第3話

 社食は有名シェフがプロデュースしていることもありいつも賑わっている。詩緒里は昨夜準備した弁当を、円香は社食の健康定食を、そして加奈は大事そうに、例のオレンジ色の包装紙でくるまれたHミートをサブバッグから取り出してその上に置いた。詩緒里は本物のHミートをこんなにも間近で見るのは初めてだった。加奈が包みをゆっくり開けると、円盤状の肉塊があらわれた。レンジで温めたばかりで湯気が立っているHミートは、どこからどう見ても普通のハンバーグにしか見えなかった。香ばしい匂いが辺りを漂った。ニンニクとテリヤキソースの唾液腺を刺激する匂いを発していたが、目の前の加奈の肉であるという事実が食欲を減退させた。培養肉といえど、隣で生きている人間と同じ成分の肉がグリルされているのは詩緒里にとってなかなか歪な光景だった。

「んー!なるほど!」

何がわかったのがわからないが、加奈はそう言いながらスマホでHミートと自撮りしてSNSにアップしている。画面を覗き見ると、写真とともに「#HMEAT #ミーター #共食い」と打っているのが見えた。今朝のテレビでも見たが #共食いと自嘲気味に称するのがカワイイらしい。

「ねぇねぇ、それどんな味?鶏肉とか牛肉に近い?」

生物系の大学院で研究していた円香は興味津々である。

「なんか鶏肉をさらにタンパクにしたって感じ?テリヤキ味だから普段食べてるハンバーグと味はそんなに変わらないかな!」

そう答えると、もう満足したのかSNSのチェックをはじめた。詩緒里は箸で掴んでいる食べかけの唐揚げを見つめて、前から抱いていた疑問を投げかけた。

「食べ物としてどんな感じ?気持ち悪くない?」

「んー気持ち悪くはないかな。牛とか豚とかと同じだよ。普通に食べれるしまぁまぁ美味しいよ?めちゃくちゃ美味しいってわけではないけど。」

加奈はスマホをいじりながら答えた。SNSの反応がいいのだろうか、機嫌良さそうに続けた。

「誰か知らない人のお肉を食べたり、逆に自分のものを食べられたりしたら話は別だけど、自分のHミートだから平気!自分しか食べちゃダメって法律もあるし。ちゃんと管理されてるし安心じゃない?」

言い放った加奈は誇らしげだ。詩緒里は少し前にニュースで40歳の男性が逮捕されていた事件を思い出した。男は一方的に好意を寄せている女性の家に侵入してゴミ箱からDNAを採取し、女性の培養肉を勝手に作って食べていたのがセクハラとして検挙されたのだ。考えただけでも気持ち悪い事件だが、思ったほど騒がれておらず、詩緒里は自分が敏感すぎるのだろうかと思った。加奈が言うように他人に自分の肉を食べられるのもいやだが、他人の肉を食べるのもいやである。それと比べたら、自分の肉を自分で食べるのはマシなのではないかと思えた。

「あ、そうそう二人とも来週の金曜日空いてる??」

円香が言った。

「私の大学院時代の友達にMeaT社に就職した人がいるんだけど、来週に起業4周年パーティがあるみたいのなの!そこに誘ってくれたんだけど、せっかくだから二人も一緒にどうかなって思ってさ。」

円香が言い終わる前に加奈が反応した。

「え、MeaTってあのMeaT?今すごい話題じゃん!ほんとに行ってもいいの?」

前のめりに言った。

「全然!私はそこでミーターデビューしようと思ってるんだ!」

円香が得意げにいう。

MeaT社はHミート専門店で最も勢いのある企業で、若者にうける味付けや、有名デザイナーを起用したパッケージなど、他の企業とは一線を画した経営を行っている。特にMeaT社が販売しているスチール製のHミートケースは、そのデザインを評価する愛好家が多く、持ち主の名前が刻印されているものの数多のオークションサイトで高値がつくほどだ。明治神宮前にある旗艦店は昼夜にぎわっており、以前詩緒里も店の前を通った時、店頭から始まる最後尾が見えない列に驚嘆したほどだった。最近は社長と若手女優との手つなぎデートが週刊誌に取り上げられ世間を賑わせているが、今現在日本のトレンドを牽引している企業であることは論を俟たない。

滅多にない機会だったが、詩緒里は乗り気ではなかった。やはりHミートを快く思えず、仕事終わりの時間を犠牲にしたくなかった。

「誘ってくれてありがたいんだけど、私は遠慮しとくね。」

二人は一瞬だけ残念そうな顔をして、すぐにMeaTの話題に戻っていった。

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