いを続けるもよし。どうしますか?このまま続けると言うのなら、貴方の心が折れるまで相手をしましょう。思う存分、貴方の魔導を私に見せてください。その悉くを私の槍で打ち払って見せましょう」
「……わ、私の負けだ。降参する」
「そうですか。それは何よりです。彼我の実力差を正確に認めるのも戦いに身を置く者として重要な素質です。対戦ありがとうございました」
パンテラは一礼してアリーナを後にする。尻餅をついたまま呆然とするペルダン。遅れて歓声が響き渡り、興奮した実況者がまるで一観客のようにこの試合の感想をまくし立てる。そして隣に座る男も例に漏れずテンションが上がっていた。
「おいおいマジかよ!なんだよさっきの動きは!?なんであの距離あのタイミングで撃たれた爆裂の魔導を食らって無傷なんだよ!信じられるかよ!なぁ、シンヤ!お前はどう見るよ!?」
「単純な身体強化と体術だろう。ただ【星選の証】が刻まれていると言うことはその強化はただの騎士や魔導師のそれとは一線を画すものだ。次元が違うと言ってもいい。あれでも全開には程遠いだろうな。なるほど、あの若さでこれだけの力を持っていれば増長するのも仕方ないな」
【星選の証】がその身に刻まれた者はそれだけで人類の中でも最高峰に至る資格を得る。その理由はいくつかある。まず一つは保有魔力が莫大なまでに増える。たった一人で一流の魔導師百人分とも言われている。
もう一つがその魔力を身体中に巡らせるために体内に存在する回路、通称『魔力流脈』と呼ばれるものの変化だ。『魔力流脈』の本数は生まれた時点で決まり、鍛錬などで増やせるものではない。つまり本数を多く持って生まれた必然的に一流の魔導師や騎士となるのだが、【星選の証】はその常識を覆す。身体中をめぐる血脈と同化するのだ。それはつまり身体の至る所隅々まで魔力を通すことができるようになることを意味する。
「それによって行われる身体強化は肉体の変容に近い。肉体の余すとこなく魔力が行き渡ることで変容は筋肉だけでなく骨にまで及ぶだろう。それは人のみでありながら夢物語の英雄に近しい存在となるだろう」
だが実際のところ、全開で身体中に魔力を通せば肉体の方がもたないから人を超えた超越者に至ることができるのはこの世界では片手ほどもいないがな、とシンヤはあえて口にはしなかった。
「マジかよ……やっぱり【星選の証】持ちはバケモンだな。それで、あんな化け物を相手にして勝算はあるのか?」
「そうだな。あの程度なら『とば口』か、もしくは『
「おうぅ。なんとかなるのかよ。怖いなぁおい」
そう言ってカラカルは肩を抱きかかえながら体を震わせた。シンヤは一息つくと席を立った。次の第四試合に興味はない。どうせ見たところで準決勝でパンテラに敵うはずがない。ならば見学したところで時間の無駄というものだ。
「俺は先に帰らせてもらうよ、カラカル」
「おいおい、今日はまだあと一試合残っているのにか?」
「観たいものは観れたしな。どうせ決勝は俺とパンテラの試合だ。ならこの試合は消化試合ですらない、ただの見世物だ。ならここにいるのは時間の無駄だ。俺は帰って休むことにするよ」
「は、ははは。すげぇ自信だけどお前の実力を知る身としては否定できねぇわ。ならまたな。明日の試合も楽しみしてるぜ」
「おう。がっつり稼がせてやるから期待してくれ」
この選抜武芸大会の恒例行事として公式に認められたギャンブルがある。参加者の中で誰が優勝するかを賭けるのだが、シンヤこと『二代目双刃』に賭けられている金額は最も少なく、逆にパンテラは最も多い。つまり『二代目双刃』が優勝すれば配当は莫大な額となる。正体を知っているカラカルはかなりの額を突っ込んだそうだ。
「まぁ儲けた分は還元してもらうぞ?祝勝会は盛大にお前持ちで開いてもらうから覚悟しておけよ?」
勘弁してくれよ!と泣き言を述べるカラカルにひらひらと手を振りながらシンヤは決闘場を後にした。
そして。準決勝も快勝した『二代目双刃』とパンテラのよる決勝戦が決定した。その試合がまもなく執り行われようとしていた。
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