第16話:選抜武芸大会③

 観客席の最上階。アリーナ席を一望できるその部屋は許された者しか立ち入ることが許されないいわゆるVIP専用の個室だ。今ここにいるのは二人。そのうちの一人は顎髭を生やした彫りの深い顔立ちの男。歳の頃は四十前後だがその肉体は衰えを知らず。人類最強と呼ばれている正導騎士序列第一位、オルデブラン・アウトリータその人だ。今大会にシンヤを特別枠で『二代目双刃』として送り込んだ下手人でもある。


「いや―――やっぱり凄まじいな、あいつ。あの一撃を一切の殺気を出さず放つとは。やっぱり化け物だな。すでに俺より強いんじゃないか?」


「まさかオルデブラン様よりですか?確かに先の一撃は見事なものでしたが、それでもオルデブラン様が破れるということはないかと思いますが」


 そしてもう一人。長い黒髪を頭の高い位置で一つにまとめた妙齢の美女。歳の頃は十代後半から二十代頃。オルデブランと並んで立つと親子ほどの差はあるがその容姿は似ても似つかない。整った眉目には確固たる意志の強さが宿っており、空色の瞳は全てを見通すような透明感があった。


 街を歩けば年齢、性別を問わず足を止めて見惚れることだが、彼女は戦場に身を置く者。最年少で正導騎士となり今や序列三位に君臨する天才児。名をサラティナ・オーブ・エルピスと言う。シンヤの十年来の思い人だ。


「いや、あれはまだ序の口だろう。本気を出したらどこまで行くのやら。あれで魔導どころか魔力からきしと言うのだからほとんど人間ではないな」


「魔力がない?ではあれなんだと言うのですか?まさかーーー」


「そのまさかだよ、サラティナ。あれは間違いなく、単純な体術・・だ。一切・・の魔力を用いていない、それこそ身体強化さえも使っていない人の身だけで起こした奇跡そのものだ。そんな奴の本気、見てみたいと思うがそれ以上に空恐ろしい。もし彼に魔導の才能があれば間違いなく俺をはるかに超える騎士になれたと言うのに。神様とやらもひどいことをする者だ」


「そこまでなのですね、あの仮面の戦士は」


「まぁこの目で戦闘を見たのは俺も初めてだがな。ナスフォルンから話だけは聴いていたが、やはり異常だ。残念だが此度の大会はあの男・・・の優勝で決まりだな」


 オルデブランはにやりと笑いながら観衆に目を向けずアリーナから立ち去る二代目双刃を見つめた。


 サラティナは滅多に見ることのない上司であり師であるオルデブランに好戦的な目つきをさせる仮面の戦士に興味が湧いた。まさか師自ら特別枠を設けて推薦者を擁立するとは思っても見なかった。しかも今の口ぶりからして戦闘を生で見るのは初めてと言うではないか。それなのによくもまぁ強引にねじ込んだものだと感心したが、今の一戦を見て納得した。あの仮面の戦士は強い。


「それにしてもオルデブラン様。なぜあの仮面の戦士の正体が男だとわかるのですか?対戦者のロックフォーゲルさんはあの人のことを女(・)と言っているようでしたが?確かに聞こえてきた声も女性のように思えたのですが、なぜオルデブラン様は男だと?」


「あっ……いやそれはだな。歴戦の戦士の勘という奴だ。断じて俺はあの仮面の向こう側の顔は知らないぞ?」


「師匠の美徳であり数少ない欠点は嘘が下手ということですね。何ですかそのわかりやすい嘘は?それにナスフォルンが興奮気味に話していましたよ。『特別枠で出場する仮面の男はすごく強い。俺の部下どころか正導騎士にふさわしい実力の持ち主だ』と」


「え?ナスフォルンの奴そんなこと言ってたの?俺達だけの秘密だって話していたのにお嬢ちゃんにバラしちゃったの?」


「……なるほど。師匠とナスフォルンはグルですか。フーマニタス商会のプルーマさんまで巻き込んで、一体何を企んでいるんですか?」


「……嬢ちゃん、俺を謀ったな?」


 ジト目でサラティナを睨むオルデブラン。サラティナはやれやれとため息をついた。純粋すぎるのだ、この人は。


「この程度で騙される師匠が悪いのです。さぁ、教えてください。あの仮面の戦士の正体は一体誰なのですか!?」


「悪いな、こればっかりは教えられないんだ。絶対にな。男と男の約束という奴だ。まぁこの大会が終わる頃にはわかるから楽しみにしておくことだ」


 ここでこの話は終わりとばかりにオルデブランは視線をアリーナへと戻した。そこではまもなく第二試合が始まろうとしていた。


 この大会に出場している戦士の数は飛び入り参加の仮面の戦士を合わせて十六名。大会は四日間に渡って行われる予定で初日の今日は八試合が予定されている。会場は優勝候補が敗れた大番狂わせの余韻が冷めぬ中、二試合目が始まった。


 サラティナは腑に落ちない気持ちをぐっと抑えて、試合に目を向けることにした。いずれ分かることならばここで無理に聞いても仕方ない。むしろ知らないでいた方が分かった時の驚きも一塩と言うものだ。そう自分に言い聞かせた。同時に、くだらないことを企てた師匠はともかく一枚噛んでるナスフォルンは後日鉄拳制裁を与えることを心に決めた。同郷は考えることが同じである。

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