第42話 伝説は蘇る(二)
電話に左近が出ると、すぐに抗議した。
「左近さん、なんてことをしてくれるんですか。軍曹にだけ知らせればいいんですよ。これじゃあ、日本政府に警告しているようなものですよ。絶対、日本中で、ファントムって何って、なるでしょう。下手すると、収拾つかなくなりますよ」
左近がばつが悪そうに答えた。
「宣伝とかは不得意だから、外注したのよ。外注先の人は宣伝が得意だし、格安にやってくれると言うものだから、頼んだの。まさか、ここまで、してくれると思わなかったわ。私も驚いているところよ」
左近の思考からいって、等々力のために費用の持ち出しはしない。でも、明らかに百万ドル以上が掛かっているのは間違いない。となると、宣伝が得意な人とやらの善意。
でも、そんな善意を持った人間はいない。善意を持った人ならいないが、悪意を持った人なら一人だけ心当たりがいる。
「まさか、アントニーに頼んだんですか。リーさんには手を貸してくれって頼みましたけど、アントニーに手伝ってとは、口にしませんでしたよね」
隠せないと判断したのか、左近は白状した。
「そうよ。アントニーが優秀なハッカー・グループを知っていて、確実にメッセージを伝えてくれるっていうから、頼んだのよ」
すぐに、アントニーの連絡先を聞いて、電話した。
アントニーが出ると、すぐに食って掛かった。
「ちょっと、なに、とんでもない仕事してくれるの。もう、何もしなくていいから」
アントニーは納得できないとばかりに返してきた。
「それは酷いな。予算以上に出費が嵩んだけど、残金は僕が負担したよ。それと、勝手にグローリーがPhantomになって引退したっていう設定にするなら、一言、断って欲しいね。怪盗の最後なんだよ。これくらい派手に最後を飾らないと」
等々力はアントニーに悪意があったわけではないと知った。
ただ、アントニーは勝手に「ファントム(亡霊)=グローリー」だと思い込んでいた。痛恨の行き違いだ。等々力は死に掛けて仕事は終ったと思っていたが、アントニーの中では終っていなかった。
等々力は、すぐに早口で説明した。
「違うんだ。もう、『怪盗は死なず作戦』は終了しているんだ。左近さんの依頼は別件。アントニーに頼んだのは、別の仕事の細工なんだよ」
アントニーは等々力の言葉に素直に驚いていた。
「あれ、そうだったの? それは、悪いことをしたね。でも、だとしたら、『怪盗は死なず作戦』は物足りない終わり方だったと言わざるを得ないよ」
依頼人が満足していなかったのなら、作戦は不十分だった。
とはいえ、顧客のアフター・フォローは、左近の仕事だ。問題は、もう起きてしまった事態より、これからだ。
等々力は、きっぱりと念押しした。
「わかった。こうしよう。今回の騒動については、相互に問題があった。とりあえず、遺恨なく『怪盗は死なず作戦』は終ったとしてくれ。だから、もう、何も言わないから、アントニーも何もしないで欲しい」
アントニーは不承不承といった感じで応じた。
「僕としては君の提案に大いに不満が残るところだけど、これからの付き合いも考えて、ここは提案を承諾しよう」
アントニーからこれからも付き合おうとの意思表示が来た。アントニーとは手を切りたいが、今はガニーの追撃を躱すのが先だ。
二方面作戦は資金的にも人的資源的も不可能。この場は言い争わずに幕引きにするのが賢い選択だ。
「理解してくれて、嬉しいよ。じゃあ、もう、本当に、なにもしなくていいから」
「了解したよ。事態を静観するとしよう。でも、一つ教えてよ。結局、ファントムって、なんなの? 今どんな仕事しているの?」
静観すると発言したわりには、首を突っ込んできた。
アントニーの性格からすれば詳細を教えれば、「面白そうだ。一枚、噛ませろ」となるかもしれない。
だけど、全く教えないと予期しない形で絡んでくるかもしれない。
等々力は簡単な説明で流そうとした。
「亡霊はグローリーの代わりに俺が軍曹と遭遇した事態で生まれた、架空の存在だよ」
アントニーが楽しそうに感想を述べた。
「この世の中から、秩序を乱す怪盗グローリーが消えた。代わりに、新たな混沌を呼ぶ怪人ファントムが生まれたのか。いいね。いいよ。僕は、怪人ファントムの誕生を世に知らせたわけか。怪人ファントム現る。面白いね。うん、実に面白い」
嫌な反応だ。怪人ファントムの存在をプロデュースしたいとか、言い出しそうだ。
等々力はもう一度、念押しした。
「とにかく、もう、動かなくていいから」
アントニーが辟易した口調で答えた。
「しつこいね、君も。いいよ。僕はもう動かない」
等々力はその晩ネット・サーフィンをやっていた。すると、やはり『ファントム』について話題になっていた。
夜のニュースでも、地方局が電波ジャックされて、携帯電話会社の大手検索ページが改竄された事態が話題になった。
等々力は全く予期しない所から等々力の名前が浮上するかもと、心配した。だが杞憂に終った。
ホーム・ページ改竄やメール・サーバーのジャックを仕掛けた元のIPが、北朝鮮経由だった。
世間では、北朝鮮によるサイバー・テロではないか、との見方が強くなった。官房長官も夕方の会見で「サイバー・テロなら、然るべき処置を取る」と公式に発表した。
官房長官の発言には救われた。相手が北朝鮮政府なら、何をコメントしようが信用されないし、真相がわからなくても一般的と見られる。日本政府も、言葉の上では強固でも、本当に行動を起すとは思えないので、これ以上の事態の悪化はないと見ていいだろう。
翌日、左近から電話が会った。
「等々力君。軍曹だけど、警告を無視して、等々力君を探しているわよ。軍曹の組織も、軍曹の暴走が停まらなくて困っているみたい」
死にもしなかったが、諦めなかったのか。やはり『オレオレオレ作戦』を本格的に始めるしかない。
となってくると、等々力がいつから死んでいたとするかが、問題だ。唐突に死んでいたでは辻褄が合わない。ガニーが探偵でも雇って、実家に聞き込みすれば、すぐに怪しむ。
家族も知らないうちに死んでいたとするなら、一人暮らしをしてから都合がよい。つまり、大学に入ってから、ガニーに会うまでの間だ。
思い起こせば、大学に入ってから、左近に会うまで無難な人生だった。とてもではないが、誰かが入れ替わるような事件に遭遇した経験はな――。いや、一回だけ有った。
等々力は左近に尋ねた。
「俺が象の花子と会った動物園に、工作できませんかね。本物の等々力は営業時間外の動物園でアルバイトをしている時に、象に踏み潰されて死んだ。事件を隠蔽したい動物園は影武者を使って等々力の偽者を作った――の筋書きにしたいんですけど」
「面白い発想ね。だけど、さすがに難しいわ。動物園が、動物の事故で人が死んだ過去を隠蔽したように偽装させてくれ、となると、動物園側は嫌がるわ。私も動物園の園長と知り合いだけど、時間外に檻に入れてくれるように頼めても、たぶん、等々力君の作戦に協力依頼は引き受けないわよ」
それでも、交渉して欲しいとお願いすると、「やるだけやってみるわ」と左近との電話は切れた。後は結果交渉を待つだけ。
されど、左近の口ぶりでは、動物園との交渉はうまくいきそうにない。
等々力はこのまま待っているだけではダメな気がした。ずっと屋内にいたので、気分転換に動物園に足を運んでようと思った。
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