H-Meat

asai

第1話

AM 8:30。柿崎詩緒里は毎朝同じ時間に目を覚ます。

顔を洗いテレビをつけてワイドショーのたわいもないニュースを見ながら、前日に用意した弁当のあまりものを口に運ぶ。テレビでは新人だろうか、女性リポーターが中継先の原宿からHミートをたどたどしく紹介している。眠い目をこすり、無理やりテレビに焦点を合わせる。世間の流行りにさして興味はないものの、広告会社で働く詩緒里にとっては大事な情報だった。少し前のタピオカブームの時も新しくできたショップや商品をキャッチアップするのに苦労したが、最近ではタピオカのタの字も聞かなくなっていた。リポーターのつたない食レポに司会者のフォローを経て中継は終わり、占いのコーナーがはじまった。ぼやっと眺めていると、詩緒里のさそり座は3位というこれまたなんとも言えない順位に置かれていた。「急な告白に気をつけて」というアドバイスと、到底今日使うとは思えないラッキーアイテムを一方的に告げて、ベルトコンベアのように次の星座に移っていった。

「準備しないと」

 一人暮らしが長くなり、独り言も増えてきた。以前読んだ雑誌では、独り言は寂しさの表れと書かれていたのを思い出した。同棲していた前の彼氏と別れたのは二年前の二十七歳の時。時が経つ早さに浅くため息をつき、かつてお揃いで買った箸で皿の上のウインナーを転がしながら、詩緒里は特段未練もない過去の恋愛を思い出した。これまでの彼氏の記憶は、いずれも顔がはっきりしないほど希薄になっていた。しかし彼らと過ごした日々を思い返すと、決まってひどい別れから芋づる式に蘇っていった。断片的に浮上する苦い経験を追体験したあと、詩緒里はようやくこれは思い出すべき記憶ではないことに気づいた。甘酸っぱい思い出を少し期待したのだが、ただただ不快になっただけだった。詩緒里は楽しみにしている今晩の予定を想像して、無駄に曇った気分を無理やりかき散らした。気づくとすでに家を出る時間が過ぎていた。乱暴に食器をシンクにつけて、慌てて出社の支度をした。


 電車を乗り継ぎ。会社に向かう。通勤ラッシュを外して乗った車内は座れるほどに空いていた。ドアの上のデジタルサイネージやつり革広告に目がいく。詩緒里が学生だった頃はエステや英会話の広告が多くを占めていたものの、今ではほとんど見ることはなくなってしまった。エステは専用機があれば家で簡単にできるようになったし、英語もスマホが代わりにしゃべり、ジョークですら提案してくれる。サイネージではちょうどその商品の広告が流れている。翻訳機という今となっては当たり前すぎる広告はサウンドロゴとともに儚く消えていった。会社の最寄りの駅に到着し、降りようとしたそのとき、詩緒里の苦手なあの広告が流れはじめた。詩緒里は逃げるように電車を降りた。

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