第15話:選抜武芸大会②
ロックフォーゲル・ファーザーは何が起きているか、己の理解の範疇を超えていた。
身の丈ほどある大剣を軽々振り回す膂力と持続力。そこに魔力を用いた身体強化を施しているので高速戦闘さえも可能。さらに火属性の魔導を併用して爆裂剣技(命名・ロックフォーゲル)は西の大国【アルモニア】ではその騎士団の団長以外は相手にならなかった。
だと言うのに、今目の前にいる仮面の女(・)は細身の赤い刃の剣でいとも容易く攻撃をいなされる。完全に打ちあわず、触れた瞬間に身体をずらしてさながら闘牛士のようにかわしていく。観衆達は猛攻を見せる自分と防戦一方の仮面の女(・)にどちらが優位か勘違いしているだろうが実際はその逆だ。
「なるほど。大言を吐くだけのことはある。いい太刀筋だ。身体強化の魔導も十全。才能に溺れず鍛錬したのがうかがえる。さすがは優勝候補だ」
「てめぇ……馬鹿にしてるのか!?つかなんで攻撃してこない!いくら防御が優れていてもいつまで持つかねぇ!」
「……」
我ながら安い挑発だ。だが仮面の女は何を思ったのか足を止めた。そしてわずかだが腰を落とした。明らかにこの試合で始めて臨戦態勢をとった。思わず口角が釣り上がる。
「来い。そのうるさい口をいい加減閉じてやる」
「よく言った!ならその傲慢、俺の剣で叩き切ったやるよ!」
ロックフォーゲルはこれまで以上に力強く地面を踏み込み突進を仕掛ける。一歩目は強化のみの踏み込み、二歩目からはさらなる推進力を求めて足裏に爆裂の魔導を発動する。これで速度は一気に変わる。この急激な変化にはいかな強者であっても初見では対応できないはずだ。
『出たぁああぁぁあああ!!ロックフォーゲル選手の十八番!爆裂推進だぁ!ネーミングセンスはともかくこの踏み込みは苛烈にして激烈!これにどう対処する!?』
反応は不可能。放つ斬撃は縦一閃。受け止めようものなら剣撃にも爆裂を加える必殺の『エクスプロード・スラッシュ』がある。これで勝負は決まる、ロックフォーゲルはそう確信した。
「早いな。だが……それだけだ」
仮面の女は完璧に反応してみせた。鋭く一歩踏み込んで間合いを壊しにきた。今仮面の女は大剣の間合いの中に入り、剣を握る手首を返してその柄頭で顎を撃ち抜こうとしていた。咄嗟に攻撃を中断して顔を反らしてそれをかわすが、両足を地面えぐるほど深み踏み抜き、一瞬でしかし深く呼吸した後に最短距離で放たれた左の拳が腹に突き刺さった。ロックフォーゲルの巨体を後方に弾き飛ばした。受け身をとれずゴロゴロと転がった。
「がはぁっ―――!? なんて……威力だ。ガハッ」
単なる掌底ではない破壊力にロックフォーゲルは口から血を吐いた。すぐに立ち上がろうにも足元がふらついて、大剣を支えにして何とか身体を起こした。
『な、なんとぉ!二代目双刃選手、ロックフォーゲル選手の初見殺しの十八番を完璧にかわしてカウンターを放ちました!その威力は絶大だっ!なんとか立ち上がったロックフォーゲル選手、大丈夫でしょうか!?』
「見た目通りタフな男だ。それなりに力を込めたんだがな。やはり決着は刀でつけないといけないか」
「ハッ……その手に握る剣は飾りってわけじゃないんだな。俺はまだやれるぞ?殺すでかかってこいやぁ!」
「いいだろう。少しだけ、ファンサービスをしてやろう」
―――
言うと、仮面の女の身体を薄っすらとしかし確かに蒼い闘気が覆っていた。呟いた技の名は聴いたことのない魔導だ。いや、魔導ですらどうか怪しい、未知なる技。その証拠に仮面の女が放つ空気が一変した。つい先程まで放たれていた殺気が消え失せたのだ。一切揺れぬ静かなる水面のようだ。
―――
一歩も動けなかった。まるで舞うかのように接近して静かに斬られた。そしてそのまま舞うかのように抜けて距離をとった。あくまで試合なので死にはしないが戦闘の継続は不可能だとすぐに理解できるほどの傷を負わされた。吹き出る鮮血を目にしながら、ロックフォーゲルは両膝をついた。
「ば、バカな……何が、起きた……?」
「それを理解できないのなら、そこがお前の限界だ。さて、どうする?このまま続けると、死ぬぞ?」
首筋に刃を突きつけられては勝負は決まった。それにこの傷ではどのみち続けることはできない。素直に剣を手放し、両手を挙げた。
「―――俺の負けだ」
『け、けっちゃぁああく!!!!勝者はなんと二代目双刃選手だぁあ!序盤の劣勢を跳ね除ける二撃!優勝候補の一角のロックフォーゲル選手を見事に沈めましたぁ!』
カチン、と剣を鞘に収めた仮面の女は、己に向けられる大歓声に一切応えることなくアリーナを後にした。その姿が消えるのを見届けてから、ロックフォーゲルは大の字に倒れた。すぐに治療班が来たが、その時には血は止まっていた。見た目ほど深い傷ではなかったのだろう、これだけでも彼女の実力がうかがえる。
「クソが。世界は広いってわけかよ。畜生め」
悪態を吐くが、彼の表情は反して笑顔だった。生粋の戦士は強者と戦うことが何よりの生きがいであり、ロックフォーゲルもまたその例に漏れていなかった。
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