第一章 再会編
第3話:旅路と陰謀①
師匠の元から旅立って三ヶ月が過ぎようとしていた。俺はすでに中央選都に着いていたが未だにサラとは再会できていない。
人類を護る要の正導騎士でありその序列第三位の彼女にいくら同郷だと言っても簡単に会うことなどできるわけがない。だからと言ってこの世界の騎士としての基準を逆の意味で完璧に満たしていない。むしろ戦場に立つことさえ許されないほどだ。だから俺は機会をうかがっていた。
「選抜武芸大会。これに勝ち残れば正導騎士と試合ができる。そこで認められれば騎士団入りも可能。参加は自由だがその代わり生死の保証はない。上等だ。やってやるさ」
ここに来るまでの道すがら、一度だけ闇の軍勢と思われる一群に襲撃を受けたことがあった。
歩いて行くつもりだったのだが道中で中央選都にある自宅に帰る途中だと言う商人の馬車に乗せてもらうことができた。舗装されているとは灯りは乏しく、一日で着ける距離ではないので野営もしなければならないことから、彼は野党を警戒して五人組の傭兵を護衛として雇っていた。だから見るからに怪しく、見ず知らずの自分を気前よく乗せてくれた彼には感謝の言葉しかない。
「私はザングと言います。しがない商いをしている者です。あなたはどこに向かわれるのですか?」
「選都【オルトロス】へ。見ての通りしがない旅人さ」
「それはちょうどいい!私も選都へ帰る途中なのですよ!もしよければ乗って行きませんか?これも何かの縁というものです。さぁ、どうぞ」
「おいおいザングさんよ。どう見ても怪しい奴を乗せるとか正気か?やめておいた方がいいと思うぜ」
「そちらの護衛の言う通りだ。あいにくと身分を証明できるものもない。それでもあんたは俺を乗せてくれるのかい?」
「えぇ。もちろんですとも。私、こう見えて人を見る目には自信があるんです。根拠なんてないんですけどね、あなたは間違いなくいい人だ。だから声をかけたんです」
そう言って身長の割には小太りだがどこか憎めないこの男はにこりと笑って俺に手を差し伸べたのだった。
護衛達には訝しげな視線を送られていたが日中の旅は至極順調で快適なものだったが、事件は俺が乗り合わせたその日の夜に起きた。突如として林道から緑色の巨体の異形の集団が現れて襲撃を受けたのだ。
護衛隊のリーダ――名をカラカルと言う―――曰く、その屈強な身体を持つ化け物はホブゴブリンと呼ばれ、ある程度の知恵を持ち、武器も操る闇の軍勢の先兵らしい。
しかし先兵と言ってもその力は凄まじく、並みの兵士では太刀打ちできないと言う。護衛を務めている傭兵もカラカルはしっかりしているが彼の仲間達は剣を構えてはいるが手足は震え、とてもじゃないが戦えるような状態ではなかった。商人はなおさらで、カラカルの背に隠れて震えていた。無理もない。
「俺が前にである。お前たちは商人さんのそばにいてやってくれ。取りこぼしはないようにするが、万が一の時は頼んだぞ」
そんな中、俺からしてみればこれは不謹慎と思われるが、好機以外の何ものでもなかった。師匠に貰った二刀を腰から抜いて獰猛に笑う緑の怪物達の前に立つ。
師匠以外と戦ったことはない。魔導も武芸も超越しているあの人と死と隣り合わせの鍛錬をこの十年行ってきた。実際何度か心臓も止まって三途の河を渡りかけたこともある。だがそれでも俺は生きている。師匠からも
―――喜びなさい馬鹿弟子。晴れてお前も、人の身でありながら限界を超えた超越者となった。立派なこちら側の…私と同類だ―――
これを喜ぶべきか嘆きべきはわからないが、少なくとも俺が強くなったのは間違いない。それがどの程度の領域なのか、この化け物どもで推し量るとしよう。
巨躯のゴブリンの数は五体。鎧をつけて剣を手にしていることもあるが、ある程度の武芸を嗜んでいるのはその構えを見ればわかる。化け物のくせによく訓練されている。
「カカカッ!話に聞いていた通りだ!ここにいれば人間が来る!オマエら人間を殺して食う!」
「…これは嵌められたかな?まぁいい。おいお前!お前がこの隊の指揮官だな!?どこで、誰からこの商隊の話を聞いた!答えろ!」
「それを聞いてどうする?これから死んでエサになる貴様らに関係のないことだ!」
「・・・・なるほど、自分たちが捕食者だと信じて疑わないわけか。だがな、それは間違いだぞ、化け物。この世界は喰うか、喰われるかだ!」
シンヤは一足で間合いを制圧する。戦いの基本はいかに己の間合いで戦い、敵の間合いを殺すか。それがまず第一歩でありそれさえ出来ればあとは武器を振るうだけの簡単な作業だと師匠は常々話していた。
最初はそんなわけがあるかと思っていたが、鍛錬を続けているうちに理解できた。今もまさにそうだ。前衛の右側を赫刀を縦に振るって一撃のもとに斬り伏せる。生死は確認するまでもない。そのまま踏み込みながら左の蒼刀を横に閃かせて二匹の首を纏めてはね飛ばした。
シンヤの攻撃は続く。後衛にいた残り二匹の内の一匹、おそらく副隊長と思われるゴブリンが大口を開けて牙をむき出しにしながら怒りの形相で斬りかかって来るが、残念ながらはそれは愚策だ。手首を返して左手を振り上げて野太い腕を肘から斬り飛ばす。そしてアホ面に向けて右の刃を突き刺した。素早く引き抜いて血に濡れた鋒を哄笑していたボスに向ける。
後にこのことをこの場に居合わせた傭兵の一人、カラカルは酒を飲んでいないのに興奮した口調でこう語った。
―――あの時のことは今でもはっきり覚えている。瞬きしている間におきた夢のような出来事とはこの事だ。シンヤは一瞬のうちに四匹を仕留めたんだ。信じられるか?霞のように消えたかと思えばゴブリンどもは真っ二つに斬られてたり首が無くなっていたんだぜ?それで、残った隊長らしきあいつはボスも瞬殺してみせたんだが、それがまた圧巻だった―――
―――信じられるか?シンヤの奴は隊長が勢いよく振り下ろしてきた大剣の腹に左脚を叩き込んで軌道をねじ変えたんだ。その時のゴブリンの顔と言ったら、化け物でも信じられないことが起きると俺達と同じ顔をするんだと思うと笑えるぜ。そのあとすぐに袈裟斬りにされたから、何が起きたか理解できずに死んでいったな。まぁ俺達ですら何が起きたからわからなかったけどな―――
―――俺がこうして生きていられるのもシンヤのおかげさ。俺達だけなら依頼主は護れたかもしれないが自分の命までは護れなかった。ホント、あいつには感謝してもしきれないね―――
「マジかよ。ホブゴブリンの小隊を瞬殺かよ」
「お、俺達、助かったのか?助かったんだよな?」
ここまで共に過ごしてきた傭兵達が安堵の表情を浮かべていた。商人は腰を抜かしていた。シンヤは刀を振って血を払い、鞘に収めた。そして自身の実力が十分強うすることを初めて実感していた。師匠に散々ボコられてきたからこれっぽっちもなかった自信を初めて得ることができた。その点ではゴブリン達には感謝しないといけないな、と思いながらシンヤは刀を納めた。
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