第11話:人界騎士団③

 オルデブラン・アウトリータ。年齢は四十二歳。元は四大国の一つ、南の【パンティラス王国】で騎士団長を務めていた男であり、その当時から武勇は世界中に轟かせていた。シンヤも幼いころ村で暮らしていた時に父から話を耳にしたことがあった。


「よぉ、少年。わざわざ呼び出して悪かったな。まぁ楽にしてくれ。まずは席に座ったらどうだ?」


「……ありがとうございます」


「お前さんほどの男でも緊張はするのか?あのユウカ・カンザシに鍛え上げられたんだろう?俺なんかでビビるものか?」


「……師匠を知っているのか?」


「お前さんの師匠とは随分前からの知り合いだ。それこそお前さんよりは古くからの知り合いだ。俺がまだ【パンティラス王国】にいた時にふらっと現れてな。その時俺はまだ騎士長だったが、それなりに自信はあったんだがな。完膚なきまでに叩きのめされたよ。まぁそれきりだったんだが…三日前に手紙が届いた」


―――久しぶり、と言うには時間が経ち過ぎているわね。十年ぶりかしら?貴方が今では人類最強なんだから人って変わるのね。まぁそんなことはどうでもいいわね。多分今頃そっちに私の弟子が着いている頃だと思うだけれど、貴方にはそのサポートをして欲しいの。彼が頼ってきたらできる範囲で構わないから応えてあげてちょうだい。もし手伝ってくれたらもう一度貴方と手合わせしてあげるわ。今の自分がどこまで強くなったか、知りたいのでしょう?あぁ、何なら私の弟子、シンヤと手合わせしてもいいわよ?彼と互角に戦えるなら、私ともいい勝負できると思うから。じゃぁ、よろしくね―――


「我が師ながら…申し訳ない」


「ハッハッハ!気にするな!あの方から手紙が初めてだったから驚いたが、その内容が自分の弟子のことを気にかける内容だったからなお驚いた。それこそ椅子から転げ落ちるほどにな。お前さん、相当愛されているようだな」


 シンヤは思わず頭を抱えた。過保護過保護だと思っていたが、まさか人類最強の男と面識があり加えて支援を要請するとは想像の斜め上だ。


「それだけ弟子思いの師匠ってことだ。いいじゃねぇか、今日日そんな師匠は珍しいんだぞ?まぁお前さんの支援もそうだが、その前に聴いておきたいことがある。お前さんが三日前にぶっ飛ばしたダークエルフについてだ。お前から見て、奴さんはどうだった?」


「さてな。あれでもかなり油断していたようだからな本当のところはわからないが、まぁあんたなら問題なく処理できるだろう。他は知らんがな」


「ふむ。あれで油断していたとなると中々に厄介だな。なおのことお前さんが捕らえてくれてよかったぜ。にしても、辛辣な意見だな。俺以外ではどうなるかわからないとはな」


「実際に相対していると嫌でもわかるさ。あんた、こちら(・・・)側の人間だな?」


 師匠や自分と同じ、オルデブランは間違いなく人類の限界を突破した超越者。そのただずまい、射抜くような視線、時折発せられ威圧感、一挙手一投足から感じられるものは間違いなく一級品を軽く凌駕している。


「ハッハッハ!お前さんは本当に面白いな!なるほど、超越者なら問題はないが壁を超えていない者なら正導騎士級じゃないと厳しいか。となると想像以上に敵さんは強大か」


「そんなことはわかりきっていたことだろう?敵は世界を破壊の限りを尽くす災害のようなものだぞ?それを人の手でどうにかしようと思ったら、それ相応の戦力が必要になるのは当たり前だろう」


「それもそうだな。まぁその時が来たら全力で戦うまでさ。戦っていて他に気付いたことはなかったか?」


「確実にあと一人、奴の仲間が潜伏しているはずだ。それを匂わせるようなことを口にしていた。助けに来るかはわからないが、あの長耳の警備は厳重にしておいたほうがいいだろう」


 戦いに入る前、ランコーレとヘイトリッドとの会話を思い出す。ランコーレは確かにこう言っていた。


―――ヘイトリッド様、どうやら貴方は餌にされたようですよ?しかも狙いはその背後にいる者、つまり私達と言うわけです。随分舐めた真似をしてくれますね―――


「なるほどな。ヘイトリッドとランコーレとを繋ぐ第三者がいたと言うわけか。お前さんはそいつが誰か検討ついているのか?」


「一応な。ヘイトリッドの性格を考えればあいつのごく身近な存在だろう。聞くところによればあいつは独身で特定の恋人はいないそうだ。となればそう言う店の人間か、もしくは―――」


「商会内の人間、と言うわけか。まったく、中央選都がこうも簡単に敵の侵入を許すとは…他の国はもっと酷いかもしれんな」


「さぁな。むしろここが落ちれば四大国なんて障害にもならないだろう。それだけ敵もここを重要視していると言うことだろう」


 もう一人の黒幕にシンヤはすでに目星をつけている。むしろヘイトリッドと言う明らかすぎる犯人が尻尾を見せてくれた上にランコーレまで捕らえることができた。これを機に捕らえて【闇の軍勢】について洗いざらい話してもらうのも悪くないだろう。


「幸いなことにランコーレつて美味い餌はある。張っていれば敵の方からやってくるだろう。だが後手後手に回るのは気分が悪い。この辺でこちらから仕掛けるのはどうだ?」


「あんた、何を考えている?」


「なんてことはないさ。餌は俺達の手中にあって、お前さんはもう一人のお仲間に当たりをつけている。後手に回るのはいい加減我慢ならん。ならここはお前さんに出張ってもらうのが最善手だと思うが、どうだ?」


「部外者の俺を随分と顎で使うんだな、人類最強?」


「残念だな、俺は使えるものはなんでも使う主義なんだ。それに俺達人類は人材不足なんだ。強い奴を野放しにしておく余裕はない」


「…わかった。その依頼は引き受けよう。その代わり、俺の頼みも聞いてもらうぞ?」


「さすが!話がわかるじゃねぇか!俺に出来る範囲でよければ何でも言ってくれ!」


「なに、簡単な話だ。二ヶ月後に開かれる選抜武芸大会に俺を出場させてくれ」


 選抜武芸大会。年に二度、中央選都で開催されるこの催しは各地で行われる予選会を勝ち抜いた猛者だけが出場を許される強者を決める大会だ。


 この大会は正導騎士達の前で行われるため、彼らの目に留まれば人界騎士団入りを果たすことも可能だ。飛び抜けた実力者ならば正導騎士にさえ抜擢されることもある夢のある大会だ。


「おいおい、そんなことでいいのか?一人くらいねじ込むことは容易いことだが、お前さんほどの実力者が出たところで何の旨味もないぞ?」


「いいんだよ。その大会に出て優勝することに意味がある」


「あぁ、優勝者は賞金とは別に希望する正導騎士に腕試しを申し込めるってやつだな。これまでそれを申し込んできた奴は一人だけだが…お前さんも申し込むのか?相手は第三位か?中々回りくどいことを考えているんだな、お前さんは」


「…俺のことを調べたのか?」


「そりゃもちろんだとも。この三日間、何もしていなかったと思うか?」


 オルデブランは長耳族にして【闇の軍勢】の魔術師団の第三位と自称するランコーレを手玉に取ったシンヤについてただ腕の立つ青年と決めつけはしなかった。


 その出生を探ろうとした矢先にかつてその圧倒的な強さに憧れた武芸者から手紙が来て驚きのあまり一日を無駄にしてしまったが、それからシンヤについて調べ上げた。


 シンヤに伝えた手紙の内容はあくまで一部であり、幸いなことにどこで出会ったかや弟子にした経緯が赤裸々に綴られていたので調査に時間はかからなかったのが本音のところだ。


「お前の出自や諸々を考えればお前さんが誰に会いに来たのかは調べたらすぐにわかることだ。サラティナ・オーブ・エルピスはお前さんと同郷なんだってな。彼女に会いに来たのか?」


「まぁ、そう言うことだ。当時の俺からすれば誘拐されたと思っていたからな。俺が助けないとって思っていた。だけどそうじゃないことはすぐに理解したさ。だけどそれで諦められるほど頭は良くなくてな。色々あって、何度も死にかけたが俺は今こここにいる。彼女の隣に立つにふさわしいか、それを決めるのは俺じゃない、彼女だ」


「なるほど。だから大会に優勝してサラティナと直接剣を交えて証明するってわけか。なるほど、男だな」


「めんどくさいのはわかっているけどな」


「よし!そう言うことなら任せておけ。俺の権限でお前さんを飛び入りで大会に出場できるようにしてやる。それも、とびきり面白い形でな!追って詳細は連絡させるから楽しみにしていてくれ」


「よろしく頼む。街に潜伏している奴のことをこちらで対応しよう。早い方がいいだろう?」


「そうだな。もし可能なら今日明日中にでも捕らえてくれ。日取りは任せる。事が済んだら通信用の魔導具で俺に連絡をくれ。すぐに騎士を向かわせる」


「わかった。捕らえたらあんたに連絡するよ」


「助かるぜ。っと、そろそろいい時間だな。今日はわざわざ悪かったな。お前さんの大会での戦いぶり、楽しみにしているぞ」


「人類最強にそう言ってもらえるのは光栄だよ。それじゃな」


シンヤは好戦的な笑みを浮かべているオルデブランに一応一礼してから部屋を後にした。外で待機していたナスフォルンとともに再び地上に降りて彼ともそこで別れた。中での会話は一切聞こえていなかったらしい。特に詮索されることもなかった。


「さて、もう一人もそろそろ動く頃合いか」


オルデブランに語ったように、そもそもヘイトリッドを唆した者がまだ残っている。そして確実に仲間であり戦力でもあるランコーレの救出に動くはずだ。そこを捕らえてこの面倒な事件に決着をつける。


時刻はすでに夕暮れ時。闇が支配する時間は間も無く訪れる。それからが狩りの始まりだ。

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