第6話

遺書を読んでも不思議と涙が出なかった。思いのほか茉莉の死の理由はあっさりとしていて、置いていかれた人間の気持ちを考えていない遺書に感じたからだ。


自分と結婚して生涯共にと考えていた人がいる。いい育てかただったか分からないが自分を大人になるまで育ててくれた親がいる。酒を飲みながら語り合った友達がいる。その人たちが茉莉が居なくなったことでどれだけ心に穴が空くのか考えなかったのだろうか。少なくとも僕の心にはぽっかりと黒い穴が空いてしまった。

怒りの感情すら込み上げてきて、でもぶつける相手はもう居なくて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまそうだった。


「遺書、読んだのか」


今日も拓巳と百合香がうちに集まっている。なんだかんだ2人は忙しかったらしく前回集まった時からはもう2か月ほどたっていた。


「読んだよ、自分のことしか考えていない、くだらない内容だった。」


僕はいまだに受け止めきれていない遺書の内容をざっくりと二人に説明した。


「神様が自分をバカにしている気がする、か。まぁ、わからないでもないよ。俺も仕事柄高いところに登るけど危ないから普段は空なんか見ないんだ。でもふと、見上げる日がある。そういう時に限って綺麗な青空で、神様にお前はそんなに必死に汗水垂らして何してるんだ?って聞かれているような気持ちになる。」


拓巳の言葉に僕の心はまた少しかき乱された。

百合香は何か言いたげに俯いていたがゆっくりと口を開いた。


「茉莉さん、すごく優しかったよね。私が入社したばっかりの頃、たくさんミスしてたのに1回も怒られたことなんてない。悠くんと茉莉さんが付き合ってるって知ってから二人で遊んだりするようにもなったけど、どこか遠いところにいるような気がしてた。上手く言えないけど自分の居場所は本当にここなのかなって思ってるような感じ。私にあんまり興味がないのかなって悩んだ時もあったけど、きっとこの世界自体に興味がなかったんだね。」


拓巳と百合香がそれぞれ自分の気持ちを言ってくれてなおさら僕はこの遺書をどう受け止めればいいのか分からなくなってしまった。でももしかしたら怒りの感情を向けるのは違うのかもしれないと思った。


重苦しい空気が部屋に漂う中、ぱんっと拓巳が手を叩いた。


「湿っぽい話はもうやめるか!茉莉ちゃんのことはきっと時間が解決してくれる。だんだん過去の思い出話になっていくよ。でな、今日は茉莉ちゃんのこととは別に悠に報告があるんだよ。」


明るい声でそういう拓巳のおかげで空気がぱっと変わった。報告、といったときに百合香の顔をみていたのでついにか、と思った。


「俺たち結婚することになったんだ。百合香のお腹には赤ちゃんもいる。」

結婚だとは思ったがまさか子供までできたのは予想外だった。そういえば百合香は今日はジュースしか飲んでいない。


「いま妊娠2ヶ月なの。これからどんどん、お腹が大きくなってくるよ。この子が産まれたら悠くんも可愛がってあげて欲しいな。」


にっこりと優しい笑顔でお腹を触る、その手はもうお母さんの手だ。

どうやら妊娠が発覚してからこの2ヶ月、お互いの両親への挨拶やお腹が大きくなる前に2人で結婚の写真を撮ろとかそういったことで忙しかったみたいだ。

高校生のときから付き合ってる幼なじみと友達がついに結婚する。こんなにうれしい出来事はない。


「おめでとう。拓巳、百合香。」


ひさびさに心から笑えた日だった。


身重の百合香に無理はさせられないということで今日は日が変わる前にお開きになった。きっともう朝まで3人で酒を飲む、なんてことはないのだろう。それはそれで寂しいけど、今度は昼間に集まって二人の子供と遊んですごす日々がやってくる。ベッドに寝っ転がりながら今日の幸せそうな拓巳の顔を思い出す。子供の頃から一緒にいる拓巳がついに父親か。なんだか感慨深いものがあった。


心が温かいうちに眠りにつこうと目を閉じると、深い海の底に沈むような感覚に身を包まれて夢の世界を漂っていた。


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