第6話:旅路と陰謀④

「それで、シンヤさん。どう思いましたか?」


「残念ながら十中八九黒だろうな。人と接する機会があまりなかった俺でもわかる。見るからに動揺が顔に現れていた。あんたの顔を見た瞬間に瞳孔が僅かに大きく開いたし汗もかいていた。裏切り者かは確定ではないにしても、何か知っているのは間違いないだろう」


 事務所を後にしてザイグの自宅へと向かう道すがら、シンヤは考えを巡らせた。推理ごっこは師匠の影響で趣味みたいなものだがさすがにこれは単純明快に過ぎる。視聴者も読者も拍子抜けな事件だ。もう一回転がらなければ誰も納得しないだろう。


「まぁ何にせよ、警戒しておくに越したことはない。選都の中では大胆な動きは見せないと思うが、遅かれ早かれ尻尾は見せるだろうさ」


 事務所から歩くこと十分弱。これまた質実剛健なこの街では珍しい木造の平屋住宅が見えてきた。どうやらあそこがザイクの家のようだ。


「どうです?中々立派なものでしょう?東の大国、シュエイ王国は木造建築が発展してましてね。それがまた素晴らしかったので本場の大工に来てもらって建てたんですよ」


「俺の村の家も木造建屋でしたが……本場は違いますね。命を感じます」


思わず見惚れてしまった。ザイグはそんなシンヤを見て嬉しそうに笑うと自宅へと手招いた。玄関を開けて帰りを告げるとテコテコと駆け足で誰が向かって来る。


「パパ―――!お帰りなさい!」


「おぉ!!ただいまリリ!いい子にしてたかい?」


「うん!ママのいうことちゃんと聞いていい子にしてたよ!」


「お帰りなさい、あなた。あら、そちらの若い男の子はどちら様?新しく雇った事務所の人?」


 ザイグの足元に飛びついてきたのはまだ三歳児くらいの女の子。次いでやってきたのはその女の子が成長したかのような顔立ちで適度な肉つきの健康的な女性。


「違うよ、プルーマ。彼はシンヤ君と言って命の恩人なんだ。私が無事に帰ってこれたのは彼のおかげと言っても過言ではない。選都に初めてやってきて泊まるところがないからお礼も兼ねて来てもらったんだよ」


「はじめまして。私はシンヤ・カンザシと言います。ザイグさんとは旅の途中で出会って色々便宜を図って頂きました。どうぞ宜しく」


「これはご丁寧に。ザイグの妻、プルーマ・フーマニタスと申します。こちらは娘のリリです。主人の危ないところを助けて頂きありがとうございます。若いのにお強いんですね。確か護衛にはカラカル達がいらしたはずでしょう?彼よりも強いのかしら?」


 プルーマ夫人から剣呑な空気が発せられた。まるで新しいおもちゃを見つけた好奇心旺盛な子供のような視線。さすがに面倒見のいいザイグの妻に返答に殺気で返すのは申し訳なく、さてどうしたものかと思っていると苦笑しながら旦那がすかさず助け舟を出してくれた。


「こらプルーマ!また昔のクセが出てるぞ。シンヤ君もおどろいているじゃないか!すまないね、シンヤ君。妻は昔傭兵をしていてね。強い人を見つけるとつい腕試しをしたくなるそうなんだ」


「ごめんなさいね。最近滅多になかったんだけど、シンヤ君は特別ね。今のでわかったわ。貴方、カラカルよりずっと強いわね?」


「……正確な力量把握は強者の証。夫人こそ只者ではありませんね?」


「フフフ。これでも引退するまでは『双刃のプルーマ』なんて呼ばれていたのよ?貴方と同じ二刀流。まぁ私の場合は短刀だったけどね」


 プルーマ夫人はかつてカラカルと仕事をしたこともあるそうだ。ザイグとは仕事の依頼で知り合い互いに一目惚れだったそうだ。交際から結婚までそう時間はかからなかったようで、リリを身籠もると同時にプルーマ夫人は傭兵業を引退。今に至っているが時折カラカル達を鍛えているので腕は多少落ちたが女性としての魅力はむしろ磨きがかかり、一児の母と思えぬ美貌を保っているのだと夕食時に酒に酔ったザイグが陽気に惚気てくれた。


「シンヤ君は本当只者じゃないわねぇー。まさかゴブリンの小隊を瞬殺するなんて。私が現役の頃でも絶対に無理な芸当ね。あぁーその場に居合わせたかったわぁ」


「ハハハ。俺なんてまだまだですよ。結局師匠には一度も勝てませんでしたし、思い人は遥か高みにいますしね」


「そんなことないわよ。サラティナちゃんだけ?確かに正導騎士の序列三位は規格外だけどシンヤ君もいい線いっていると思うわよ。そもそも並みの騎士や傭兵がゴブリンの小隊と遭遇したらその時点で人生お終いよ。生き残るにはせめて敵の倍の数は必要ね」



 酒に酔った勢いでザイグは自分がどれだけ危険な状況だったかを、本来ならばプルーマ夫人には教える予定ではなかったのにホブゴブリンの五人小隊に襲われたことを盛りに盛って話してしまった。


 それを聞いたプルーマ夫人の表情はまず青ざめ、徐々に落ち着いてくると好奇の視線と笑みをシンヤに向けた。人妻が若い男に向けていい顔ではないともしカラカルがいれば突っ込んでいたであろう、妖艶な表情だった。あいにくシンヤは心に決めた女性がいるので照れはしたものの揺れることはなかったが。


「俺達が遭遇したゴブリンの小隊が偶々弱かったんでしょう。油断していたようですし、ペラペラと意気揚々と語っていました。その隙を突いたまです」


「あら……ゴブリンと会話したの?それもまた希少ね。あの気色の悪い化け物、なんて言っていたのか興味があるわ。教えてくれるかしら?」


「いいですよ。笑えますよ?隊長らしきゴブリンは俺達に向けてこう言ったんです。『俺達はお前らを襲うように雇われたんだ』とね。おかしな話でしょう?聞けば、ゴブリンが人間を襲うのは言わば本能のようなもの。にも関わらず誰に雇われて俺達を襲ったって言うんですかね?」


「それは奇妙な話ね。笑えるけれど、笑えないわ」


 プルーマ夫人は神妙な面持ちでグラスに残った赤ワインを口に運んだ。シンヤは笑みを浮かべ、ザイグは酔っ払ってウトウトしている。娘のリリはすでにベッドで夢の中に旅立っている。


「さて、夜も更けてきましたしそろそろお開きにしませんか?ザイグさんも見ての通り限界のようですし」


「そ、そうね。じゃあシンヤ君はさっき案内した客室で休んでちょうだい。私はこの人を寝室に連れて行ってから片付けてから休むわ」


「俺も手伝いますよ?さすがに客人だからと言って何もしないのは気がひけます」


「いいのよ。シンヤ君はザイグの命の恩人なんだから、気を遣うことないから休んでちょうだい」


「…わかりました。ならお言葉に甘えて先に休まさせていただきます」


 おやすみなさい、と挨拶を交わしてシンヤは自由に使ってくれていいとあてがわれた客室のベッドに背中からドサリと飛び込んだ。適度な弾力があり高価な物だと俗世に疎い自分でもわかるそれに横たわりながら、考えを巡らせる。


「怪しいのは二人。明らかな動揺を見せた奴とほんの一瞬だけ揺らいだ奴。さて、どちらが先に動くか―――」


 犯人の検討はおおよそついている。そもそもこれは事件と呼ぶには容疑者が限られているから推理ごっこの域を出ない。問題なのはこの事件ではなく、その裏で糸を引いている連中こそ確実に捉えなければならない存在だ。


「カラカルからの連絡待ちか。さすがに今日の今日で尻尾を出すとは思えないんだが―――堪え性のない奴だな、全く」


 シンヤはポケットで振動するモノを取り出して呼び出しに応えた。これは離れた者と会話することが可能になる魔導が込められた器具だ。連絡用にとザイグが用立ててシンヤに渡していた。


 使い方は単純で、あらかじめこの器具に互いの血を一滴垂らして魔力を情報とし追加する。使いたいときは誰に発信したいかをそこから選ぶことで通話が可能となる。まるで携帯電話と一緒ね。便利なものはどの世界でもあるのね、と師匠は言っていたがその言葉の意味はシンヤにはわからなかった。遠い目をしながらおかしなことを口にするのは師匠の癖だった。


閑話休題。


「カラカルか。対象に動きがあったのか?」


『その通りだ。シンヤの言っていた通り、一旦は家に帰ったんだがこんな時間に家を出やがった。おそらく向かっているのは選都の入門ゲートだ』


選都の外に出る気なのだろうか。話よれば選都には


『一日見張っていたんだがお前達が事務所を出てからずっと執務室にこもって誰かと連絡を取っていたしな。かなり焦ってるぜ。あの様子じゃ次に何しでかすかかわからないぞ』


「予想も当たりすぎると逆に怪しく見えるな。よし、カラカルはそのまま尾行を続けてくれ。俺も今からそっちに向かう。絶対に悟られるなよ?」


『おう。任せておけ!じゃあまた後で連絡する』


 通信を切り、シンヤは壁に立てかけていた得物を二本さっと腰に挿して窓を開けて外に出た。皆が寝しずまったこの時刻に表の玄関から出るのは忍びないし、ザイグの命を狙ってきてはいるが確証がない中で話を大きくするわけにはいかない。何せこれは人類への明確な裏切り者を見つけ出すことなのだから。


 シンヤは街中まで出ると軽い力で飛び上がり家の屋根に降り立つ。さすがに夜は更けていると言っても人通りが全くないわけでもないだろう。そこを全速力で駆け抜ければ嫌が応にも誰かのの目につくかもしれない。最も、シンヤの姿を捉える者がいればそれはそれで強者の証であるが。


 屋根伝いに走ること数分。今朝方通り抜けてきたばかりの巨大な入都門にたどり着いた。見張りは上下にそれぞれ二人ずつ配置されており、入ったように出る際も身分証を提示する必要があるが、時間も惜しいのでシンヤはそのまま門を飛び越えることにした。


門外に出てから気配を殺して歩くこと数分。気取られぬように注意を図りながら件の人物の背を追うカラカルを見つけた。ゆっくりと近寄り軽くトントンと叩いた。


「っお、意外と早かったな。ちゃんと門番に挨拶したか?」


「時間が惜しかったからな。ちょっと飛び越えさせてもらった。まずかったか?」


「いやまずくはないんだが…それをやろうとすると普通は魔導の補助なしで飛び越えられないから気付かれるんだよ。どこまで規格外なんだよお前は」


 夕食時にプルーマ夫人が話していたが、実はカラカルは優秀な人物だ。シンヤと同じく『星選の証』は得られなかったが、それが発言し始めた時にはすでに傭兵として活動していた。剣術、魔導の技量は高かったため騎士団への入隊の誘いを受けたそうだが自由気ままな生活と仲間たちのことを思って断ったそうだ。選都の民からも慕われているし、カラカルの名は別の都市でも知られているそうだ。


「それにしてもあいつが本当に黒幕なのか?杜撰すぎると俺でも思うぞ?あからさまに態度に出しすぎだろう?」


 二人は足音を立てぬよう注意しながら尾行を続ける。標的なはやる足取りでどんどんと選都からは離れていき、やがて近くの雑木林へと入っていった。顔を見合わせてからその後をさらに付ける。


「あいつが黒幕かはまだ決まったわけじゃないが、事情を知っているのは間違いないだろう。【人界騎士団】とやらに連絡はしてあるか?」


「騎士団にはすでに話はしてある。ついでに馴染みの正導騎士にも話を通してあるし、この件も伝えてある」


「本当に…驚くほど優秀だっただな、あんた」


 人界騎士団。この人類の世界を来たるべく闇の軍勢との戦いから守るべく結成された守護団である。性別に縛られず、国に縛られず、世界を守るという思いと実力の双方を兼ね備えていれば入団できる。その中でも正導騎士とは【星選の証】を持ち、騎士団の頂点に立つ十人に与えられる称号であり、一騎当千の力を持つ化け物だ。


「その正導騎士は俺の元同僚でな。気さくな奴だなんだよ。事が事だけに総隊長に騎士団長に報告すると言っていた。あの時回収しておいたゴブリン共の耳が役にたったぜ」


 襲撃を撃退した後。ゴブリン達を火葬したのだがこの話に信ぴょう性を持たせるために彼らの片耳を切り落として回収しておいた。いくらザイグやカラカルが有名人だからと言っても話だけでは信じてもらえない可能性も否定できなかった。明確な証拠として残しておいたのが話を功を奏したようだ。


「っお、足を止めたぞ。なんか叫んでるな?ん?誰か出てきたぞ?」


「静かに。あれは…やっぱり面倒なことになったな。今出てきた相手、おそらくダークエルフだ」


「な、なんだって!?ダークエルフと言えば闇の軍勢の中でも上位の力を持ってる種族だぞ!?なんでそんな大物がこんなところに!」


 シンヤ達の視線の先にある二つシルエット。そのうちの一つは騎士団でも、それこそ正導騎士でも手を焼くと言われている褐色の肌を持つ耳長の長老族。彼らは魔導に精通しており、一人で人族の十分の魔導を放てる魔力を有しているとされており、幹部クラスにもなれば正導騎士に匹敵する能力があるとさえ言われている。


「どう言うことだよ!!なんでザイグが生きているんだ!あんたらが任せておけと言うから危ない橋を渡って暗殺を頼んだんだぞ!失敗しているじゃないか!」


 そしてそんな危険な存在に対して唾を飛ばしながら怒鳴る人物こそフーマニタス商会のナンバー2、ヘイトリッドその人だであり、シンヤ達が真っ先に目星をつけた最重要容疑者の一人だ。シンヤとカラカルはダークエルフに気付かれないように息を殺して様子を伺うのだった。

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