能力特区
AtNamlissen
第1話
郷見第二高校に通う
「ゲームやりすぎて最近寝不足で……」
などと弁明する彼が、自制心を失うほどにゲームに熱中する姿を、一番親しい友人である2人にも全く想像できなかった。
◇
結論から言うと、細坪は嘘を吐いていた。
いつも通りの3人で帰宅する通学路の途中での会話。
3人が普段から寮の門限近くまで駄弁っている大きな公園の、噴水近くの6つほどあるベンチの1つで夏休み明けからしばしば見かけるようになった3人組の女子がいると細坪は話す。
しかし西吉も兼政も、細坪の言う女子達に覚えは無かった。噴水近くのベンチは彼らのように放課後を無為に過ごす高校生で常に満杯で、他のグループがいつ来ているのかなんて2人が気にしたことは無い。
「その3人組の、大抵ベンチの左側に座ってる、長髪のハーフアップのコがね……」
細坪は顔から耳までを朱に染めて、恥ずかしげに小さな声で言葉を続ける。
「好きになってしまって……あのコの顔を想像してしまうと夜も眠れないんだ……」
「なるほど。いやらしい妄想が捗って、夜中まで耽ってしまうと。」
兼政がニヤけた顔で茶化すが、細坪はどもりながらもきっぱり否定し、兼政は面白くないという顔をする。
「ふ、耽るってアレかい?あの、空想だとしても好きなコに対してそ、そんな事を俺がす、するわけないだろ。」
「そうだよなあ。まったく、ミキタカは真面目だよ。」
下校路の途中にある公園の入り口に差し掛かり、細坪はあからさまに足を早める。こんな話をしたあとに、普段通りの顔して噴水バタのベンチに座れる訳がない。兼政と西吉も細坪の気持ちを察し、敢えて公園に誘おうとはしない。
ただ、それはそれとして友人の好きになった人のことが気になるのは人間の
「で、その女の子のどんなところが好きなの?」
「うーん。難しいけど……笑い方が上品な感じで……あと目が綺麗な青と緑のグラデーションで、それと一度、俺と目が合ったことがあったんだけどその時の笑顔がとても……可愛かった。」
細坪は元に戻りかけていた顔色を真っ赤にして答える。
魔法を使える彼らは、その能力の性質によって虹彩の色が違う。例えば大きく分けて「揺らす」魔法と言われる赤の魔法使いである細坪の目の色は深く吸い込まれるような赤。「逸る」魔法と言われる緑の魔法を使える兼政の目の色は輝くような緑だ。つまり、青と緑の目をしたその女子は2色の魔法を使えることになる。
「まさか細坪が目フェチだったとは驚いた。」
「フェチというわけでは……」
「まあフェチかどうかは置いておいて、きっとそのコが高嶺の花であることは間違いないだろうね。緑の魔法使いは容姿がいいし、青の魔法使いは器用だって遺伝子的に分かっている。緑の魔法使いだからといってモテるわけではないことは兼政もよく知ってるとおりだけど……」
「俺は関係ないだろ。けど、ただの緑の魔法使いじゃないって時点でアドだろうな。それに世にも珍しい2色の魔法使いだ。男というのは希少性に昂ぶるものだし、高嶺の花だってことは間違いない。」
目に見えて落ち込んでしまった細坪を励ますように兼政が肩を叩く。
「ただし、高嶺の花だからといってミキタカに希望が無いという訳ではない。彼女が女子同士で放課後を過ごしているってことは言い換えればまだ特定の相手がいないってことだ。もちろんいつ彼女が誰かと付き合ってしまうか分からないけど、現時点ならまだ、接点のないミキタカにも勝ちの目がある。」
自分の言葉に力強く頷く細坪に驚き兼政が顔を覗き込むと、細坪は何かを決心したように口を結び中空を睨みつけている。
「ちょっと、行ってくる。」
「え?」
「ちょっと待て。」
細坪の急な変化に驚いている西吉の横で兼政が素早く肩を抑え、細坪を静止する。
「赤の魔法使いは無意識に人に威圧感を与えがちだ。そんな硬い気持ちで行ったところで大抵の女子は引くぞ。」
「おう!ありがとう!」
普段の柔らかい優等生らしい雰囲気が消し飛び、熱血漢のような圧を撒き散らしながら走って行った細坪の背中を見ながら兼政はため息をつく。
「あれじゃあ上手く行かないと思う?」
「告白は駆け引きと運だ。本当は雰囲気作りや親密さを高めるところから始めるのが定石だけど、相手は告白され慣れてるだろうからむしろああいう真っ直ぐな気持ちのほうがウケる可能性もある。」
「つまり分からないってことか。」
「ああ。俺が告白に成功したことないのはよく知ってるだろ。」
悪びれずに笑いながら肩を竦める兼政に釣られて西吉も笑う。
「明日、結果を聞くのが楽しみだね。」
「あんなに張り切ってたんだ。振られたら落ち込んで学校に来ないかも知れないな。」
「かもね。」
笑い合いながら話す西吉と兼政は、まさかその言葉通り細坪が学校に来ないとは考えすらしなかった。
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