第一章 再会編

第4話:旅路と陰謀②

「おいあんた…確かシンヤって言ったか?すげぇじゃねぇか!!驚いたぜ!長いこと傭兵をやって来たがあんたみたいな強い奴はそれこそ正導騎士以外に見たことねぇ!と言うか実は正導騎士でしたってオチでも今なら信じるぜ!」


話しかけて来たのは確かカラカルという名で、この商人の護衛隊のリーダーを務めている男だった。


「俺が正導騎士? 冗談はよしてくれ。俺はただの剣士さ。しかもろくに魔導どこか魔力すらない無能者だよ。そんな俺がナイトオブナイツ、騎士の中の騎士である正導騎士と同等だなんて…笑えない冗談だ」


「魔導が使えない!?というか魔力がない!? じゃ何か、あの動きは魔力による身体強化を使っていなって言うのか!?」


「そう言うことになるな。まぁ身体強化と似たようなことはできるが、師匠曰く、俺には魔力がほとんど無いんだと。だから身体強化さえもまともに出来ないんだ」


 魔導を発動させるために必要なものが魔力。生まれながらにして人は魔力を有しているとされているが語弊がある。魔力を有している者は仮に【星選の証】がなくとも魔導師や騎士として活躍することができる。言い換えれば多かれ少なかれ魔力をもって生まれると言うことは大成が約束されたようなものであり、そう言う者達がぽんぽんと生まれてくることは珍しいことなのだ。


 シンヤの故郷のような田舎では特にそうだ。魔力を持つ親の間に産まれた子もまた魔力を有しているが、魔力を持たぬ親から産まれた子がそれを有しているとなればそれは奇跡と言える。さらに【星選の証】をも得たサラはまさに神に愛されたと言っても過言ではない。


 余談になるが、魔導を発動させるのに必要なのは具体的な想像力と論理的思考力だ。どのような魔導を発動させるのかを想像し、その形状や威力、発動地点、規模を論理的に思考する。この二つが揃って初めて魔導として成立する。これさえできれば誰でも魔導師になれるし、理論化もされている。


またシンヤのような魔力もなく魔導を使えない一般人―――シンヤを一般人と評するのは些かおかしい―――が魔導を使う方法がある。それはすでに完成して物体―――大半は護符など―――に刻み込まれている物がある。使い方は簡単で、対象を定めて刻み込まれた魔導が発動するように強く念じるだけ。しかし戦闘で使えるようなものはほとんどない上に超高価でコスパが悪いので金持ちが見栄を張るためかお守りがわりに我が子に持たせておくしか用途がない。


閑話休題。


「マジかよ…ならあれは素の状態での動きだって言うのかよ。シンヤ、お前本当に俺達と同じ人間か?」


「失礼な奴だな。俺はれっきとした人間だよ。身体の動かし方はまぁあれだ。師匠の教えのおかげだよ。ちょいとばかしコツがいるが、やろうと思えば誰にでもできる技術らしい」


 誰もやろうとはしないだけだけどな、と心中で付け足した。この世界で戦う者ならば魔力を用いた身体強化は誰もがやっている初歩的な技術だ。それ以外の方法は知られていないし知る必要もない。そもそも、やり方を説明したところで理解できるものでもない。


「なるほどな。中々苦労したんだな」


「まぁ、人並みにな」


 その後、ゴブリン達の遺体は一部を残してカラカルの仲間が魔導で武装ごと焼却した。遺体を残しておけばそれを血の匂いを嗅ぎつけた野生の獣達が寄ってくるだけでなく余計な追っ手に付きまとわれることにもなるからだ。ただ、シンヤには気になることがあった。最後に殺した隊長らしきゴブリンの発言だ。


「あのゴブリンは現れた時『聞いていた通りだった』と口にしていた。つまり、俺達がこの道を近々通ることを知っていたことになる。ザングさん、あんた自分の行動予定を誰かに話したか?」


「まさか、私の命を狙っている輩がいるとでもいうのですか!?そんな…バカな」


「あくまで可能性の話だ。どうだ?覚えはないか?」


 ザング・フーマニタス。商人。中央選都に自身の名を冠した商会を構えるその道ではやり手として有名な男で、その規模は今や世界の中心とも言える中央選都にそびえ立つ【オルトロス】を核として形成された都市においても一、二を争う程だ。それは彼の商人としての才覚もあるが人誑しひとたらしとも言える人柄だと、ほんのわずかな時間を共に過ごしたシンヤは感じた。無条件で人が良いのだ、この男は。疑うことを知らないのか。


「私が商売を終えて中央選都へ戻ることを連絡したのは選都にいる家族と信頼できる部下の一人だけです。それ以外には話していません」


「となると、密告者はその中の誰かってことか?おいおい、シンヤ。さすがにそいつは考えすぎじゃねぇのか?」


「そうですよ!家族はともかく、部下のヘイトリッドは商会立ち上げから一緒にやって来た戦友です!彼が裏切るなんてことは!?」


「ありえないなんてことはこの状況においてはありえない。あらゆる可能性を疑う必要がある。つい殺してしまったが…隊長は生かしておくべきだったかもな」


 シンヤはやれやれと頭をかいた。初めての師匠以外との戦闘で気分が高揚していたので後先考えずに斬って捨てたが今となっては失態だった。人類が闇の軍勢の先兵であるゴブリンと通じているなどあってはならない。明確な人類への裏切り行為だ。


「まぁなんであれ、夜が明けたら選都に帰ろう。幸いな事に馬も荷物も何もかも無事。暗殺を企てた奴が一番嫌がるのは殺したと思った奴が生きて帰ってくる事だ。あんたが何事もなく帰路につけば墓穴を掘るかもしれない。そこが突破口だ」


 などとカッコつけて話しているが、これも全ては師匠がどこかの世界から持ち込んできた娯楽作品の主人公からの受け売りだ。煌びやかな世界で巻き起こる凶悪な事件やその裏に潜む陰謀を論理的思考と非論理的な直感で解決していく話。シンヤの一番のお気に入りで師匠が呆れるほど繰り返し観た。


「見張りは俺がする。ザングさんやカラカル達は休むと良い。俺みたいな得体の知れない奴を拾ってくれた礼をさせてくれ」


「そんな…この窮地から救ってくださっただけでも十分すぎるほどですよ。むしろ一生かけても返しきれない、命の恩人です」


「水臭いこと言うんじゃねぇよ、シンヤ。俺も付き合うぜ。必要ないかも知れないが、一人より二人の方が楽だぜ?」


「わかったよ。ならカラカル。付き合ってくれ。他の皆はさっさと寝ろ。そのかわり、明日は頼んだぜ?」



 ザングや他の傭兵達がテントに入っていくのを見届けて、シンヤとカラカルは火種の前に向かい合う位置で腰をおろした。


「なぁ、シンヤ。一つ、聞いてもいいか?」


「なんだよ改まって。答えられることならなんでもいいぞ」


「お前はどうして選都を目指しているんだ?あれだけの実力があるならもっと楽に稼げる方法なんていくらでもあるはずだ。それなのにどうして選都なんだ?」


 選都オルトロスの発展度合いはどの大国の首都と比べても頭一つ抜けているとされている。綺麗に整備された街並みと、そこを歩く人々は皆笑顔と活気に満ちていて幸せに溢れていると言われ、まさにこの世界の希望だ。


 それを可能にしているのが中心にそびえ立つ白き巨塔。街の名にもなっているその塔には各国から集められた【星選の証】をその身に刻んだ騎士達が滞在しており、闇の軍勢と言う脅威と戦っている。故に選都はこの世界で最も幸せな場所であると同時に真っ先に危機が訪れる場所でもある。


 そんな地に新たに足を運ぶのは英雄になりたいと夢見る愚か者か、滅びの前の幸せを享受したい諦観者だ。ザイグのような一旗上げて億万長者になろうと言う気骨者もいるが数は少ない。


「お前ほどの腕があれば、わざわざ選都でなくても大国のどこかの王族直属の護衛にだってなれるはずだ。そうすればいざ戦争が始まっても早々に死ぬことはない。だが選都に足を踏み入れれば有事の際は戦場に駆り出されるかも知れないんだぞ?お前は死ぬのが怖くないのか?」


「俺はな、カラカル。大切な人が救いを…助けてと涙を流して伸ばした手を掴めないまま死ぬのが一番怖いんだ」


 焚き火に小枝を焼べる。パチ、パチと弾ける音が夜の静寂に響き渡る。シンヤは続けた。


「十年前。俺の大切な人に『星選の証』が刻まれた。俺の生まれた所は森の中を開拓したような田舎の村で、住民の数もそんなに多くはなかったがみんなが家族のように暮らしていた。その町で、隣の家に住んでいたサラとは歳が近いこともあってよく遊んでいてな。初恋だったよ。この村で一緒に生きて死んでいくもんだと思っていた。彼女に『星選の証』が刻まれるまではな」


「すぐに選都から正導騎士と調査団が来たよ。サラを迎えにきたと言ってな。当然俺は反対すると思っていたが、多額の金銭を受け取った村民達は、行きたくないと泣く彼女を快く引き渡したんだ。その中にはサラと、俺の親も含まれていた」


「俺だけが彼女の手を取ることできた。力があればな。だが十歳にも満たないクソガキにそんな力はなくて、結局何もできずに立ちすくむことしかできなかったよ。まぁそれからは最悪だったよ。『どうしてお前には痣が出ないんだ。そうすればうちにももっと金がもらえたって言うのに!』って親から言われる始末だ。だから俺は村を出ることにしたんだ。もう一度サラに会うためにな。まぁその途中で何度も死にかけはしたがな」


 シンヤは首をすくめておどけてみせたが、気軽に聞いたことを恥じているのかカラカルの表情は暗かった。


「その……すまない。軽い気持ちで聞いていい話じゃなかったな。それで、その子の所在はわかっているのか?」


「あぁ。今じゃサラ―――サラティナ・オーブ・エルピスは正導騎士の第三位って話だ。聞いたことあるか?」


「おいおいおい!マジかよ!?サラティナ・オーブ・エルピスって言えば超有名人じゃねぇか!若くして剣術・魔導の技量はトップクラスの麒麟児じゃねぇかよ!いずれは序列一位にもなり得る逸材って話だぜ!」


「…驚いたな。そんなにすごいのか、あいつ。そこまでとは知らなかったよ」


「正導騎士に選ばれるのは『星選の証』を持っている者の中でも限られているし、序列が付けられているのは一から十まであるが、その三番目ともなれば人類最高峰だぜ。まさか知らなかったのか?」


「なんとなくすごくなったんだとは思っていたんだがな。人類で三番目に強いのかぁ。それは…予想外だ」


「ハッハッハ!本当にあんたは面白い奴だな!強いだけじゃなくて頭も回ると思ったら世間の常識には妙に疎いときてる。そう言えば師匠と修行していたんだっけか?どこで暮らしてたんだよ?」


「山の中だよ。空気は薄いのに魔力濃度は濃いから獣も無駄に強いし最悪な環境だよ。外界の情報は師匠が教えてくれたけど、穴だらけなのがよくわかったよ」


 それから夜が明けるまで二人は話した。シンヤは自身の足りなかった常識を補完するために色々なことをカラカルから話を聞いた。


 その中で興味を引いたのは傭兵制度と特別徴用制度。傭兵制度とはカラカルのような者をいい、騎士とは違って依頼主から金をもらってその見返りに剣を振るい障害を退ける者達の総称だ。誰にも縛られない自由気ままな戦士だからこそ身勝手な連中と騎士からは蔑まられている。


 だが彼らの中には騎士になりたくてもなれなかった者達もいる。そんな彼らの為にあるのが特別徴用制度だ。年に二度、選都で行われる武芸大会の上位入賞者を騎士として取り立ててる制度だ。それが三ヶ月後に開かれるそうだ。これで目立てばサラに会えるかもしれない。だが問題があった。


「身分を証明できるモノが何もないんだよな、俺」


「それがなきゃそもそも選都には入れねぇぞ。どうすんだよ」


この世界において自身の身分を証明する物―――一般的なのは鉄板に名と出身地、出生日が刻まれたタグ―――は生まれ故郷で発行される。だがシンヤは衝動的に村を出たので家から持ち出しておらず、それから師匠と十年間を過ごしたのでその存在をすっかり忘れていた。


「問題ありませんよ。シンヤさんの身分は私が保証します。あと特別徴用制度の武芸大会にも出場できるように手配しましょう」


 朝、頭を抱えていたシンヤにザングは笑顔でこう提案した。確かに彼ほどの人物の口利きならばシンヤ一人くらいを選都に入れることも、武芸大会に推薦することも造作もないことだろう。万が一の場合の保険も用意してある。


「言ったでしょう?貴方は私の命の恩人だ。こうして生きていいられるのも貴方のおかげ。そんな方が困っているなら手を差し伸べる。人として当たり前のことです」


「ザングさん…ありがとうございます。恩にきります」


 ゴブリンの襲撃から三日後。初日以外に特にトラブルはなく、無事に中央選都【オルトロス】に到着した。その間にゴブリン小隊を差し向けてきた黒幕をあぶり出すための単純だが効果的な作戦も考えた。尻尾を見せた場合の捕縛役をカラカルが買って出たが何が起きる変わらない以上、半ば強引ではあったがこのメンバーの中では最高戦力のシンヤがそれを担当することになった。


「不貞腐れるなよ、カラカル。相手は闇の軍勢と通じているような奴だ。何があるかわらかない以上、危険を背負うのはなるべく少ない方がいい」


「いや、それはそうだがよ…だが本当に裏切り者がいるのか?いまだに信じられないぜ」


「もちろん、考えすぎって可能性も無きにもあらずだ。取り越し苦労で終わるならそれに越したことはないが、警戒しておいても損はない」


「はいはい。わかったよ。!本当、知識は偏っているのにそう言うところは頭が回るのな。お前みたいな奴は初めてだよ」


 心配していた入都だが、門番に何か聞かれる前にザイグさんが説明をして話を通してくれた。さすがに訝しげな視線で見られたがシンヤは素知らぬふりをして頭を下げた。


「さて、それではここで一旦解散ですかね。カラカルさん、今回の依頼料は後日ご用意してお渡しいたします。シンヤさんは初めての選都でしょうから寝泊まりする場所も何も決めていないでしょう?なら我が家に来ませんか?妻に紹介させてくだい」


「それは願ったりだが…いいのか?家族水入らずに俺のような部外者がいたら迷惑じゃないのか?」


「遠慮なさらないでください。それに何度も言っておりますが貴方は―――」


「命の恩人、って言うんだろう?わかった、それならとことんお言葉に甘えさせていただくよ。ついでだ、あんたの商会にも顔を出していいかい?例のこともあるしな」


「えぇ……そうですね。わかりました。私の護衛ということでしたら問題はないでしょう。報告もしなければなりませんし、すぐに向かおうと思っておりますがよろしいですか?」


「もちろんだ。そう言う面倒なことは早いところ済ませる限る」

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