第18話:選抜武芸大会⑤

 控え室に戻り、誰もいないことを確認してからシンヤは仮面を外した。通気性も抜群なので着けたままでの戦闘も苦ではないのだが、さすがに着けっぱなしで長時間過ごすのは精神的に気が疲れる。


 ちなみに先の戦闘はシンヤにしてみれば大した苦でもない。星斂闘氣を使ったとは言え入り口で全力の半分にも満たない。疲労を覚えるはずがない。


「人類側の人手不足もここに極まれり、だな。あれで期待の若手だと言うのだから世も末だ。あれで正導騎士になると豪語するのだから彼らも安く見られたものだ」


 いささか以上にシンヤは呆れていた。この大会が大陸中の名だたる戦士たちを集結させた言うからどの程度のモノか期待していたのだが、本当に嘆かわしい。


「今日の俺の出番は終わりか。さて、この暇をどう潰すか―――」


 考えを巡らせていると人が訪れる気配を感じ取り、シンヤは手早く仮面を被りなおした。まだ正体を晒すわけにはいかない。


「突然申し訳ありません。こちらに『二代目双刃』選手がいると聞いたのですか―――?」


「―――どちら様でしょうか?」


 控え室に一人やってきたのは十代後半の女性。バトルドレスに軽そうな胸当てと籠手を身につけており、騎士というより武人のような佇まいだ。猫のような愛らしい瞳の中には負けん気の強さが伺える。素顔だが化粧の一つでもして舞踏会に参加すれば紳士達から声をかけられて気の休まるときはないだろう。


「申し遅れました。私はパンテラ・シュロスバーグと申します。決勝戦まで対戦することはありませんが、その前にお会いしておきたかったものですからこうして参りました」


 パンテラ・シュロスバーグ。この大会では間違いなく随一の強さを誇る女武将。ロックフォーゲルやロジャーズなど歯牙にも掛けない真の実力者。それもそのはずで彼女の父は人界騎士団に所属しており正導騎士の一人でもある。そんな父から幼い頃から手解きを受けていたとなれば基本的な能力が低いはずもなく、同時に彼女もまた【星選の証】を得ている。必然、彼女こそ真なる優勝候補の筆頭である。


「これはこれは、ホランド・シュロスバーグ殿のご息女であるパンテラ殿が私のような能無しの戦士に何の御用でしょうか?」


「ご謙遜を。昨日の試合と先ほど行われた試合、拝見いたしました。見事な刀術・・でした。技自体は初めてのものですが、とても洗練されていました。その域に達するまで血の滲むような努力をされたのですね」


「……」


「しかし、貴方は明らかに実力を隠している。そのことを非難するつもりはありません。私もそうですから。ですから、私が貴方に本気の力を出さしてみせます」


「それは……実に楽しみです。ではまずはお互い、決勝戦まで勝ち残らなければなりませんね」


「えぇ。貴方に限ってはあり得ないと思いますが油断なさらぬように。私と戦う前に負けるなど許しませんよ?」


「……その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、パンテラ殿」


 思わずシンヤは挑発に挑発で返した。己が選ばれし強者だと信じて疑わない純粋なまでなその態度にカチンときたのだ。パンテラは意に返した様子もなく、むしろニヤリと笑みを浮かべた。


「貴方と言う人が少しわかった気がします。表情にも態度にもみせませんが、強者に対する劣等感を言葉の端から感じました。益々貴方との試合が楽しみになりました。それでは、お疲れのところお邪魔しました。決勝でお会いしましょう」


 彼女が部屋を後にするのを見届けてから、シンヤは無意識のうちに拳を強く握りしめた。言いたい放題言ってくれたものだと感心もした。だからこそ彼女に僅かだが敵意を覚えた。パンテラは人の心をわかった気でいるようだがそれはこちらも同じこと。


「その鼻っ柱、へし折ってやる」


 大人気ないことだと我ながら思うが、売られた以上は倍にして返してやる。師匠もよく「やられやらやり返せ!倍返しだ!」とかケラケラと笑いながら言っていた。ならばその通りにしてやるまでだ。

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