第二章 はじめての魔法授業 6

 灰色の髪にけんのんな目つき。ただものではない魔力を放つ男子生徒には、見覚えがあった。

 ──アスピーテ。

世界ワールド』のアルカナを持つ魔王候補。

 アスピーテは俺には目もくれず、リゼル先輩をいちべつしてから、キルガの元へ向かった。

「ア、アスピーテ様……」

 キルガは傷だらけの体で、何とか体を起こし、ひざまずく。

「貴様がゲルトに罰を与えていると聞いて来てみたのだが……だいぶ話が違うようだな」

「は……これは」

「リゼル」

 アスピーテは首だけを傾け、リゼル先輩の方を見つめた。

「どういうつもりだ? 俺の召喚を断るだけでなく、俺のカードにまで手を出すとは」

 リゼル先輩のほおに冷や汗が流れる。

 このアスピーテという男は、それほどの悪魔だということなのか。

「……私じゃないわ。やったのは、そこにいるユートよ」

「なに?」

 アスピーテは今初めて、俺に気付いたように視線を向けた。

 そしてげんそうな顔をすると、キルガにいた。

「キルガ、本当か?」

「……は」

 そう答えた瞬間、アスピーテを取り囲むように、球体の魔法陣が一瞬だけ現れた。

 ……何だ、今のは?

 複雑なだけじゃない。恐ろしいほどの、凄味を感じさせる魔術式だった。たとえるなら、人知の及ばぬ世界の真理を魔術式で表したような。

「立て、キルガ」

「はっ!」

 苦痛に脂汗を流しながらも、キルガは立ち上がった。

「キルガよ、貴様は『世界ワールド』の騎士ナイトという自覚はあるのか?」

「ほ……誇りに、思っております」

「俺はいずれ魔王となる男だ。人間も悪魔も、全ての存在は俺の意に沿わねばならん。そのためには、絶対的な力で相手を踏みにじる必要がある」

「……は」

「──なのに、俺の騎士ナイトである貴様が、この体たらく。どうしてくれるのだ?」

「ま、まだ戦いは終わってはおりません! 必ず勝ってみせます! この剣にかけて!!」

「ほう。しかし人間に後れを取るような剣に何を誓う? むしろ、そんなもの持っていても必要あるまい」

「恐れながら……この剣は我が家の家宝でして……」

 アスピーテは軽く足を上げると、キルガの持つ剣を軽く蹴飛ばした。

 たったそれだけで、鋼鉄の剣が砕け散った。

「な……」

 俺は思わず声を漏らした。

 何だ、今の?

 キルガも信じられないものを見るように、粉々になった剣の破片を見つめた。

「わ、我が剣が……絶対に折れないはずの、家宝の剣が……」

「キルガよ、貴様に俺のカードでいる資格は無い。消えろ」

「お、お待ちくださいっ! 今一度、チャンスを──」

 アスピーテはゆっくりと手を伸ばし、キルガの胸板を押した。

 次の瞬間、キルガの体が消え、爆発したような激しい音がとどろいた。

「な……っ!?」

 体育館の壁が砕け、外の校庭が見える。校庭の真ん中に、倒れているキルガの姿があった。

 ぞくり、と背筋が寒くなった。

 あれがアスピーテの力なのか? どれだけの破壊力を持つ打撃なんだ。軽く触れただけで、剣を砕き、あの巨体を吹き飛ばす。

 だが、本当にそうなのか?

 何か打撃とか、物理的な攻撃とか、そういったものとは違う次元の何か──そんな気がした。

 アスピーテはリゼル先輩をにらむように見つめた。

「リゼル。もう一度言う。俺のもとへ来い」

「残念だけど、もう仕える先が決まったの」

「何だと……」

「あなたは他人を力尽くで押さえ付け、服従させることに喜びを見いだす人。私とはあいれないわ」

 じろり、とアスピーテは黒目だけを動かして、俺を見た。

「……俺は常に世界一位、すなわち支配者だ。今までも、これからも。そして俺以外の存在は全て下僕。俺に逆らったところで、いずれは下僕となる未来が待っている。それが分からんのか?」

 リゼル先輩はアスピーテを警戒しながら答える。

「私は、私たちの望む未来を期待しているわ」

「……後悔するぞ」

 アスピーテは俺たちに背中を向けると、壁に向かって歩き出した。そして壁が自らゆがんだかのように穴を開け、アスピーテの道を造った。

 まただ。

 アスピーテが外へ出ると、壁は元に戻った。

「あれが……『世界ワールド』のカードを持つ、アスピーテか……」

「ええ……強敵よ」

 れいなも、はーっと大きく息をいた。

「とにかくとにかく、何ごともなく済んで良かったです……」

「リゼル先輩、それにれいなも……迷惑かけて、すまな……か──」

 今まで緊張感で何とか意識を保っていたが、それも限界のようだった。魔力を使いすぎたせいで、意識が遠くなる。

 目の前が真っ暗になった。


◇     ◇     ◇


「……ん」

「あ、目が覚めたですです」

「ここは……」

 天蓋付きのベッドに寝ていた。答えを聞くまでもない。『恋人ラバーズ』のパレスだ。

 右側にリゼル先輩が寄り添い、左側には雅、体の上にはれいなが腹ばいになって乗っていた。本当に乗っているのか疑いたくなるような軽さだった。

 俺が気を失っている間に、『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』をしてくれていたのか……。

「みんな……迷惑かけて、ごめん」

 リゼル先輩は優しく俺の頭をでた。

「どうして謝るの? あなたは自分の力でキルガに勝ったのよ?」

「ですです! とてもかっこよかったです!」

 そう言われても、素直にはうなずけない。実際こうして今、みんなの世話になっている。魔力が尽きた俺は、電源が切れたように気を失ってしまう。

「みんな、ありがとう。俺が勝手にやったことなのに……しかも敵のためにかなわない相手に挑むだなんて……バカだよな」

 リゼル先輩は枕に頭を乗せたまま、少し首を横に振った。

「いいえ、そんなところがステキだと思うわ」

「え?」

「それでこそ、『恋人ラバーズ』のアルカナを持つ魔王候補……私たちの魔王様よ♡」

 少し頰を染め、熱っぽいまなざしで言われると、何だかその気になってしまう。リゼル先輩のれいな瞳をけるように、反対側を向くと──、

「なんか大人しそうだと思ってたのに、思ったより熱血なんだね! あー、アタシも見たかったなーっ。ユートがズバババーってやって、ドッカーンってやったところ!」

 やめてくれ、恥ずかしい。

 雅から視線を外して、天井を見上げると、

「やっぱりやっぱり! ユートさんは愛の魔王です!」

 そこにはな笑顔のれいながいた。

 なんだこれ。完全に逃げ場がない。どっちを向いても、美少女じゃないか。

 ……っていうか、

 もう覚悟を決めるべきじゃないのか?

「みんな──」

 俺はさりげなく訊いた。

 心の中に燃える心と、既に固めた決意を隠して。

「俺は、みんなが自慢できるような魔王になれるかな?」

 三人は顔を見合わせて、くすくすと笑った。

 そして俺から体を離すと、ベッドの上に座る。俺も体を起こした。

「ユート、それでは正式な契約を結びます。この私、ひめかみリゼルを『恋人ラバーズ』のカードに加えて頂けますか?」

「ああ。俺が魔王になるために。貸してくれ、リゼル先輩の力を」

 リゼル先輩の顔が近付いてくる。

 って、ち、近過ぎ──!?

 俺の唇に甘く柔らかい感触が広がった。

 俺のファーストキス。

 そのときアルカナから声が聞こえた。

『姫神リゼルが《女王クイーン》となりました』

 唇が離れる。

 リゼル先輩は指先で自分の唇に触れた。そしてうっとりした顔で誓約する。

「誓います。姫神リゼルは全てをささげ、ユートのために尽くします」

 次は雅だった。

 さすがに照れているらしく、顔が赤い。

「えへへ……ちょっと緊張するね」

「ああ。俺だって──!?」

 不意を突いて、雅は俺の唇を奪った。

「……っ!」

『夕顔瀬雅が《王女プリンセス》となりました』

 さっと雅の顔が離れる。

「あ、あはは……その、とにかく、ヨロシクねっ! ユートっ!」

「ああ。こちらこそ」

 最後はれいな。

「あ、あ、あの、あの、ふふふふつつかものですですが、よろよろ──」

 ガチガチに緊張していた。

 なんか緊張がこちらにまで伝染しそうだった。俺は自分の方から顔を近付け、目を固くつぶっているれいなの小さな唇にキスをした。

『小岩井れいなが《騎士ナイト》となりました』

 唇を離すと、れいなはで上がったような顔で、ふらふらと体を揺らしていた。

 これで、もう後には引けない。

 俺はこの魔王学園で次期魔王を目指す。

 みんなのために。そして俺自身のために。


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試し読みは以上です。

続きは製品版でお楽しみください!

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魔王学園の反逆者 ~人類初の魔王候補、眷属少女と王座を目指して成り上がる~ 久慈 マサムネ/角川スニーカー文庫 @sneaker

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