第一章 再会編
第2話:師との出会いと男の決意
今から二十年程前になる。
とある占い師が予言した。いずれの未来、しかし必ず世界は滅亡すると。それを聴いた人々は絶望した。この占い師の予言が外れたことはないからだ。だが年老いた者たちは『またか』と頭を抱えた。
しかし今回占い師は同時に予言した。闇を払う戦士を鍛えて揃えて騎士団を作れと。さすればいかに深く暗い闇であっても打ち払うことができるだろうと。
この話を聴いて人々は希望を取り戻した。世界を滅びから護る光を得たと。故に各国の王達は結束し、世界の中心地に【オルトロス】を設立した。世界の、希望の象徴となるように空へと伸びる白亜の塔だ。そしてそこに所属する騎士のことを【正導騎士】と名付けた。
さらに、占い師の宣言と時を同じくして男女も年齢も問わず、体に痣を宿した者達が現れた。彼等は素人であっても歴戦の戦士にも勝る力を有していた。
王達は自国からその痣、【星選の証】を持つ者達を探し出して【オルトロス】へと送り込んだ。それも全ては来るべき闇の襲来から世界を護る為。
だがこれは時として強引ととも取れる手法を用いて行われた。まだ幼くても本人の意思とは関係なく半ば誘拐のように連れ去る。泣いても誰も助けない。両親には多額の金銭を渡して黙らせているからだ。世界が滅びるかもしれないというのに金を渡して何の意味があるのだろうか。
そうして俺は、この世の何よりも大切で、大好きな子を連れ去られた。彼女が十歳の誕生日を迎えたその日に痣を発現させて、その一週間後に中央選都からやってきた【オルトロス】の使者に連れていかれた。それを止めるだけの力を俺は持っていなかった。九歳の子供に何ができるのかという言われればそれまでだし、滅亡を防ぐために人々の希望となるのだからそれは栄誉としないで何とする。そう俺の両親は言った。むしろ何故俺に痣がないのだと嘆いていた程だ。
だから俺は村を出た。実の子を金で売る親、自分の子に痣が発現しないことを嘆く親、そして何より大好きな子を護ることができなかった自分を変えたかった。
なけなしの小銭と親しくしていた門番のおっさんから譲ってもらった古びた剣を片手に中央選都を目指した。その時はただ彼女に会いたい一心だった。だから無謀にもろくに剣の振り方も知らないくせに飛び出した。
だから俺は早々に死にかけた。何の変哲も無い、ただの狼の群れに襲われた。錆びた剣ではもちろんのこと、その重さを自在に操ることができなければ噛み殺されるのは自明のこと。俺は死を覚悟した。
だが結果として俺は生き延びた。この窮地から救ってくれたのが他ならぬ師匠その人だった。その人は腰まで伸ばした紫髪の妙齢の美女だった。しかしその細腕からは信じられぬ程の膂力で持って手にした剣を一振りして獣達を瞬殺してみせた。
「こんなところで何をしているのかしら。まともに剣も振るえず、魔導も使えず、そして何よりたった一人で死にたいのかしら?自殺志願者?」
その時の師匠の言葉と俺に向ける視線はまるで裁断者のようだった。答えを間違えたら今俺は生きていなかっただろう。
「大切な、大好きな人にもう一度会うためです」
「…そう。痣持ちになったのね、その子は。だけど痣持ちはこの世界の希望。対して少年、君はただの人間。まさしく護られる側ね。そんな君が会いに行ったところで取り入ってはもらえないわよ?」
「そんなことわかっています!それでも俺はもう一度彼女に会いたい。助けを求めて伸ばした手を取ることができず、死ぬかもしれない戦いをあの子がしているのにただ護られるだけなんて嫌なんです!」
「……なるほど。幼くても少年君、君は立派な男であり、戦士の気構えを持っているのね。わかったわ。ならその想い、私が叶えてあげるわ。稽古をつけてあげる。それこそ痣持ちだろうと関係ない、最強の男に仕立ててあげる。それには死ぬ覚悟が必要だけど…その顔は聴くまでもないわね」
何もできないこんなクソガキを助けてくれただけでなく、鍛えてくれると言うのなら願っても無い話だった。
「よろしい。私の名は簪ユウカ。この世界風に言えばユウカ・カンザシかな?じゃぁ少年君、君の名前を教えてもらおうかな?」
「シンヤです。ただのシンヤです。カンザシ様」
「ならシンヤ、今後は私のことは師匠と呼ぶように。いいわね?でもたまには間違えてお姉ちゃんと呼んでもいいのよ?」
「…わかりました、師匠」
「ツレない子ね。じゃぁ行くわよ、シンヤ。言っておくけど私の修行は厳しいからね?それこそ死にたいと思うほどにね。だけど容赦はしない。それが武芸百般の神たる私の矜持。己が大切な者と再び会いたいと願うなら、死に物狂いでついて来なさい」
「望むところです、師匠。俺はもう一度あの子に、サラに会うんです。そのためなら死ぬ覚悟はできています」
これが俺と師匠との出逢い。今でもからかわれるほどみっともない姿だと思うが、この人がいたからこそ今の自分がある。感謝してもしきれない恩師だ。
「さて、早速稽古をつけようと思うのだけれど。残念な知らせがあるわ。シンヤ、あなたには絶望的に魔導師としての才能がない。と言うより魔力がない。これじゃぁどうあがいても 正導騎士はもちろんこの世界が欲している騎士にはなれない」
「…はい?どう言う意味ですか、師匠。俺に死ねと言うんですか?無価値な俺にはサラに会う資格はないと言うんですか?」
「早とちりしないのお馬鹿さん。あくまで君はこの世界の騎士としての可能性がないだけ。それなら別の世界の戦士としての力を得ればいいだけの話だと思わない?そして喜びなさいシンヤ。私には君を最適な武技を授ける術がある。よかったな、私が師匠で!」
突然の絶望宣言からの自画自賛の宣言。その当時の俺はぽかんとアホヅラを浮かべていたのを覚えている。「何言ってんだこの人」と言うのが正直な感想だ。
「その技の名は【
「それなら、無い無い尽くしの俺でも強くなれるんですね?」
「もちろん死にたいと思うほどの修練の先にだけれど。そのためには私の知り得る武術を全て授けるわ。どう、少しは希望が出たかしら?」
「えぇ、わかりました。師匠が何を言っているか全くわからないと言うことがわかりました。ですがそれでも俺はあなたに教えを乞う他ありません。宜しくお願い致します」
「よろしい!では早速始めるとしよう!まずは山下りからね!まずはその貧弱の身体を徹底的に鍛えなすことから始めるわよ!」
地獄の鍛錬の始まりだった。ってかなんで山下りなんだ。この数時間永遠と登ってきたと言うのに下るのか。勘弁してくれ。素直な俺はそう思った。
師匠と出会って十年の歳月が流れた。俺はまもなく二十歳を迎えようとしていた。幸いなことに世界はまだ滅びていない。闇の軍勢が動きが活発化しているとの話は聞くが大規模な戦闘はまだ起きてはいない。それはまだ彼女が、サラが戦場に出ていないことの証左でもある。
「シンヤの思い人、サラティナ・オーブ・エルピスは正導騎士の序列第三位に君臨しているこの世界でも最強格の一人になっているよ。ヤバイわねこの子。この世界の基準では十分な天才よ。まぁシンヤも大概だけどね」
「さすがとしか言いようがありません。この十年で俺もそれなりに強くなったと思ったんですが、自信をなくしそうです。死ぬような思いで鍛錬したって言うのに、というか何度か死んでますよね、俺?」
「ハッハッハ。寝言寝ているときに言うものだよ?死んでいたら君は今頃こうして生きていないよ?」
「まぁそうなんですけどね。それはいいとして・・・・師匠、この十年、お世話になりました。そろそろ行こうと思います。サラの元へ」
「やっぱり、行くのね?中央選都【オルトロス】へ。彼女の元へ」
師匠から放たれる気配が変わった。本気の殺気だ。これまで数えきれないほど師匠とは刃を交えてきた。鍛錬とは思えぬほど苛烈に激烈に死を覚悟するほどだった。だが今目の前で纏うそれはその比ではない。おそらくこれが師匠の本気。
「はい。それが俺の行動原理ですから。サラにもう一度会う。そして彼女を護る。世界を救えるかはわかりませんが、せめて大切な人たちだけは護りたいと思っています」
「…全く、本当にお馬鹿さんね。進んで死に行くなんてね。いずれ闇の軍勢を統べる魔皇帝が現れる。そうなればシンヤ、君ですら死ぬかしれない。話したでしょう?奴らは、闇の軍勢は災害のようなものだって。周期的に現れては世界を壊し、星が再び世界を創り直す。ゲームみたいなものなんだって。私といればその破壊と再生から生き残ることができる。それでも君は―――!」
「師匠。それでも俺は今生きているこの世界を護りたい。その為ならこの命、たとえ散ろうとも本望です。まぁその前にサラに会うことが前提ですけどね」
「…このお馬鹿さん。わかったわ、もう止めはしない。好きにしなさい。何処へでも行きなさい」
そう言うと師匠はそっぽを向いてしまった。こうなった師匠は何を言っても無駄だ。俺は苦笑を浮かべてから、深々と頭を下げた。口には出さないがこの十年間、右も左もわからず、剣の握り方も知らないクソガキを面倒見てくれて、生きる術を、戦う術を授けてくれた感謝の念を込めた。
「出て行く前にこいつを持っていきなさい。餞別よ」
真新しい布に包まれた物を投げ渡された。受け取り、中身を確認するとそこには二本の刀があった。血のように暗く赫い刃。紫水のように澄んだ蒼い刃。
「必撃の赫刀。滅魔の蒼刀。君の【世界再現】とも相性がいい。その刃に込められた呪詛は私の十八番。その威力は折り紙つき、皇帝とて必殺よ」
「師匠……」
「生き残りなさい、シンヤ。そして帰って来なさい。そしたら君とサラの新居くらい、私がここに建ててあげるわ」
「…二世帯住宅とか勘弁してください、師匠。俺はサラと二人で静かに暮らしたいんです」
「なんだとぉ?サラとは良くても私とは一緒に暮らせないって言うのか?薄情な弟子だな、君は。夜が怖くて一緒に寝てくださいと泣いて頼んできたのを忘れたのか?」
師匠は笑った。その瞳には薄っすらと涙を浮かべていた。俺もつられて涙を流しそうになったがそれをなんとか堪えてもう一度頭を下げて、背を向けて家を出た。師匠から声がかかることはなかった。
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