第7話:旅路と陰謀⑤
「これはこれはヘイトリッド様。そんなにお怒りにならなず、少し落ち着いてください。寿命、縮んじゃいますよ?」
「これが落ち着いていられる状況か!?貴様らが任せろと言うから依頼したと言うのにザイグの奴、しっかり生きて帰ってきたじゃないか!どうなっているんだ!」
ヘイトリッドは野心家だ。いや、野心を抱いたと言った方が正しい。始まりは幼馴染のザイグと二人で立ち上げたしがない商会会社だったが、ザイグの人柄と流れを読む嗅覚が凄まじかったことで急成長して今では選都に本社を構える程の規模に成長した。その中での自身の役割は主に財務や人事管理と言った裏方仕事。根っからの几帳面な性格と適材適所に人員配置を行う手腕は部下を含めてザイグからも信頼されていた。
「ザイグの奴は考えなしに事業を広げていくがその度に俺がどれだけ苦労したと思っている!俺ならもっとうまく会社を大きく出来る!もっと儲けることができる!だからこそ邪魔なあいつを消してもらうおうとお前達に頼んだのになんだこの体たらくは!」
「少しは落ち着きましょう、ヘイトリッド様。そもそも貴方から頂いた情報では護衛は五人組。気をつけるべきはリーダーのカラカルと言う男一人だけ。ですから私はゴブリンの五人小隊を派遣したのです。あぁもちろん、貴方を信用していないわけではないですが私も調べてこれで問題ないと判断しました。では何故、ザイグ殿はご存命なのですかね?心当たりは私ではなくヘイトリッド様、貴方にあるんじゃありませんか?」
「こ、心当たりなど・・・・あるとすればザイグが今日連れてきた若い男が野党に襲われた自分達を救ってくれたと言っていたな。剣を二本挿していて、確か名前は―――シンヤとか言っていたか?」
「ふむ。二本の剣を持つシンヤと言う名ですか。聞いたことがあるようなないような…まぁおそらくその若い男がゴブリン小隊を撃退したとみて間違いないでしょう。そんな実力者が無名だったと言うのは信じられないことですが、そう考えるのが妥当でしょう」
男は考えながら、しかしある種確信を持って言葉を続けた。
「そして『野党に襲われた』などと虚言を吐いて貴方の出方を伺った。そして貴方はまんまとその大きな釣り針に引っかかって私に連絡してきた。なるほど今度はこちらが反撃を受ける番というわけですか」
その後もダークエルフの男は顎に手を当てて何やら一人でブツブツと呟きながら考えを巡らせていた。
この男の名をヘイトリッドは知らない。ただ恐ろしく頭がキレて行動に移すのが早い。それでいて保有しているであろう魔力は莫大と思われる。ヘイトリッドも護身程度に魔導を習ったので魔力量の検知くらいはできる。彼の保有量はかの正導騎士と匹敵している。
「…ヘイトリッド様、どうやら貴方は餌にされたようですよ?しかも狙いはその背後にいる者、つまり私達と言うわけです。随分舐めた真似をしてくれますね!」
突如五指を開いて前方の突き出す。魔力が収束して赤く燃える火の玉が瞬く間に五つ形成されて誰もいないはずの木々に向けて放たれた。着弾。爆炎が舞い上がる。しかしダークエルフは舌打ちした。
「こんな林の中で火弾なんて使うなよ。火事になるだろうが」
煙の中から現れたのは二人の男。一人は左手に青い刀身の剣を握って軽口を叩く若者。もう一人はその青年の右肩に乱暴に担がれていた。なんとも奇妙な二人組だ。だがヘイトリッドにはこの二人の顔に見覚えがあった。
「こ、こいつだ!カラカルを担いでいるのがシンヤとか言う奴だ!」
「なるほど。これはまた…不思議な人だ。私が全く魔力を感じないなんて。貴方、一体何者ですか?」
「最近よく聞かれる質問だな、それ。流行っているのか?」
「私を前にして軽口を叩くとは。やはり貴方、只者ではありませんね?」
ダークエルフの男とシンヤと言う青年が睨み合う。ドサリと乱暴に地面に落とされたカラカルが文句を言いながらも立ち上がる。シンヤは全部無視した。
「諦めろヘイトリッド!今回の件は人界騎士団には報告済みだ!この密会もすでに報せてある!すぐに正導騎士が来る!大人しくするんだな!」
「なるほど。やはりヘイトリッド様は確信を持って泳がされたと言う訳ですね。まぁ死んだと思った同僚が生きて戻ってきたら焦る気持ちもわかりますが・・・・」
「お、おい!どうするんだよ!いくらお前が強く持て正導騎士と人界騎士団が相手じゃさすがに分がわるいんじゃないか!?」
「そう言うことだ!わかったら大人しくしていることだ!ダークエルフが選都付近に潜伏しているなんて前代未聞だからな。色々話を聞かせてもらうぞ!」
ふむ、と思案顔をするダークエルフ。その肩を掴んで揺さぶる焦り顔のヘイトリッド。二人に殺気を向けるカラカル。シンヤはただじっと、この場で最も危険な存在に警戒の目を向けていた。左に握る刀にわずかに力を込める。
「ふむ。ヘイトリッド様。落ち着いてください。まだ大丈夫です。この二人を手早く片付けて逃走すれば問題ありません」
「ふざけるな!お、お前はそれでいいかもしれないが私は間違いなく捕縛されるんだぞ!私の栄光が!得られるはずの富と栄声がこんなところで終わるなど!!そもそも貴様がザイクを始末しておけばこんなことにはならなかったんだぞ!」
「…落ち着いてください、と何度言えばわかるんですか?これだから下等種族は困る。口を閉じろ、人間」
それまで紳士然とした雰囲気だったダークエルフの男は突如豹変して殺気を膨らませ、手刀を振るう。ヘイトリッドの首から勢いよく鮮血が舞う。
「か…かはぁっ!な、どうして……?」
「最初に行ったではありませんか、ヘイトリッド様。落ち着いてくださいと。さもないと、寿命を縮めると。貴方は器が小さすぎる上に肝も据わっていない。仮に暗殺が成功していたとしても早晩に商会は潰れていたでしょう。所詮、お前はその程度だと言うことだ。最後に身の程を知れてよかったですね」
ダークエルフの最後の言葉はヘイトリッドには届くことはなかった。足元に血の海を作りながらヘイトリッドはその中で息絶えた。カラカルは突然の出来事に目を見開いて驚いていた。シンヤは表情を変えることなくジッと睨みつけている。
「お待たせしました。さて、イレギュラー。貴方の目的を伺いましょうか?ご覧の通りヘイトリッドはたった今私が処理しましたが、どうされますか?」
「俺の目的はお前だよ、ダークエルフ。ヘイトリッドのような小物を操って何を企んでいる?」
「決まっているでしょう?貴方方人間を滅ぼすんですよ。我々がその気になれば人類など容易く滅ぼせますが、そうすると世界はひどく荒んでしまう。それを皇帝陛下は憂いておりましてね。そこで私のような間者の出番という訳です」
「人類を内部から壊していけば、被害も小さく済むと。中々合理的な考えだ」
「だからね、この程度の作戦とは呼べない計画でも台無しにしてくれた貴方には是非ともお礼をさせてください。代金は貴様の命だ!」
ダークエルフが再び魔導を発動する。今度は火属性ではなく貫通力に特化した雷属性。槍を模した紫電が迸る。その数は先ほどの火炎玉と同じく五本だが速度は先の比ではない。雷速で飛来して貫かんとする単純だが高い破壊力を持つ魔導。
シンヤはカラカルに下がるように指示を出すと、左手の蒼刃を鋭く踏み込みながら手元が霞む程速度で振るった。刀と槍が衝突する。ガラスが砕けるような紫電のご本の槍は全て消失した。
「―――なに!?私の魔導が消えただと!?」
「驚いている暇はないぞ、ダークエルフ?」
一足飛びで距離を詰めるといつのまに左の刀を納刀してその代わりに右手に赫刀を抜刀。袈裟に振り下ろすが寸でのところで飛び退いて回避した。だが鋒にはわずかだが血が付いていた。
「魔導師にしては体術の心得はあるようだ。この一手で終わると思ったが。存外ダークエルフなのにやるもんだな」
「ほ、本当に貴方は一体何者ですか?魔導を斬るならまだしも消し去るとは。こんなことは初めてですよ」
「こんな芸当、別に誇ることでもないだろう?それなりの技術とそれなりの武器があれば誰にでもできる」
「ハハハ…魔導を斬るなど正導騎士でもできるかどうか。ですが偶然ということもありますので―――次は手加減なしで行きますよ!」
ダークエルフはさらにシンヤから距離を取り、体内の魔力を練り上げる。発動させる魔導最初に牽制で見舞った火。それは彼の得意な魔導であり威力も期待できる。それを先程と同じく球形を取るがその数は五ではない。有に百を超えている。
「ほぉ…中々どうして。やるじゃないか、長耳族。名を聞いても?」
「―――ランコーレ。【
「―――シンヤ・カンザシだ。いいだろう。ランコーレ。死力を尽くしてかかってこい。貴様の全力を悉く凌駕してみせよう」
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