第2話
「おはよー」
パソコンの電源をいれると同時に、滝本加奈が話しかけてきた。加奈は4歳下だが、詩緒理と転職時期が一緒だからという納得できない理由でタメ口で話す。初めは気になっていたが、人懐っこい彼女の顔をみていると詩緒里はどうでもよくなった。
「見てこれー!Hミート作ってみた!」
加奈は黄色の包装紙に包まれた、手のひらに収まる程度の円盤型の物体を持っている。包装紙には大きくポップなフォントでH Meatと印字されており、その下にひと回り小さい文字で-Made from Kana Takimoto- とプリントされていた。横にはピクトグラムで他人に食べさせているイラストにタブーであることを表す斜線が引かれている。
「すごいね。これ作るの結構大変なんじゃないの?」
「それがね、担当しているクライアントが関連会社だったからさ。秘密で手配してもらったんだ!ほんとはMeaT社のHミートがよかったんだけど人気すぎて無理なんだってー。」
加奈は抜かりがない。これまでも手に入れにくい商品があると、広告会社の人脈をフル活用して入手していた。詩緒里が呆れた表情を浮かべるも、全く意に介さない。
「食べてみた?」
「まだぁ。お昼ご飯に食べようかなって思って!」
邪心のかけらもない笑顔を向けて言った。
始まりはカルト的なヴィーガン団体からだった。
二十世紀から懸念されていたとおり、地球上の人口は増え続け食糧危機が加速度的に、深刻化の一途を辿っていった。
発展途上国では慢性的な飢餓に陥り、その余波はいくつかの先進国にも及んでいた。ある国では食料の供給量が極端に少なくなったため、国民は政府が推奨する昆虫食で飢えをしのいでいた。それすらも自制したヴィーガン団体は空腹で苦しみ、団員の餓死が後を絶たなかった。そんな自業自得ともいえる窮地に立たされた彼らが最後に目をつけたタンパク源、それは自分の肉だった。畜産の分野で進められていた培養の技術を応用、自身のDNAで培養肉を生成し改良を重ね、課題であったクールー病をもたらすプリオンを排除することに成功し、"Hミート"が完成した。新たなタンパク源を手に入れた彼らは完全な自給自足生活に移った。
まだ家畜の培養肉さえも受け入れられていなかった時代に、二段も三段もとばして、ヒトの肉、ひいては自分の肉を食べる行為は世界に衝撃を与えた。当然、世間の風当たりも強く、倫理にもとり禁忌を犯すものだと軽蔑されていたが、時が経つにつれ、若者から次第にHミートをスナック感覚で食べるトレンドが広がっていった。ワイドショーは彼らを蔑称的に”ミーター”と呼んだが、勢いはとどまることなく東京を始め、各地方都市にも広がっていった。
今では多くの人がスマホに自分のゲノム情報を持ち、Hミート専門店で自分の培養肉を生成する。流行に敏感な加奈からあの店はトッピングがいいやら、包装が可愛いやら色々なギミックの違いを聞いていたが、到底詳しい話を聞く気にならなかった。しかしトレンドを扱う職業上無視できなくなってきているため、渋々情報はキャッチしている。
昼休みになり、詩緒里と加奈は隣の部署の村田円香と一緒に社内の食堂で食べることにした。
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