第12話:もう一人の黒幕①

 夜。誰もが寝静まる時刻。黒いフードに身を包んだその人物は魔力を持たない人間に不甲斐なくも敗れて囚われの身となった仲間を助けに行くべく街のシンボルであり世界の象徴でもある中央塔に向かっていた。


「こんな時間にどこに向かっているんですか?いくら選都とは言え一人で出歩くは危険ですよ?」


 気配は完全に消していたはずだ。それも自身の気配遮断の魔導は一度発動させたなら目の前で見ていたとしてもその姿を見失う程の熟練度だ。その腕を買われて【闇の軍勢】の間者部隊の隊長に任命されており、魔皇帝様直々にこの地の偵察を任された。にも関わらず、何故この男、シンヤ・カンザシはこの場にいるのだろう。


「あぁ、なんで俺がここにいて、お前の存在に気付いたのか不思議に思っている顔だな?何、簡単なことだ。お前の魔導は既に発動していないからだ。気付いていなかったのか?」


 そんなバカな事があり得るものか。私の気配遮断の魔導を消し去るとなると広域の結界くらいの物だろうがそれが発動している形跡はない。なら気配遮断の魔導は切れているわけではなく、何かの偶然が重なって気付かれたのか―――


「偶然でお前の存在に気付けるわけがないだろう。実際、お前が俺の領域に入ってくるまで全くわからなかったくらいだからな。大したものだ」


「……一体何をした?」


「まだ気付かないのか?お前、今魔力を感じられるか?」


「―――!?」


 言われて意識を集中してみれば全くと言っていいほど自身の中にある魔力を感じる事ができなかった。これでは魔導の維持どころか発動すらできない。何せ魔力を感じる事ができないということは魔力が無いのと同じ意味なのだから。


「貴様…一体何者だ!?」


「だから、なんで俺と対峙する奴等は皆その言葉を言うんだ?あぁ、不思議なんだな。得体の知れない術を使う俺が」


「魔力を完全に封じるなど、いかな大魔導士であっても、それこそ我らが王ですら不可能だ!それを、それこそ魔力を持たない貴様にできるはずがない!」


「常識に囚われすぎだぞ、暗殺者。何事にも例外は存在する。それを前にして悠長に構えていると、死ぬぞ?」


 好戦的な笑みとともに向けられた殺気が突風のように吹き付けられた。その圧に思わず一歩後ずさる。この場は逃げるのが得策か、それとも強引に突破するか。答えは二つに一つだが、ここで取るべき行動はーーー


「仲間を助けたければ俺を殺すことだ。来い」


 私は人であって人ではない。ランコーレが魔導に優れているのなら、私は身体能力、つまり直接戦闘に優れている長耳族だ。それ故に一族では落ちこぼれのレッテルを貼られているが魔導士など魔導を使う前に殺してしまえばそれで済む。故に、私は暗殺者としても武芸者としても【闇の軍勢】の中ではトップクラスだ。


「それは悪手だぞ、長耳族」


 隠し持っていた小太刀を首筋めがけて抜き放つが、シンヤは腰の刀を半ばまで抜くことでこれを簡単に防いだ。驚いて動きを止めてしまった私の腹部に彼の前蹴りが突き刺さる。


「ガハッ―――」


 吹き飛ばされて地面を二度三度回転してからようやく受け身を取る事ができた。顔を上げれると目の前に右手の赫刀を振り上げた男が迫っていた。


「ほぉ。ランコーレとは違ってお前は近接戦闘に慣れているようだ。長耳族は見かけによらないと言うわけか?」


「っく……貴様、本当に何者だ?そもそも何故私だと気付いた?お前とは数日前に一度会ったきりだったと思うが?」


 なんとか一撃を受け止める。力任せにそれを押しのけて距離を取る。このわずかな攻防で私の息は上がっている。


「あぁ、そんなことか。簡単な事だ。あんた、ザイグと俺を見た時にわずかだが目を見開いていた。そしてあんたはザイグにこう言った」


―――そちらの若者は一体何者ですか?―――


「この場合、ザイグの性格を考えれば新しく雇った社員かどうかを尋ねるのが筋だろう。それをあんたは『何者か』と聴いた。あんたは一目で気付いていたのさ、俺がザイグ達を助けたイレギュラーだと。だからあんな尋ね方をした。優秀なのも考えものだな、セロスさん?」


「あ、あなたは本当に……何者ですか?」


「ただの田舎者の武芸者だよ。魔導もロクに使えない半端者のな。だが、そんな俺でも切り札と呼べる技があってな。それがあんたの魔導を封じているものだ。まぁ、ここで脱落するお前には関係のない事だがな」


 シンヤは刀を納めて斜に構えて腰を軽く落とす。この距離は小太刀どこから彼の刀が届く距離ではないが、私は警戒の度合いを最大限まで引き上げる。


「冥土の土産だ。しかとその目に焼き付けるといい」


―――星斂闘氣せいれんとうき・とば口・紫電しでん―――


―――雷解之一振かみときのひとふり―――


 バチバチッと電流が走ったかのような音が耳に届いた時には私の目は刀を私の背後に抜けて刀を振り抜いた姿勢で立っていたシンヤがいた。チャキっと刀を納めたのと私の身体から鮮血が噴き出したのはほぼ同時だった。その時初めて、私は斬られたことを自覚して、身体の制御を失った。


「じゃぁな。ゆっくり眠れ。目が覚めたあとのことは知らんがな」


 そんな言葉を聞きながら、私の意識は深い沼底に落ちた。申し訳ありません、魔皇帝様。人類には正導騎士以外にも強者はいるようです。

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