第14話:選抜武芸大会①

 セロスの一件から時間はあっという間に過ぎていった。まずザイグの家から引き払って中央塔近くの宿に移った。この件はカラカルではなくオルデブランに相談した。人類最強の男に住まいのことを尋ねるのは気が引けたがあの男は人を顎で使う上にロクでもないことを企画したからその腹いせだ。


『お前、怒っているのか?まぁ悪ふざけが過ぎたと今では反省しているが―――え?金も俺が出すのか?それはちょっと厚かましく……わかった、俺が悪かった。金は俺が個人的に持つ。一番いい宿をこっちで手配するから準備できたら連絡する』


 あの男は本当にロクでもないことを言い出してそれが採用されてしまった以上は大会に出場するにはそれに従うしかない。その腹いせに滞在中は一等級の宿を用意してもらったのだが、これはこれで居心地が良すぎて気持ちが悪い。むず痒いと言うのが正しい。


「人間慣れないところに住むものじゃないな。こんなことならもう少し普通の宿にして貰えばよかった」


 とは言え、用意してもらった以上は文句を言うのもお門違いであるのでありがたく享受させてもらっている。


閑話休題


 本題の選抜武芸大会だが、開催は明日に迫っていた。シンヤは最後の準備のために久し振りにザイグの家を訪ねていた。プルーマ夫人が嬉々とした笑みで出迎えてくれた。シンヤは胃がキリキリと痛むのを感じた。


「いらっしゃい、シンヤ君!さぁ、早く上がってちょうだい!例の物は出来ているから試着してちょうだい!腕によりをかけて作ったから自信作よ!」


 半ば手を引かれる形でプルーマ夫人に連れられて部屋に入ると、そこには目を覆いたくなる衣装がそこにはあった。


「じゃじゃーん!オルデブラン様からの依頼で何から何まで特注で用意して、私がよりをかけて作った手作り衣装でーす!どう?どう?気に入ってくれたかな?」


「…プルーマさん。貴女にこのような趣味があったことに驚きを隠せないし、開いた口も塞がりませんよ。正直に言って趣味が悪い」


 ハンガーにかけられていたのは黒のインナーシャツにこれまた黒く無駄に裾の長い外套。さらに顔全体をすっぽりと覆うマスク。これを身につけて武芸大会に出てもらうとオルデブランに言われた時は思わず全力で斬りかかろうとしてしまった程だ。趣味が悪すぎる。


―――飛び入り参加させるんだ。少しは謎めいていないと誰も納得しないだろう?サプライズだよサプライズ!仮面の騎士、二代目双刃。双刃の名を継ぐ者。推薦者は人類最強!これで盛り上がらないわけがない!おい、なんで黙っているんだ?と言うか不思議と殺気を感じるんだが気のせいか?―――


「オルデブランの野郎は近いうちに必ず斬る。ふざけやがって。プルーマさんも無駄に全力を出しすぎですよ。何が悲しくてこんな恥ずかしい格好をしないといけないんですか?」


「あら、趣味が悪いとは失礼ですね。これはオルデブラン様直々の依頼で私が生地の発注からデザイン起こしから作成までしたんですよ?それもこれもシンヤさんが各地の予選を勝ち抜いた猛者達集まる選抜武芸大会に出場されるからです!このくらい派手でないと!」


 プルーマ夫人はここまで頭のネジがぶっ飛んだ人だっただろうか。シンヤは選都に来てからと言うもの頭を抱えることが多くなったと思っていたが今回は群を抜いて飛びきりだった。


「正体を隠し、二代目双刃として飛び入り参加!それを認めたのは正導騎士が第一位オルデブラン様!果たして仮面の男の実力、正体や如何に!?予選を経ずに本戦に出場する人なんて初めてですからね。盛り上がること間違いなしです!」


「わざわざ正体隠す必要はないと思うんですけど…必要なことなんですよね?」


「もちろんですとも!中身が何かわらかないからこそ人はその中身を知りたいと思うもの!その正体不明の戦士が強ければさらに知りたいと思う!そのために必要なものなのです!さぁシンヤさん!大会は明日です。最後の衣装合わせをしてしまいましょう!」


 シンヤは諦めてプルーマ夫人の言いなりとなった。着せ替え人形となり、さまざまなポーズを取らされてはダメ出しを受けた。衣装は師匠がかつて仕立ててくれて今も身につけている物と比較するとさすがに劣るが、それでも品質の良さは感じ取れる。さらに驚くは仮面だ。これには変声機能が備わっており、女性よりの中性的な声音に変えるので、これではカラカルでもシンヤとは気付かないだろう。とは言え自分の得物、二本の刀【赫刀】【蒼刀】を見ればすぐに勘付くだろうが。


「完璧ね!当日が楽しみだわ!私達も応援に行くから頑張ってね!」


 プルーマの激励を素直に喜んでいいのか複雑だった。少なくともこれを企画したオルデブランはいつか殴るとシンヤは改めて心に誓ったのだった。



 翌日。シンヤは例の外套と仮面を被って選抜武芸大会が行われ会場に足を運んでいた。大会が行われる場所は中央塔のすぐ隣に建てられている演習場兼闘技場だ。


 円形に建てられたコロッセオは地下と地上のアリーナと全四階の観客席が設けられている構造だ。その観客席もすでに満席状態で立ち見の客すらいる。中央選都の住民以外にも各地から観戦客が訪れている証拠だ。


【闇の軍勢】と言う絶望がいつ襲い来るかもわからない閉塞的な世の中にあってこの大会は数少ない娯楽だった。


「観光客が増えてきているのはわかっていたが、まさかここまでとは。と言うか今日はまだ初日だぞ…決勝戦はどうるなんだ」


 シンヤが今いるのはこの大会用に地下に設けられている出場選手の待機室だ。ここにはシンヤを含めて本戦出場が皆集まっていた。どいつもこいつも殺気立っており、さらに勘違いでなければその視線は全てシンヤに向けられている。


「おい、お前が特別枠とか言うので飛び入りで出場する『二代目双刃』か?ふざけた仮面つけやがって。なめてんのか?」


「…別に、そんなつもりはないさ。気を悪くしたなら謝るさ。だがだってこいつを被りたくて被っているわけじゃないんだ。推薦者からの強制でね。文句があるならそちらに言ってくれ」


「なんだ、かよ。てめぇの推薦者はあの人類最強だろ?ってことは相当できるんだろうな?」


「さてね。君達の実力は知らないが…私もそれなりにやれる自信はある。なめてかからないことだと忠告しておこう」


「ハッ、よく吠えたな!お前は初戦はこの俺、ロックフォーゲルだ。覚悟しておけよ、お前のその仮面、必ず俺が剥いでやる」


「それは……期待しておくとしよう」


 シンヤは仮面の中でため息をついた。わかっていたことではあるがこのふざけた仮面のおかげで他の参加者からの視線が痛い。しかも大会前にオルデブラン自ら推薦枠を設けることと選手名を『二代目双刃』と発表してものだからさぁ大変。その人物が仮面を被った女性・・だとわかれば荒れるのは必然と言うものだ。何せ人類最強が呼び寄せたのだ。弱いはずがない。


「本当に…あいつは一度殴らないと気が治らないな」


 優勝者の権利である正導騎士との手合わせをサラではなくオルデブランにしようかと本気で悩むシンヤだった。


『さぁさぁ!やって参りました!年に二回のお祭り騒ぎ!皆さん、準備はできていますか!?』


『素晴らしい盛り上がりですね!最高です!ただでさえ最高のお祭りですが、今年はいつもと違います!ここにいる皆さんならご存知のはず!そう!今年はなんとびっくりこの本戦に特別枠が設けられたのです!しかもしかも!その推薦人は正導騎士序列第一位のオルデブラン様その人!彼なのか、彼女なのか全てが謎に包まれておりますがオルデブラン様はインタビューにこう答えてくれました!『強い。ただただ強い』と!』


 突如始まったのはおそらく試合開始前のデモンストレーション。司会者と思われる女性が試合が始まるまで会場の熱を上げるためにあれやこれや有る事無い事話して盛り上げているだろう。それに呼応した観客の歓声が地鳴りとなって地下にも届く。


『さぁお前たち!準備はいいか!?それじゃあ試合を始めるぜ!映えある今年の選抜武芸大会のオープニングバトルはこれまたオルデブラン様の粋な計らいでこいつらだ!』


 さて、そろそろ行くか。シンヤは重い腰を上げる。その隣には頭一つその大きな体格をした大男、ロックフォーゲル。その背には大剣を担いでいる。


「早速化けの皮、剥いでやるぜ」


『西より来たるは大剣使い!前回大会のベスト4の実力者が帰ってきた!優勝候補の一人、ロックフォーゲル!今年こそ栄光を手にすることができるのか!?』


 先に呼ばれたロックフォーゲルは挑発のセリフを吐き捨てて先にアリーナへと歩いて行った。けたたましいほどの歓声が聞こえた。


『そして相対するは件の特別選手!かつて傭兵として名を馳せた『双刃のプルーマ』にのみ許されたその二つ名を継いだ謎多き仮面の戦士!その名を『二代目双刃』!さぁ、選手の入場だ!』


 呼ばれて地下からアリーナへと続く階段を登った。見渡す限りの人人人。だが歓声は歓迎ではなく怒声に近いものだった。


『さぁ!仮面の戦士と優勝候補の注目の一戦だ!両者、構えて!』


「……私は随分と嫌われているのだな」


「当然さ。大会始まって以来初の特別枠だ。観客はいい気はしないさ。もちろん、俺を含めた予選を勝ち抜いてきた連中もな」


「なら、あんたを倒して黙らせるとしよう。この大会に出るにふさわしい戦士だと知らしめるにはちょうどいい」


「どこまでも減らず口を!剣を抜け!仮面ごとぶった切ってやるぜ!」


『それでは―――試合……始め!!!』


 激戦の幕が切って下された。

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