第17話:選抜武芸大会④

 翌日。選抜武芸大会二日目。シンヤは相変わらず変声器付きの仮面を被って試合に臨んでいたのだが、何故か知らないが仮面を被った『二代目双刃』の正体は女ということになっていた。


「ロックフォーゲルとの試合は見せさてもらった。僕はあなたが女性だからと言って容赦はしない。加減なしで全力で倒します」


 準々決勝で対峙することになったのは若い男。白銀の鎧と右手に直剣、左手に大盾を持った典型的な騎士装備を見に纏っとている。容姿も整っているのでこんなところで切った張ったをするよりもっと別の仕事があるだろう。その証拠に決闘場には似つかわしくない黄色い声援が飛んでいる。


『準々決勝第一試合は昨日優勝候補の一人、ロックフォーゲル選手を破った謎の仮面の戦士、『二代目双刃』選手!対するは、攻防一体の魔導騎士!あの人類最強のオルデブラン様と同じ【パンティラス王国】出身の期待の新星、フロイト選手!実力もさることながらその美貌から、【パンティラス王国】抱かれたい男ランキングで三位に輝いています!この一戦も注目です!』


「あんた、騎士なんか辞めてどっかの商会の専属モデルでもやったらどうだ?絶対にウケると思うぞ?」


「黙れ!僕は騎士として大成するんだ!そもそも、女のあんたにそれを言われる筋合いはない!剣を持つのは男の役目だ!女は花を愛でて愛するものの帰りを待っていればいいんだ!」


「お前……それは偏見だぞ?現に正導騎士には女性もいる。それすらも否定するのか?」


「当然だ!僕が正導騎士になったらすぐには無理かもしれないが騎士団から女性は退団させる」


「若いって言うのに頭の中は古臭い考えなんだな。わかった、なら私がお前の全てを否定してやろう。来い、小僧」


『いい感じに場が暖まってきましたぁ!!互いに剣の前に言葉の刃を交わしていくぅ!素晴らしい!これこそが選抜武芸大会と言うものです!それでは参りましょう!準々決勝第一試合!始めぇ!!!』


 ロジャーズが盾を前面に突き出して己の身体を隠しながら突貫してきた。身体強化も開始からすでに十全。さらに風の魔導も併用しているのだろう、駆けると言うよりは翔けると言うに称した方がいいだろう。


 間合いはすぐに詰まった。ロジャーズが取れる選択肢はこのまま盾による重量に任せた突進か、剣による攻撃か。もしくは仮面の女の攻撃に対して盾でいなしてから反撃するか、剣で打ち合うか、それとも奇をてらって魔導を使って中距離攻撃か。


―――星斂闘氣・とば口・灼烈しゃくれつ―――


 選んだ手は盾を仮面の女の前面に押し出して視界を潰し、その死角から右の剣による刺突で胴体を貫く。それを実行に移そうとした時、ロジャーズの耳はすうぅと小さく息を吸う音を捉えた。薄っらと紅く発行するシンヤの身体。これは先の試合でも見せた技と同じか、しかしが違う。それでも、すでに間合いは己の距離。そう信じてロジャーズは刺突を放つ。


―――熾火之一振おきびのひとりふり―――


「っな……なに!?」


 ロックフォーゲルの踏み込みよりも苛烈な一歩。しかしたったそれだけで仮面の女は間合いを破壊した。そしていつの間にか抜いていた赫刀を両手で強く握りしめ、袈裟に振り下ろしてきた。その一閃はこれまで見たどの一撃よりも鋭く鮮烈だった。


 しかしロジャーズとて若いながらもこの大会に出場を果たした強者の端くれ。動作をキャンセルし、盾による防御からの反転攻勢に思考を切り替える。


 だがその選択は悪手。赫刀はさながら太陽のように赫く輝き熱を帯びているのが見て取れる。その刃が盾と衝突した瞬間まるでバターを切るかのように魔導加工が施されて強度が増しているはずの鋼鉄の盾を滑らかに斬り裂いた。


「盾で受けようとしたのは悪手だが、瞬時に盾を手放したのはいい判断だ。少しでも遅れていたらその左手ごと斬り落としていたことだろうさ」


「そんなバカな…【パンティラス王国】が誇る最高の武器職人が手がけた盾をなんの変哲もない剣にこうも容易く両断されるなどありえない!しかも何らかの魔導を使っているならまだしも魔力を一切持たないあなたにこんな芸当ができるはずがない!」


「あぁ、この世界の常識・・・・・・・ではそうなんだろう。ご指摘の通り、私は魔力を一切持たない非才の身でね。それでもこうして戦えているのは師に恵まれたのだが、まぁその話はいい。あまり思い出したくないのでね。あぁ、何の話をしていたんだったかな。そうか、私の技の話だったか。なに、簡単な話さ。この世界に無限に存在している【星の息吹マナ】を取り込んでいるだけのことなんだが、それが何か話したところで理解はできないさ」


シンヤの技の源は【星の息吹マナ】だ。この世界には魔力で溢れているがしかし同時に星が生きている以上星も人同様に呼吸をしていると言う。その星が吐き出す息こそがマナと呼ばれ、この世界の維持に一役買っている。それを取り込むことができれば則ち世界そのものその身に宿すことに他ならない。己が体内に保有している魔力による強化や魔導などとは比較にならない力を得ることができる。


 だがそれを感じ取り、とりこむことができるのははこの世界においてはユウカ・カンザシとシンヤ・カンザシのたった二人だけだ。


閑話休題


「【星の息吹マナ】?なんだそれは?そんなもの…聞いたことないぞ?」


「それは当然さ。何せその存在を知っているのは私とその師しかいないし、何より、魔力を有している時点でマナの存在を知ることはない。つまり、私のような能無しだからこそ使える技というわけさ」


「ふざけるな!そんな不可思議な力が存在してたまるか!盾がなくなったところで私の戦意は一切衰えてはいない!」


 ロジャーズは鋒を仮面の女に突きつける。未だ魔力の余力は十分。身体強化に全力で回しても小一時間は余裕で持つ。継戦能力は強者の証の一つ。さらに魔導を発動する。


 ロジャーズの属性は風。身体に纏うことで触れる物を紙切れのように切り裂く鎧となる。剣に纏わせて振るえば切り味を増すだけでなく暴風を撒き散らしてその身を削る第二の武器となる。このような試合に用いていい技ではない。しかし、本気を出さなければ目の前の敵には勝つことは難しい。


「ここからは本気で行くぞ!仮面の女戦士よ!」


「一つ、訂正させてほしい。私は、いや俺は―――男だ」


 再びの激突。盾を失った代わりに身軽になったロジャーズはさらに風の鎧を見に纏ったことで速度も上がっている。加えて暴風の剣となっているので受け止めようとしても風の刃の餌食となるし、紙一重で交わしたとしてもまた刻まれる。単純だが対人戦においては強力な魔導だ。さぁ、どう出る不可思議な戦士よ。


―――星斂闘氣・とば口・紫電―――


―――雷解之一振かみときのひとふり―――


 紫電を纏いし赫刀は横に薙られた。何事もなかったかのように風の鎧ごと一切の抵抗なくロジャーズの身体は斬られた。同時に突き抜ける電流に自由を奪われて両膝をついた。


「その程度の速度で、その程度の魔導で、俺に勝つつもりか?ましてや正導騎士になるだと?阿呆が。身の程を知れ、三下」


 吐き捨てるような台詞を最後に、ロジャーズは意識を失った。仮面の女、いや男を讃える声援も、この一瞬だが濃密な攻防を賞賛する声も、彼は聴くことはなかった。

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